満天の星空だ。
今日は寒の戻りか、空は綺麗に晴れ上がって、その分冷える。底冷えがすると言うような寒さだ。
両手で、自分の腕を抱えて、がちがちと鳴る歯をこらえて、座っている。指先も爪先も感覚がない。
震えてくる唇を噛んで、ティアはじっと石の上に書かれた紋章を見つめている。これで、何日目になったのか。
この上に、ハイデッカが現れるのだ。必ずだ。いつになるかはわからない。でも、必ず戻ってくる。それまで、私はここで待っている。
ふと、温かいものが、肩を包んだ。はっとして見ると、アーティがすぐ後ろに立っていて、肩にはケープのようなものがかけられていた。魔法力を使って編んだらしく、とても軽いのに、それまで全身に刺さるようだった冷気が、ほとんど遮断されてしまった。
「アーティさん…有難うございます。でも、この前も言いましたように、これは私の我侭ですから、どうか」
「でしたら、これは私の我侭です」
そう言って、アーティはにこりとした。蒼白の頬が、夜の闇の中、ほのかに浮かび上がる。
「…すみません、有難う…」
「御礼を言うのは、早いみたいですよ」
そう言って顔を向ける。街の方から、山ほどの食料と酒をかかえたガイが、よろよろと向かってくるのが見えた。
「よっこらせ、と。畜生あのクソ親父め、どうせ原価はこの何分の一かだろうによ。全くもってケチくせぇ野郎どもだ」
「汚い言葉ですね」
淡々とアーティが言う。ぐ、と詰まって、何か言い返そうとし、
「どうせ俺は口が汚ぇよ」
ぷぁ、と口を開けてわめいてから、
「ほら、ティア、あったかいうちに食え。ちっと辛いけど、腹の中からあったまる方がいいからな。あと、これも食え。ためしにつまんでみたら結構いけたぜ」
やたら赤い色の蒸しパンや、ありあわせの容器に入れたスープや、何の肉かわからない唐揚などを山盛りにされて、ティアは泣き笑いになった。
「ガイ…」
「え、嫌いか?これ」
「ううん。有難う。…アーティさんも、改めて、有難う」
アーティは微笑して、首を振り、ガイはぶんぶんと首を振ってから、
「俺も食うんだから、礼はいらねえよ」
言いながら、早くも頬張っている。お前も食うんなら食いな、とアーティにくぐもった声で言って、遠慮しますと言われ、そうか、と再びくぐもった声で答える。それから、
「口にものをいれて喋るのは行儀が悪いですよ」
ぶー、と吹きそうになって、あわててのみこみ、今度は喉につかえる。咳込んで、
「馬鹿野郎、殺す気か」
「いえ、特にそういう気は」
「もういい」
くさっている。
「御免なさい。私の我侭でやっているんだから、放っておいてなんて言っても、あなたたちはこうして心配してくれるわよね。…でも」
ガイが仕入れてきた、得体の知れない食べ物を食べながら、
「私はやっぱり、こうしないでいられないの。御免なさい」
「謝る必要はねえよ」
じょぼじょぼとお茶を注いで、アーティとティアに手渡し、
「ティアがそういう娘だってことは、ティアのことを知ってる奴なら誰でも知ってるし」
「そういうティアさんが、とても好きですしね。わたしも、ガイも」
「おい」
ガイは赤面して、
「勝手に力強く保証するな」
「違いましたか」
「違わねえけどよ」
「ならいいでしょう」
淡白なエルフはきっぱりと言って、面倒くさい、という顔をしてみせる。ガイは眉間をごちゃごちゃにして、黙った。ティアはつい笑ってから、涙ぐみ、慌ててお茶を飲んだ。
「全く、心の機微のわからないやつは困るよな」
ちょっとわざとらしいな、と思いながら、ガイはそう言って、自分もお茶を飲んだ。
「ぶはあ、なんだこの茶は!健康茶か?痩せるお茶か?」
