紺碧の空に、純白の雲がいくつか。
大地は、目に染みるような美しい若草色の絨毯が敷き詰められ、あちこちの可憐な名もない花や、空をゆく鳥たちが、二人への祝福を謳う。
「式が終わったら、そのまま中庭で祝賀会だ。時間がないぞ、テーブルとシャンペンは足りてるか。来城者数の確認はできてるだろうな」
でかい声でガイがわめく。一番近くにいたバウンドキングダムの兵が、大丈夫です、と叫んだ。
「今朝から十回は確認いたしました」
「ならいい。御苦労さん」
向こうで、テーブルクロスを使いやすくたたみ直していたジェシィが、
「ガイ、そろそろ着替えた方がいいんじゃないの?式までそれほど間がないわよ」
「わかってる」
今度はこっちが応えて、それからジェシィの様子をためつすがめつした。
「なによ」
「うん、誰にも負けてない。俺も鼻が高い」
「いやね。変なところで威張らないで」
そうは言いながらも、悪い気はしないらしく、ちょっと嬉しそうに赤くなった。
「兄さん、早く着替えて。もうすぐ式よ」
花を飾り終えたヒルダがジェシィの向こうから叫んだ。輝く金髪が、薄紅色のドレスとよく合っている。ちなみに、ジェシィはすみれ色のドレスだ。一緒に選んだのかも知れない。
恋人と妹の両方に催促され、料理の進行状況を確認するようにと兵に言ってから、ガイは一般控え室の方へ走っていった。
「女ってのは、自分を飾り立てるのを最初にやってから、ことに当たるんだな」
「ガイさん、何をおっしゃっておられるんです」
着替えていた兵が笑っている。一緒にいにしえの洞窟でハイデッカの帰りを待った、あの兵だ。
「だってそう思わねえか?…へえ、それがバウンドキングダムの兵の正装なのか」
黒地の羅紗に金糸で獅子の縫い取りのある、なかなか趣と威厳がある制服だ。
「馬子にも衣裳だなあ。隊長が帰らないってめそくそ泣いてた男とは思えないよ」
「それはおっしゃらないで下さいよ。あの時は、そのう、」
「わかってる。悪かった悪かった」
笑いながら謝る。
「何にしても、今ではいい思い出だ。笑い話に出来て、本当に良かったよ」
「全くです」
腹の底から絞り出すような同意の声に、ガイは笑ってうなずいてから、
「そろそろ、アーティたちが来るはずだな」
その頃、エルシドの入口では、これっきりというくらいにめかしこんだ村人たち全員が、行儀良くおしくらまんじゅうをしていた。
「忘れ物はないかあ」
村長が叫んだ。幾度目になるかわからない点では、バウンドキングダムの兵が来場者名を確認した回数と同じだ。そしてその度に、やっぱりもう少しこの自慢の料理を多めに持っていくだの、ティアの好きな花を持っていくだのと誰かが思い立ち、誰かに止められ、それを振り切って家へ戻るということを繰り返す。子供たちは全員端の方にかたまって騒いでいる。中にミルカの姿もあった。
「すげえなあ、いよいよだな」
「どきどきするわね。お城の中でお式を挙げるのよ。綺麗だろうなあ、ティアお姉ちゃん」
「ハイデッカの兄ちゃんもきっとカッコイイと思うぜ。ちょっといつもマヌケだけどさ、黙って立ってりゃいい線いくと思うんだ」
うん、と生意気にうなずく。
「ミルカも、その服すっごく可愛いね」
ありがと、と言ってにこにこする。彼女の金髪は、ヒルダやジェシィと違って、とろけるような蜂蜜色をしている。ハニー・ブロンドという呼び名がぴったりくる色合いだ。萌える若葉の色の、袖が膨らんだワンピースは、その髪によく合っていた。
「ふわふわして、裾がお花みたいで、まるで妖精みたいね」
「だって、ミルカはエルフじゃん」
「あ。そうか」
一同が笑う。照れたように笑って、頭を掻こうとし、せっかく綺麗なお下げがぐじゃぐじゃになるよ、と忠告され慌てて止めるミルカを、アーティは笑顔で眺めていた。
まるで妖精みたいね。
だって、ミルカはエルフじゃん。
あ、そうか、
そして笑いながら、お互いの顔を見合う人間たち。真ん中にいて、照れているエルフの娘。
成そうとして成せる姿ではない。
温かくさりげなく、無理なく互いを受け入れ合う、異種の生き物同士が、共通の隣人の結婚式を祝うために集まっている。なんて素晴らしいことだろうと心の底から思いながら、アーティは目を閉じて天空を仰いだ。
「晴れて、良かったですねえ、アーティさま」
二人で、人数確認をしていた中年女たちが話し掛けてきた。
