「こんにちは」
顔を上げ、金と銀の髪が美しいひとりのエルフは、恭しくお辞儀をして、
「これはアーティ様」
「ミルカはいますか?」
「泉へ行って、修行をするとか申しておりましたが」
にこりと笑ってうなずく。
「わかりました。行ってみましょう」
髪を翻し、アーティは村はずれを目指した。
木々はすっかり緑の色を濃くし、これから始まる夏への期待に皆そわそわしている。
ゆっくりと、泉への坂をのぼった。道が切れたところに、小さな泉が涌いている。その中央に、腰まで浸かり、目を閉じて真剣に精神を集中させている少女がいた。
泉の真ん中は、数メートルの深さがあるが、なぜか少女は腰から下は沈まない。おさげにした金髪が、時折風もないのにふわりと揺れる。
ぞぞぞと泉の水面が波立ちはじめる。岸から中心の彼女へ向かって、波紋が次々に閉じて行く。
ぐうっと、少女の精神力が高まってゆく。どんどん髪の輝きが強くなり、それにつれて水面が持ち上がり始めた。まるで生き物のように水面は彼女を支え、見上げるような高さまで彼女の体をかかえ上げた。
すごい、と思わず感嘆の声を漏らした。その声が耳に入った彼女がびっくりしてアーティを見おろした。次の瞬間、水ばしらは一切の力を失って崩れ流れ落ちた。無論、彼女は真っ逆さまだ。
「きゃ」
短い悲鳴を上げて、彼女は泉の中に落ちた。しばらくして、顔を出し、ぴゅうと水を吹き出してから、一心にアーティに向かって泳ぎ出した。
ざぶざぶと岸に上がってきた彼女は全身ずぶ濡れだ。しずくを垂らしながらきちんとお辞儀をして、
「こんにちは、アーティさま」
「邪魔をしてしまって、どうもすみませんでしたね。寒いですか」
「平気です」
屈託なく笑う。見た目は人間の少女と全く変わらない。生き生きとした青い目、薔薇色の頬をしている。見るも無惨な格好になってえへへへと言いながら頭を掻き、濡れた髪に指がからまって取れなくなった。
頭に指を突き立てて悪戦苦闘しているミルカを手伝いながら、アーティは後ろに向かって意識を向け、
「フ・レア」
小さく呟いた。同時に宙に火の玉がぼっと出現し、一回ちょっと大きくなってから、おさまり、安定した。
「髪が乾けば離れますよ。無理に引き抜くと毛が抜ける」
「そう言えば、人間ってほっといても毛がなくなる人間もいるんですよね。エルフっていませんよね。どうしてかしら」
不思議そうに言われて、笑ってしまう。
「人間というのは、自分の中で命を燃やして生きている存在ですからね。毛も、人間が体内でつくりだす力によって生えているのです。その調節がうまくいかないと、抜けてしまうんでしょう」
「その力が行かなくなるってことですか?」
「そうですね。または行き過ぎて暴走してしまったりね」
ふうん、なるほど、と小さくつぶやいてから、首をかしげ、
「やっぱり人間って、おもしろい生き物だわ」
ようやく髪が乾いた。服はまだ湿っている。火にあたりながら顔を上げて、
「あ、それで、私に何か御用事があったんでしょう?何ですか?」
「そうでした。虚空島の戦いが終わった後、皆で集まりましたよね。覚えていますか」
「もちろんです」
目が大きくなる。青の色が濃くなった。この子にとって彼らとのひとときが、楽しい思い出に分類されていたことにアーティはほっとした。
「あの時、体が大きくて豪快に笑う戦士と、長い髪をしたものしずかな女のひとがいたでしょう」
「ハイデッカさんと、ティアさんでしょう?」
「なんだ。知っていたんですか」
「名前を聞きましたもの」
ちょっと得意そうだ。
「名前まで覚えていたなら話が早い。あの御二人がこの度ご結婚なさることになりましてね」
「わあ、本当ですか?」
ミルカの髪から光の粒が飛んだ。
「わあわあ。いつですか?どこで?あのう…私も行っちゃ駄目なんでしょうか」
途中まで思いきりはしゃぎ、途中から遠慮がちに小声になる。
「出られますよ。わたしもあなたもね」
「うわあ、嬉しい。私、結婚式って大好きなんです!一人残らずみんな嬉しい気持ちでいるのが伝わってくるんだもの」
「あなたは、優しい子ですね」
アーティはしみじみと微笑んで、