「サンデルタンのお茶では、ないようですね」
再び笑いながら、ティアは目を閉じて、それから祈った。
あのひとが、必ず再び、こんなふうに皆と笑ってくれますように。

ざぐ、と音を立てて、剣が相手を切り裂いた。
「はあ、はあ、はあ」
喘ぐ。息が止まりそうだ。心臓ははじけそうに鳴っている。
「きゃああ!」
女が悲鳴を上げた。あっと顔を向けると、別の一群がすぐそこまで来ていたのだった。先頭の、ブタの化け物のような奴に食いつかれているララが、
「なにすんのよ、この」
怒号で自分を励まして、身をひき、右手のこん棒で思い切り敵をぶん殴った。食いついていたせいで身動きが取れなかったことが逆にあだとなった魔物は、脳天をかち割られて、ぐずぐずと床に崩れた。ララはかみつかれていた腕を必死で口から抜いた。血が出ている。
「ララ、大丈夫か!」
「へ…平気よ、このくらい」
本当は卒倒しそうなのだが、次々と繰出してくる相手の姿を見ては、倒れる気にもなれない。そんなことをしていたら、こいつらは喜んで食料にするだろう。
二人はくずれそうな膝を必死で支え、どんどんやってくる敵に懸命に武器を振り下ろした。
空腹と渇きで目が回りそうだ。一体、こいつらは何を糧にしているのだろう、と怒鳴ろうとして、ララはやめた。以前やってきた、自分たちのような馬鹿者たちに決まっている。そんなことを確認したくはない。
「こっちだ!こっち」
いくつかある通路の一つから、ルーイが顔を出してわめく。その声も、衰弱しきってかすれている。
「ララ、次に俺が大きくふっとばす。その隙に走れ」
「え?そんなこと、でき…」
「いくぞ」
ハイデッカは、少し前に手に入れた、不思議な曲がり方をしている剣を構えると、残り少ない力と念を込めて、振り下ろした。と、剣に溜まっていたIPが発動して、閃光のような攻撃が、今迫ってきた魔物の最前列をふっ飛ばした。耳障りな騒ぎ声を後ろに、二人は走った。
「何よ、今の!あんた、魔法なんて使えたの?」
「魔法じゃない、IPだ」
「IP?」
「早く行け、来たぞ」
二人は先で待つルーイのところへ一心に走った。二人が来たのを見届けてから、ルーイも先頭をきって走る。しかし、三人とも、あまり早くは走れなくなっていた。あっという間に、追いつかれそうになる。顎を突き出して懸命に足を動かす、狭い通路の果てに、階段があった。
「この階、宝箱の取り忘れ、ないわね」
「ない」
男二人が同時に答え、同時に三人は階段の下まで転がり落ちた。止まって、ゆっくり降りる力さえ、もうなくなっていた。
「いったあーい、何…」
ララが何か言いかけ、声を飲む。男二人も顔を上げ、愕然となった。
回り中魔物だ。
自分たちは壁際にうずくまっている。だだっぴろい部屋だ。はるか向こうの壁に通路がいくつかあるが、そこまでの床をぎっしり、魔物が埋めている。
ララの唇が震えて、悲鳴が甲高くなってゆく。ルーイも、転びそうになっては何とか腰を立て直し、すぐまた転びそうになる。
「もう、駄目なのね、あたしたち…ここで」
死ぬのね、と言おうとして、言えなかった。涙もでなかった。どれほど追いつめられていても、諦めて微笑みながら死ぬことはどうしても出来ないみたいだ、と頭のどこかが思っていた。
厭だ。死にたくない。死ぬのは恐い。こいつらに生きながら食われるなんて、厭だ。
「死にたくない…死にたくない、助けてくれ」
ルーイがぶつぶつ言っている。当たり前じゃないか。何のために今まで、目がまわりそうな苦痛に耐えて、ここまで降りてきたのか。
床を埋め尽くした魔物に食われるためなのか?