「そりゃ、5月のあったかい雨はそれなりに風情のあるものだけどね。お日様みたいなハイデッカさんと、青空みたいなティアの結婚式なら、やっぱりひとつすかっと晴れてもらった方がね」
「そうですね」
この御婦人はなかなかおしゃれなことを言う、と思いながら、笑顔でうなずく。その顔に、若い娘たちはため息をついて見入っている。
「素敵ねえ、アーティさま」
「正装の黒が、あんなに優雅に端麗に決まるひとって、そうはいないわよねえ」
「ああ。あの格好のままで、あたしをどこかへさらっていって欲しいわ」
「なに厚かましいこと言ってんのよ、アーティさま二人分みたいな胴回りで」
「キーッ、あんたこそ」
中年女は呆れ顔で娘たちを見遣ってから、顔を見合わせ、一人が辟易した口調で、
「すみませんね、若い娘っこは言うことが下品で」
思わず吹き出す。なんとか笑いおさめた時、太陽の位置が思いの外動いていることに気がついた。踵を返し、村長に、
「申し訳ありませんが、そろそろ出ませんと、時間が」
「おお、そうですな。済みません手間取って」
汗を拭って、もう一度、忘れ物はないか、ないな、とわめいた。一同はようやく、ありませんと応えた。やはりアーティの言葉が効いたらしい。
村長にうなずいて、振り返り、
「ミルカ。やりますよ」
それまでお互いの格好の品評会に花を咲かせていたミルカは顔を上げて、大きく元気よく、
「はい!アーティさま」
わあ、と子供たちの歓声が上がった。
「ミルカの出番だ」
「待ってました。かっこいーい!」
「頑張れよ」
嬉しそうに、うん、と応えて、この前の予行練習と同じように、しかし今度は自分から、子供たちに一番近いところに立ち、アーティが位置につくのを待っている。アーティは微笑して、ミルカの反対側へ行った。
「では、お手数をおかけしますが、お願いします、アーティさま、ミルカさん」
二人の中間から、村長が声をかけた。はい、というアーティの声が聞こえた。ミルカは、一人前の魔法使いとして頼まれたことが嬉しくて、つい、
「わかりました」
大声で返事をした。子供たちが一斉に歓声を上げる。
身内から、喜びと誇らしさが、今日の陽射しのようにあふれてくる。私は、ティアさんとハイデッカさんの結婚式に、この村の皆を連れていってあげるんだ。
皆、結婚式に出られるのが嬉しくてたまらない顔で、私のことを見ている。皆が喜んでくれている。私の力が皆のためになるんだ。皆が私の力に感謝してくれてる。私はこの皆と一緒に、ティアさんとハイデッカさんの結婚をお祝いしに行く。
母さん、私はやっぱり、人間が好きだよ。憎んだり、嫌ったりしたこともあったけど、こんなに真っ直ぐ私のことを受け入れてくれるひとたちもいるの。私はこの人たちのために、母さんが私に残してくれた力を使うのよ。
大声で叫びたいような胸の高鳴りをこらえて、ミルカは目を閉じ、代わりに口を開いて、座標を瞬間に移動するための呪文を、一つの結界全体にかけるための準備の呪文を、静かにとなえはじめた。それと同時に上へ掲げ始めた両手が、完全に上へ届いた時、両手に光が灯った。たちまちのうちに光は編まれて、アーティの方へ広がった。前回より、ずっと早い。
一同の上に結界を張る呪文を唱えていたアーティの手から放たれた光がミルカの手に届いた。二人は目を開いた。
ミルカの目には、子供たちが、憧憬と誇らしさ、こんな凄い力を持った子が自分たちの仲間なのだという誇りで輝いた目をして、一心に自分を見つめているのが映った。瞬間、何か涙ぐむような気持ちが、心の底から湧きあがってきて、慌てて堪えた。呪文を唱える間は、心の動揺は禁物だ。たとえ、泣くほどの嬉しさに因るとしても。
『アーティさま、こっちはいつでも』
咳込むようにして言いかけた。遠くにいるアーティの微笑が、静かにミルカの心を撫でて、
『ミルカ、よかったですね』
『…はい』
なんでもお見通しなのだ、アーティさまには。
てへ、というような笑顔をつくってから、きゅっと引き締める。早く、皆を連れていってあげたい。私も早く行きたい。
『私に唱えさせて下さい』
『いいですとも』
これまた、わかっていたように即座に承知してくれる。ありがとうございます、と心で呟いて、ミルカは息を吸い込み、その息に命じた。
『スィング』