「それでね。ついでと言うか、ちょっとしたお手伝いをすることになったのですが、手を貸してくれますか?」
「勿論です。なんですか?私に出来ることならなんでもやりますけど」
その場で軽くステップを踏んでいる。ほっといたら踊りだしそうだ。
「ティアさんはエルシドという村の人なんですが、結婚式をするのはハイデッカさんのバウンドキングダムという国なんです。それで、エルシドの人全員を、運ぼうと思うのです、あなたとわたしとで」
ミルカが目を丸くする。
「数十人が中に入る結界をつくって、スィングで移動するのです。あなたの力があれば大丈夫です」
「アーティさまにそう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、出来るかな。自信ないです」
 ちょっと情けない声を出す。珍しいな、と思いながら勇気づける。
「練習すれば出来るようになりますよ。原理はスィングと一緒ですから」
「そうですよね。あれも小さな結界をつくって飛ぶようなもんですよね」
あっという間に元気になった。途端に楽勝といった顔になる。この子も、人間に興味を示すだけあって、人間に近いところがある、と思う。
「わかりました。頑張ります。アーティさま、さっそく村まで何かつれて飛んでみましょうよ」
いつの間にかやる気になっている相手に、アーティは微笑んだ。

「ティア、いるかあ」
言いながらずかずか入って、きゃーという悲鳴を浴びせられ、ガイは慌てて外へ出た。
「今採寸の途中なんですからね。無断で入ってこないで下さい」
フレアの怒鳴り声が聞こえた。
「ちぇっ、失敗したぜ」
「全くあなたは。遠慮ってものがないんだから」
「なんだよ、お前まで」
唇を突き出したところに、ティアの声がした。
「ごめんなさい。もういいわ」
頭を掻きながら、今度はそっと首を入れる。ワンピース姿のティアと、村の女たちが数人、くすくす笑いながら見ている。
「邪魔だったな。悪い」
「いいえ、とんでもない。御免なさいね」
「ティア」
声を揃えて、二人の女が、ガイの後ろから姿を見せた。どちらも、寒い地方特有の輝くようなプラチナの髪と、白い肌をしている。
ティアの顔が懐かしさと喜びに輝いた。
「ジェシィさん、ヒルダ!来てくれたの?」
 「結婚おめでとう、ティア」
「よかったわね。結婚式より一足先にお祝いを言いに来たのよ」
三人は手を取り合ってぴょんぴょん跳ねた。
「話を聞いたわ。すっごくロマンチックね!ハイデッカさんて情熱的ねえ。憧れちゃう」
ヒルダが熱っぽく言って、身悶えた。ティアは赤くなった。その肩を叩いて、
「本当におめでとう。式には是非参列させてね」
「もちろんよ、ジェシィさん。とびきりおめかしして来てね、ヒルダも」
「はりきっちゃうわ。この後兄さんにクラメントに連れて行ってもらうのよ」
皆笑いながらガイを見る。ガイがひしゃげたような笑顔をしているので、皆更に笑った。
「全く、こんな所でばっかりはりきられても迷惑だよな」
「なーにーかー言ったあー、ガイィ?」
「言ってねえよ」
皆でうけているところに、子供たちが慌てて走ってきた。
「ティア!お客さんだよ」
「私に?誰かしら」
「あのね」
ごっくんと喉をならしてから、
「耳がとがってるし、男なのに髪がこんなに長くて女みたいで」
「でも一緒にいる子は普通の女の子だったよ。耳はとがってたけど」
ティアとガイは顔を見合わせ、うなずいた。
「アーティの奴が、ミルカを連れてきたんだな。丁度よかったな。行こうぜ、ティア」
「そうね。皆、ちょっと御免ね」
二人の後をジェシィとヒルダが、その後ろを子供たちがぞろぞろとついていく。案の定、村の広場に、人だかりがあって、真ん中にアーティとミルカの姿があった。こちらを認めて、アーティは優雅にお辞儀をした。
「御揃いでしたか、お二人とも」
「おう。ちょっと様子を見に来てたんだ。お、」
ミルカは緊張気味の顔で、アーティの陰から辺りを伺っている感じだったが、知っている顔に会ってほっとしたらしい。ぎこちなく笑って、ぴょこと頭を下げた。
「いらっしゃい、アーティさん。ミルカ、よく来てくれたわね」