そうだったのか。もしかしたら。
新たな落胆と、どうしようもない無力感に、二人が捉えられかけた時だった。
「お前たち」
どしっと、ハイデッカの声が、二人の腹を掴んだ。いつものように。
二人はすがるように、ハイデッカを見た。
ハイデッカは、それまでど、寸分違わない顔で、立っていた。少し…かなり、疲れているけれど、目の光だけは、この洞窟に入ってすぐの時と、全然変わらない。
「なんとか、道をつくってやる。お前らはここを突破して、あの通路の向こうを探せ」
「探すって…こんな、数の敵、やっつけるどんなものが見つかるのよ」
「ここは地下20階だ」
二人の顔が止まった。
ハイデッカは、荒い息をなんとか宥めながら、言い聞かせるように、
「天への祈りが、見つかってもいい階なんだ。…それに賭けるしかない」
変だ。さっきまで、
何度数えたかわからないのに、
ここが地下20階だって、言われるまで、気づかなかった…
ぼう、として突っ立っている二人に、
「行くぞ。腹を決めろ、二人とも!」
言いざま、渾身の力で剣を振った。刀の巻き起こす力の波動で、魔物がかなしばりにあう。
「今だ、行け!」
声に突き飛ばされて、二人は駆け出した。追おうとする一匹を串刺しにする。それがきっかけで、魔物はハイデッカにどっと襲いかかってきた。
二人は必死でそれぞれの通路に飛び込んだ。
なんだ、これ。皮の帽子?いらん!
毒けし。有り難いけど、今はそれどころじゃない。
ポーション。有り難いけど…焼け石に水という、ことわざのようなものだ。今はそれどころじゃない。
綺麗な天使が天を見ている。なにこれ。鏡台の飾り?今はそれどころじゃ、
「あった!」
思わず絶叫していた。はずみで取り落としそうになる。
「なんだって、あった?」
ルーイが絶叫して、向こうから駆けてくる。
「うん、これよ、きっと!天への祈りっていう像なんでしょ?きっとこれよ」
「う、うん、そうだな。きっとこれだ。ああ…よかった」
がくがくと震える手で、像を撫で回してから、上へ持ち上げようとする。
「何するのよ」
「掲げろって言ってたじゃないか。きっとこうするんだ。で、元の場所へ戻りたいって念じればいいんだろ」
「ちょっと待ちなさいよ。あのひとがまだ戦ってんのよ」
「いいから、早くしろ!これで戻れるんだぞ、わからないのか」
「わからないのはあんたでしょ」
ララは像を男から避けると、立ち上がった。なおもすがりつこうとする男を、思い切り蹴飛ばした。男は敢え無く転がった。
「あんたは本当に、腐った奴だわ。本当に自分たちだけで逃げようっていうの?」
ララは静かに言った。今迄で一番静かな声だった。
「考えてみなさいよ。あのひと、どうして洞窟に入ったと思うの。あたしたちが洞窟に入るのを見て、駆け寄ってきたのよ。どうしてかわからないの?」
「なにを…言ってるんだ。こんな時に」
おろおろと叫ぶ。この馬鹿女のせいで、戻れるのに戻れない。戻れるのに!