どうも、気に入ったふうにならない。どこがおかしいのだろう。
いらいらと眉を寄せ、幾度も鏡の中の自分を眺め、睨み付け、首を傾げる。
「王子、何がお気に召さないのでございましょう?どこから見てもご立派なお姿でございますが」
「世辞はよい。正直に申せ」
「世辞などと、めっそうもない」
恭しくジョセフが手を振る。くちびるを突き出して相手を睨みつけてから、子供っぽい仕種だと気づいて、慌てて唇を引っ込める。
ジョセフではどうも、僕が遊び人の格好をしていても、ご立派なお姿と言いそうだ。ハイデッカに見て欲しいが、いくらなんでも今日ばかりは無理だ。それどころではない。
眉間にしわを寄せて、再び鏡の己に問いかける。今一つだ。どこをいじればいいのか。
「アレク、まだ着替えておらぬのか。あまり間がないぞ」
お付きを連れて、国王が部屋へ入ってきた。ジョセフは腰をかがめ、後ろへ下がった。
「着替えが長いのは女たちだけで充分じゃ」
「母上や、姉上たちの方はもう済んだのですか」
「つい今し方な。そなたも、いい加減にして貴賓席へ来るがいい。ハイデッカが入場する頃になってようやく駆け込んで来ては、皆の笑い者だぞ」
「わかっております」
かん高い声で応えてから、むきになって胸元のリボンをぎゅっときつく結んだ。リボンは縦結びになって、アレクの顔を隠した。ジョセフと女官たちが、笑いを懸命に堪えている。
「貴方、こちらへいらしてましたの?式次第の」
言いかけながら、支度の済んだ王妃がやはりお供を連れて入ってきて、アレクの様子に気づく。
「あら、まあ」
側へ来て腰をかがめ、いったんリボンを解いてやる。
「母上、自分で出来ます」
赤い顔をしてもがいているのをはいはいといなしながら、王妃は胸元に純白のリボンを、ふっくらと結んでやった。眺めて、うなずきかけ、
「とても素敵ですよ」
「お世辞は結構です」
「自分の子供にお世辞を言う母親がどこにいますか」
おかしそうに笑う。国王も、皆も笑った。アレクひとりが真っ赤になって、ふくれている。
「ほら、アレク、おめでたい日にそんな顔をしないで。あなたの大好きなハイデッカが結婚式の写真を見るたびに、あなたの膨れっ面を見せるつもり?」
「自分のことは、自分で出来ると申しているだけです」
結局、頬を真っ赤にし、ぷんと唇をとがらせたきわめて子供っぽい顔で、廊下へ走り出ていってしまった。
「やれやれ、困った子じゃ」
「自尊心がお強いのです。王子としては良いことではありませぬか」
例によってジョセフが熱心に説き始めた時、外で歓声が上がった。
「何事かの」
王が窓際に寄って見下ろすと、南側の正門から、エルシドの村人がかたまったまま入ってくるところだった。先頭が子供たちだ。
「うわあ、すごーい!見ろよ、あの塔」
「高いなあ!村の木の何倍あるかな」
「見てみて、あれが教会なんでしょう?窓が七色のガラスで出来てるわ、きれーい」
「広いねえ、これ全部お城の中なんだもんね、すごいねえミルカ」
「うん」
ミルカも、この城に入るのは初めてだ。子供たちと一緒に興奮して、あちこち見て廻って、目を丸くしている。
「すごいですなあ、村長、あんたも生まれて初めて見るんじゃろ、城内は」
「う、うむ。すごいのう。死んだオヤジに見せたかった」
「へえ、あれがバウンドキングダムの正式な制服なんだ、かっこいいわね」
「でもあれじゃ誰でもかっこよく見えるっていう欠点があるわね」
口々に驚嘆やら讃嘆やら身勝手な感想やらを述べている村人たちの様子を、正面の入口に立って、じっと眺めている子供に、やはり子供たちが最初に気づいた。
びっくりするほど立派な仕立ての黒い上着と、ズボンを付けて、ぴかぴかの長靴をはいている。袖口には金糸で、複雑で華麗な紋様が縫い取られ、宝石のように大きくて綺麗なボタンが並んでいる。いや、多分本当に宝石で出来たボタンなのだろう。胸元と袖からこぼれるブラウスは、雪か花のように柔らかく白く、とても、彼らの母親たちが持っている一番のよそ行き(大概、それは今日着て来ているが)でも足元にも及ばないほど、上等なものだった。
白い、女の子のような頬はばら色で、目は瑠璃のように青い。きれいにカールした金髪はふわふわで、一体どうしたらあんなふうにセットできるのか、想像もできない。口を半開きにして、あるいはじっと下から、子供たちはその相手を眺め続けた。