「久しぶりだなあ。この前より大きくなったんじゃないか」
 アーティが微笑して、いつものように当り前のことをきちんと言った。
「エルフだから、そう簡単には変わりませんが」
「成長ってのは内面からにじみでるもんだぜ。集団スィングをマスターしたんだろ?」
ガイの言葉に目を輝かせ、ミルカは前に出てきて、
「うん。そう。だから、ちょっと予行演習にきたの」
「おおー、さすがだぜ」
まわりの村人も顔を見合わせる。一人の老婆がそっと尋ねた。
「ティア、このひとたちがわしらを運んでくれるというエルフさんかね」
「そうよ。こちらがアーティさん。ガイやマキシムと、四狂神を倒した方よ」
おおう、とどよめきが起こった。アーティは礼儀正しく、人間たちに向かって頭を下げた。つられたように村人とミルカもお辞儀をする。
数人でかたまっている娘達のみならず、とっくに現役を引退した老婆や、いかつい親父さえも、その優美な姿に胸が騒いだ。藍の髪は夜の帳の色、切れ長の瞳は水晶の輝き、男とは思えないほどしなやかですんなりした四肢。緩やかに羽織ったマントが水の流れのように翻ると、魔法でもかけられたように、ほお、とため息がおこった。
「全く、女でいるのがいやになっちゃうわね」
「ほんとね」
ジェシィとヒルダが言い合っている所へ、ティアが口をはさんだ。
「知ってる?アーティさんって、私と同じなのよ。体重」
「本当?ひどい、それじゃ、私より軽いってことなのね?」
顔色のなくなったジェシィににやにやして、
「お前なら、アーティをかついで山登りできるんじゃ」
ないのかまで言わないうちに、ガイは鉄拳パンチを眉間に受けて、のけぞった。続けてなにか怒鳴ろうとして、ジェシィは、こちらを見ているアーティの目に気がついて、どぎまぎした。
「あ、あの。とんだ所をお見せしちゃって。ほら、ガイ、早く起きなさいよ」
「目眩がする。ものがぶれて見える。もう駄目だ」
「大袈裟ね。私そんなに強く殴ってないわよ」
「今のパンチなら、世界を狙えると思うんだが」
ミルカが大声で笑いだした。つられて他の大人も笑いだす。アーティもうつむき気味でくすくす笑っている。
ジェシィは真っ赤になって、なんとか起き上がった恋人の頭を、もう一度ぱこんと殴った。
「照れ隠しにぼかすか殴るなよ」
「うるさいわね」
「二人ともいつもあんな感じなのよ。アーティさん」
ヒルダが屈託なく話しかける。
「そうみたいですね。喧嘩するほど仲がいいって、言うのでしょう?人間は」
「そう。その典型なの。ね、ティア」
うなずいて、ティアは、まだやりあっている二人を眺めながら、初めてこのカップルを見たときの事を思い出した。
 素敵ねえ。お互い信じ合っているのね。大人同士のカップルなのね。
誰かさんは、ついて来ちまったからな。
待っていられるほど大人じゃないのよ、私は。
「どうしたの?考えこんじゃって」
「ついていっても、止められなかったんだもの。待っていても同じことだったわね」
言ってから苦笑する。
「なに?何の話?」
「さあ」
いつの間にか知り合いになっているヒルダとフレアが、顔を見合わせて首をかしげている。

「それじゃ、試しにやってみます。万が一失敗しても、危険はありません。ここから飛べないだけです。安心して下さい」
アーティに言われて、村人たちは行儀よくはあいと答えた。
「これで全員ですか?」
「ええと、子供たちは皆いるかしら、フレア」
「いるわよ。全部できっちり十人」
子供たちの笑い声とひそひそ話が聞こえた。エルシドの村人全員がかたまって、団子になっている。丁度村をあげて押しくら饅頭をやっているように見える。
ジェシィとヒルダも団子の一員になっている。ガイとティアは外れて、外から眺めている。
「全員集まると結構なるもんだな」
「そうね。思っていたのより大きな円みたい。大丈夫かしら」
「大丈夫よ」
ミルカが振り向いて、にぃと笑ってみせた。
「自信ありげだな、ミルカ」
「ある」
あっさり言ってから、ごくりと喉を鳴らして、
「でも少し緊張してるけど」
「おいおい」
その時、全体を見渡していたアーティがミルカを見て、
「ではそろそろやってみましょう。いいですか」