「あたしたちだけで入ったら、絶対死んじまうからじゃない。あのひと、わざわざ入ってきたのよ。この中がどういう所か知ってて、わざわざ。縁もゆかりもないあたしたちのために。
そのひとを置いて、自分だけ助かろうなんて、絶対駄目よ」
「お前、あの男が好きになったのか?」
ルーイの顔に、像をくれという懇願と、この期に及んで何を言っているんだという憎しみと、それから嘲笑とが浮かんだ。
「あいつは、外に女がいるんだぞ。決してお前に向き直ったりしないぞ。その石をくれてやる女がいるんだからな」
一瞬、ひるんだ。それはどうしようもないことだった。
「お前のことを振り返らない男なんぞ忘れて、戻ろう。大丈夫、あいつはあんなに強いじゃないか。前に一度入ってでて来られたんだろう?今度だって大丈夫だ」
いいながら、少しずつ、像へ手を伸ばしていく。ひったくろうとした瞬間、女に蹴飛ばされた。
「逃げてばっかりいたあんたになんか、負ける訳ないでしょ」
背中を強打して、動けない。ひい、ひい、とうめいている男に、
「ここを出るんならあの人も一緒よ。本当ならあんたを置いて二人で出たいところだけど、そんなことをしたらあの人が怒る。だから連れていってやるわ。
あのひとに女がいることなんか知ってるわ。そんなことどうだっていい」
最後は低く呟いて、ララは最初の広間へ戻った。
「ねえ、あったわ!像が…」
叫んで、それから悲鳴を呑んだ。ハイデッカが全身傷だらけで、戦い続けているが、もう駄目だ、というのが一見してわかる。腰から下に、双頭の狼がくらいついて、肉を食いちぎろうとしている。片腕には数匹の魔物の触手が絡み付いて、動きを封じている。何本かは首に巻き付いて、締め始めている。左手に握った剣だけは離さないでいるが、もはや時間の問題という表現が、ぴったりだ。
「あったのよ、像が!ここまで来て、お願い!」
ララの絶叫が聞こえたのか、ハイデッカは、血にふさがれた目を上げて、こちらを見た。
そして、ララと、今よろよろ姿を見せたルーイに向かって、怒鳴った。
「二人で行け!」
二人は、声を失って、棒立ちになった。
「大丈夫だ。俺はこいつらを何とかして、別の天への祈りを探し、それで戻る。心配するな」
強く言い切って、にやりと笑ってみせたのが、二人には解った。
何とかしてって、それは無理だろう。今にも魔物に押し倒されて、食われそうだというのに。
不意に、ララは、手にしていた像を、ルーイの手に押し込んだ。
「な…」
「逃げたいんなら、あんた一人で逃げな」
そして、こん棒を握り直して、
「あたしは、あの人を助ける」
魔物の大軍の中に、突っ込んでいった。こん棒を振り上げて、振り下ろす。数度、繰り返しただけで、魔物は後ろにも敵がいることを察知して、ララにも向かい始めた。
「畜生、負けるもんか!この野郎」
大声でわめきながら、懸命に戦い続ける。しかし、ただでさえこちらの体力はゼロに近く、敵は強い。すぐに牙を立てられ、爪をかけられて、ララは悲鳴を上げた。
「馬鹿者!何をしている、ルーイ、ララを連れて脱出しろ!」
ハイデッカが叫んだ。
「あたしは平気よ、こんな奴ら!行くなら早く行きなよ、あんたも襲われるわよ」
こちらを見もしないで、ララが怒鳴った。
ルーイは。
手の中の像を見つめて、ぶるぶる震えている。
これを、宙に掲げて、戻りたいといえば、戻れる。
手は像を掲げようとした。口は戻りたい、と叫ぼうとした。
しかし。
何が、自分を止めたのか、わからない。後になってもわからなかった。
「わーっ!わあああー!わーわーわああああ」
絶叫した。魔物が、意識を、自分へ向けたのがわかった。
ぶんぶんと像を振り回しながら、ルーイは走り出した。どのくらいかの魔物が、後を追い始めた。
しかし、がく、とハイデッカの膝が折れた。もう限界だった。すかさず、数匹が喉笛に噛み付こうとして、宙を飛んだ。
それを見た瞬間、ララの中で何かが爆発した。怒りだとか、助けたいと思う心だとか、はっきりした表現はできない、感情が破裂したというのが一番合っているかも知れない。
「ハイデッカ」
ララが、ハイデッカの名前を口にしたのは、これが初めてだった。同時に、胸の谷間で彼女を守っていた石から、すさまじい勢いで水色の力が迸って、あたりの魔物全てに襲い掛かった。
「きゃあ!」
自分が一番驚いただろう。
喉に噛み付こうとした数匹も、石の放った力の迸りに捉えられて、声を上げて床に叩き付けられた。その間になんとか立ち上がって、動きの鈍った回りの連中を、左手の剣で倒す。
「ララ…」
魔物の死体と、まだびくびく動いている奴等の中に突っ立って、ララが呆然としている。右手のこん棒だけはしっかり握ったまま、
「なに…今の」
呆気にとられている、その胸元で輝いている石を、右手で示して、
「石の、IPだ。…発動させようと思っても、素人には無理なんだが…お前には、素質があったのかな」
「だって…夢中だったのよ。あんたが、そいつに…」
「有難う。お前のお陰で命拾いした」
心から感謝をされて、ララはうろたえた。それから、首を振った。
「ううん。あんたがしてくれたこと程じゃないわ」
自分でも驚くほど、素直な言葉が出た。
もう一言、何か言おうとした時、ルーイの悲鳴が聞こえてきた。
「しまった。あいつが」
駆け出そうとして、再び膝をつく。もはや、戦うことは、出来ない状態だ。
「しっかりして」
素早く、手を入れて支える。しかし、ララも転びそうになった。お互いにつかまりあって、何とか体勢を立て直す。
「あいつ、脱出しなかったんだね。どうしてかな」
「さあな」
二人で苦笑いしながら、よろよろと、声の方へ向かう。
狭い通路の一番奥に、ルーイが追いつめられて、泣き叫んでいる。通路には、数匹の魔物がいて、じりじりと近づいていくところだった。
しっかり、像を抱きしめたまま、顔をべたべたにして、
「助けてくれ!いやだ!死にたくない、誰か」
息を吸って、止め、ララから手を放し、剣を構える。それを見上げたララに、
「これで最後だ。…行くぞ」
こくりとうなずいて、精一杯の力を込め、答えた。
「うん!」
「よし」
二人は、倒れそうな体に鞭打って、駆け出した。
もう駄目だ。食われる。馬鹿なことをした、さっさと逃げてしまえばよかったのに。どうして逃げなかったんだろう。そんなこと知らない。今となっては、
目をつぶっていれば、厭なことや恐いことは過ぎてしまうと、子供の頃思っていた。大人になっても、ずっとそう思っていたような気がする。そんなことはないのに。自分で、厭なことや恐いことを、何とかしない限り、見えないだけでそこにあり続けるのに。
逃げたから。逃げることしかしなかったから。
だから、あの女は、俺から去ったのだ。
今まで認めることはできなかったけれど、死ぬ時くらいは、自分に正直に、なってみてもいいかも知れない…
「それなら、まだ早いぞ」
目を開けた。目の前に、血だらけのハイデッカの顔があって、右手には魔物の首が掴まれていた。多分、ルーイに食いつこうとした奴なのだろう。
ルーイは、しゃくりあげながら、ハイデッカを見上げた。なんという顔だろう。こんな顔を、一生に幾度も見るまい。
何を言ったらいいのかわからない。
「良く、逃げ切ったな」
言ってから、
「我ながら間抜けだな」
そう言って笑った。
今更、何を言っているんだ、と言おうとして、涙で声が消えた。ハイデッカはがはがは笑い、ルーイは泣き笑いした。
「ちょっと、他のが来たわよ。笑ってる暇ないわ」
一人で戦っていたらしいララが怒鳴った。言葉の通り、通路の向こうから、ぞくぞくと魔物が押し寄せてきた。どこから涌いてくるのだろう。
先頭の頭を、ララが懸命に殴りつけ、今度こそ悲鳴を上げた。
「駄目よ。歯が立たない」
その肩と、ルーイの肩を、ハイデッカの大きな手が抱えこんだ。二人は、ハイデッカの胸に抱え込まれた。
「ルーイ、像を掲げろ!」
生徒のように、ルーイは素直に像を掲げた。像が銀色にきらりと光を宿すのを、ララは目の前で見つめた。
「戻りたいと叫べ!」
ああ。今まで幾度、繰り返してきた言葉だろうか…
もういい。
戻れるのなら。幾度目だろうと。
ここへ落ちてきた時と同じ、真っ白い閃光が、天使の像から吹き出すと三人を掴んだ。入る時も出る時も、有無を言わさない、かなり暴力的な力だった。
目がくらむ。目をとじた。
三人に食いつこうとした魔物を弾き飛ばして、光は三人の姿と共に、一瞬の後に消えた。

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