「はい、アーティ様」
高く叫んで、ミルカはかけだした。村人達全員を円の中に入れて、アーティとミルカが各々、直径の線と円周の交点に立つ。
子供達は全員、ミルカの方へ集まってきていて、彼女の挙動を興味津々で見ている。ミルカはちょっと困ったように自分の手を見ていたが、意志を固めたのか、ぐっと拳をつくってからそれを解き頭上へ伸ばした。
口元が動いて、意味のわからない言葉をつぶやくと、灯火をともしたように、両手にぽうっと光が弾けた。子供たちも、たしなめていた大人も、ぽかんとしてミルカを見ている。
一方、アーティの方には、若い娘とやや若い、娘だった連中がひしめいている。目を閉じ、意識を集中させている端整な顔を、うっとりしてながめている軍団も、間もなくはっとした。もちあげた指の先が、まばゆく光っている。
アーティの指が、目の高さまで上がった時、二人の指からお互いの指めがけて、光の網がはなたれた。驚いて見上げる村人の頭上で交差した網は、相手の指に届いて、すっぽりと光のドームが村人全員を包み込んだ。
「すげえな」
「ええ」
眺めている二人も、つい小声になって、言葉少なにやりとりしている。
申し合わせたように、二人の目が開いた。いつもは、同じ青といっても微妙に違う色合いの瞳が、ぴったり重なったように同じ空色になっている。
「わたしがとなえます。あわせて下さいね、ミルカ」
目の前にいる相手に言うように、低い声で呟く。村人を間に入れてかなり離れた場所にいるミルカも、ごく小さな声で、
「いつでもいいです、アーティ様」
アーティはちらとティアとガイを見た。二人は同時にうなずいた。
「いきますよ。…、
 スィング」
緑色の風が巻き起こったように見えて、思わず目を閉じ、開いた時には、ガイとティア以外誰もいなくなっていた。
「成功したんだろうな?多分」
「ええ、多分ね。…バウンドキングダム以外の場所へ行ってしまった場合を抜かしてだけど」
「うーむ」
がらんとした広場で、二人は顔を見合わせ、不安げに笑い合った。

見張りの二人は笑うどころではなかった。突如、城の前に広がる砂地に、やたら純朴な格好をした一団が、ふってわいたからだった。
「あっ、あ、あれは何だ」
「しし、知らん」
両端にいる二人の手が下におりると同時に、光の半球は余韻も残さず消え去り、人々はきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「あー、お城だー」
「ほんとだ。おっきーい」
子供がかん高い声で叫び、続いてわーっと走ってきた。二人は一瞬腰が退けたが、慌てて身を立て直した。
「こらこら、勝手にあちこち行くんじゃない。すぐに戻るぞ」
村長らしき老人が言うと、口々に不満を訴えながら、仕方無しに戻って行った。
「この次来る時はお城の中見られるんでしょ?」
「当り前だ。ティアの結婚式は城の中の教会でやるんだから」
「ならいいか。でも見たかったなあ」
「僕も」
これは、ひょっとすると、隊長の奥方になられるティアさんの…という所まで想像した時、
「なにやら、外が騒がしいが、何だ」
ぬっと巨体が姿を現した。
「あ、隊長、あのう。もしかすると、あの一団は」
なに?と言いながら、砂地でごそごそやっている連中をハイデッカが眺めるのと、連中が新たに現われた男を見るのとが同時だった。
「あー、ハイデッカさん」
一同が叫んだ。どこかで慌てた鳥が飛び立つほどの大音響だった。ハイデッカもびっくりした顔のまま腕を振り上げ、答える。
「おう、エルシドの皆じゃないか。どうしたんだ、どうやって、おっ」
ハイデッカの目に、一同から少し離れた場所で、微笑みながら静かに頭を下げたマント姿が映った。
「お前の仕業か、アー公」
「こんにちは、ハイデッカ。見ての通り、なんとか成功しました。ミルカのお陰です」
本人は、アーティと反対側に立って、ちょっと口を尖らせている。怒っているのではなく、照れているのだ。
「さすが、エルフの里一と言われた魔法使いの娘だな」
「ええ」
へえー、そうなんだあ、と言いながら、子供たちがミルカを改めてしげしげと見ている。恥ずかしくて、ミルカはそっぽを向いてしまった。
「ねえ」
声の方をちろっと見る。ディムの手を掲げて、リリスが、
「怪我したの。血が出てるの。治してくれない?」
ディムは泣きべそをかいている。どうやら転んで石に摺ったらしい。まだちょっとぎこちない風で、うなずくと、
「うん。いいよ」
ぎくしゃくと側へ来て、そっと手を取った。皆黙って見ている。傷の上に右手を掲げて、ふっと下げながら、
「エスト」
ふあっと風が吹いて、たちまち血は止まり、皮膚は元通りになった。
「すごい」
「神父さんより上手」
子供たちははしゃぎ、次々に虫歯を治してだの眠いのを治してだのと騒ぎだした。困りながら嬉しそうなミルカを見て、
「やっぱり、子供は同年代の友達がいなくちゃな」
「そうですね。エルフも人間もありませんね。これからはどんどん連れ出すようにしますよ」
「お前も外に出て、人間の彼女でもつくったらどうだ?」 きゃーっという歓声が上がった。二人が声の方を見ると、再びきゃーっだ。娘たちが目をハート型にして、とんだりはねたりしている。
「おお、もてるなあお前も。俺はもういいんだ。ティアがいるからな」
誰も何も言ってないのに、一人で参ったなあと言いながら頭をかいている。皆呆れてハイデッカを見た。
「まあとにかく、来られることがはっきりしましたので、今日はともかく戻ります」
「なんだ、寂しいことを言うな。このままちょっと寄っていけ。このくらいの人数なら酒のいっぱいも振舞えるぞ」
酒好きの間からどよめきが起こった。
「寄っていけ寄っていけ。お前達、食堂へ席を用意するように伝えろ」
「ハイデッカ」
「いいんだ。気にするな。とにかく、皆に感謝したいのだ俺は」
アーティはふふっと笑って、
「わかりました。それでは私だけエルシドへ戻って」
「ティアを連れてきてくれるのか。頼むぞ」
「はいはい」
たちまちのうちに姿がかき消えた。村人を城の中へ導いている間に、アーティは二人を連れて戻ってきた。
「来たか。おお、ティア」
「びっくりしたわ。アーティさんだけ戻ってきてどうしたのかなと思ったら、あっちで宴会になったって言うんだもの」
「お前ほんとに宴会ばっかだな」
「やかましい。文句をつけるな」
やりあっている所に、ジェシィとヒルダが来て、
「ほら、早く行きましょうよ。皆ハイデッカさんとティアを待ってるんだから」
「そうだな。行こうか、ティア」
でれでれした横顔に、ガイはへっと言って、
「みっともねー顔だよな。そう思わねえかアーティ」
「さあね」
笑って取り合わない。
「ちぇっ、大人め」
「兄さん、なに馬鹿なこと言ってんのよ。こっちが恥ずかしくなるわ」
「うるせえな」
ぎゃあぎゃあ言いながら城へ入り、ハイデッカの部下たちや城下の民を交えて、ちょっとした交歓会になった。
皆心から楽しみ、このままいっそ夜を徹してという者もいたが、
「それは、隊長とティアさんの披露宴までおあずけにした方がいいだろう」
「待ち遠しいというのはいいものだからな」
という所に落ち着き、名残惜しい気持ちを抑えて、エルシドへ戻った。
 いい加減皆くたびれて、ちょっと寝に戻るかと言っている村人たちを背に、
「それでは、私とミルカはエスエリクトへ戻ります。式間近になったらまた来ますが、何かあれば知らせて下さい」
「わかりました。本当にありがとう、アーティさん、ミルカ」
「またね、ティアさん」
ミルカがはにかみながら、名を呼んだ。ティアは思いきりうなずいた。
「ミルカ」
こっちの名を呼ばれて振り向くと、子供たちが皆そろって、にたにたしている。
「また来るんでしょ?」
「う、うん」
「来いよな。バウンドキングダムで面白い所みつけたし、皆で行こうぜ」
「うん」
今度は高く叫んだ。
そんなミルカを微笑んで見てから、アーティはもう一度ティアに軽く頭を下げて、ミルカの肩に軽く触れ、呟いた。
「スィング」
子供たちがぶんぶんと手を振っているのに、ミルカが手を振って応えた姿の残像を残して、二人は帰っていった。

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