子供たちの沈黙に気づいて、城の兵が視線を追い、慌てる。
「こ、これは王子、何故このような場所に」
「構うな」
アレクがそう言うより先に、わあっという声が上がった。
「王子だって」
「王子さまだよ、バウンドキングダムの」
「誰だって。え、あの子が?あの子が王子さま?まあ、かわいーい!」
「お人形さんみたい」
「なんて立派な服だろうね。あれで牛何頭分だろう」
遠慮ない田舎者のあけすけな興味をぶつけられて、王子はへどもどし、中へ入ろうとした。と、外へ出ようとしていた男とぶつかった。
「お、これは失礼。おお、王子さまか」
これも屈託なく言ってのけたのはガイだった。
「今日はまた、えっらくおめかししたな。まあ、王子のだいだい大好きな衛兵隊長の結婚式だからな。うん、立派だ。どこから見てもバウンドキングダム王室の跡取りだ」
「ガイどの、もうよい」
王子は真っ赤な顔で、もがいて逃げ出そうとしたが、ガイは笑って離してくれない。
「ほれ、エルシドの連中が来てる。あいつら、王族もお城も、村の外のものは何もかも初めてなんだ。挨拶してやってくれよ」
じたばたするのはみっともないから、やめた。精一杯肩をいからせて、ガイの前に立ち、ガイを従えているふうに、歩いてきた。
「あ、ガイさん。もう準備は済んだのかね」
「おお、あんたもそういうちゃんとした格好をすると、結構見られるじゃないか」
「ひでぇ誉め方だな」
どっと笑う。ガイは、ごくあっさりした黒の上下だった。上背があるし、胸板も厚いので、なかなか押し出しが立派で、服のシルエットがきれいに出る。
自分も笑いながら、なんとなく目で探し、一行の一番後ろにいて微笑んでいるアーティを見つけると、自分で話を振ったくせに、王子を置き去りにしてアーティの方へ行ってしまった。
「よ」
「ご苦労様です」
「お前もな」
いいえ、と言ったアーティも、色としては黒のみで、ガイと示し合わせたようだ。こちらはひたすら細身の長身を、すらりとした黒がいよいよ引き締めている。
いい天気でよかったな、と喋っている声がどんどん遠ざかり、王子は困ってガイの背を追いかけたが、諦めて、自分を取り囲む人々に目を移した。皆、王子の御声を待っているのか、沈黙している。
精一杯虚勢を張って、
「僕がバウンドキングダムのアレク王子だ。遠方より遥々よう参られた。歓迎する」
その途端、皆がどっと笑った。アレクはへっぴり腰になった。
「おうおう、可愛い王子さまじゃなあ」
「むつかしい言葉をよく覚えられましたなあ、アレキ王子」
「アレクだよ」
「かわいーい。連れてかえりたーい」
豊満な胸の若い娘たちがよってきて、ぎゅっと抱きしめて頬擦りする。やわらかーい、すべすべ。次はあたしよ。きゃあきゃあ。
アレクは真っ赤になって、止さぬか、離されよ、ともがいたが、娘たちは不敬も無礼もへったくれもなく、高級なお人形か珍しいペットでも見つけたように、いじくりまわして離してくれない。
「お、王子に対し無礼である」
兵が困った調子で言って止めに入ろうとしたが、女たちの嬌声にかき消された。
「お前と初めてこの話を聞いたのは、まだ冬の終わりだったなあ」
「そうでしたね。早いものです」
じきに二人の間には、珠のような赤ん坊が出来ることだろう。もしかしたら、次の春が巡ってくる頃には、もう生まれているかも知れない。
瞬く間に、その子は大きくなり、立って歩き、言葉を使うようになるだろう。
その口で、父や母の名を呼び、かつてあった二人の冒険の旅の話を聞くようになる。そして、
「マキシムのことも、両親から聞くのでしょうね」
ガイは、アーティを見た。何の話かと尋ねることもなしに、
「その頃には、ラルフが何歳になっているかな。多分、いい友達になれるだろうさ」
うなずく。
「そう言えば、」
「ラルフなら、もうセレナのおっかさんに連れられて、来てるよ。教会の中だ。…
俺たちもそろそろ入らないとな」
丁度その時、何とか王子をエルシドの娘たちから引き剥がした兵が、慌てて時計を振り仰ぎ、
「式が始まる。皆大聖堂の方へ移動しろ」
大声で叫んだ。皆わーっと騒いで、兵と王子は再びびっくりした。
「結婚式だ!結婚式だ!わーいわーい」
「ティアねえちゃんの一番近くで見ようっと」
「あっずるい、私も見るもん!」
「俺も」
「わしも」
「村長、あんたまで何言ってんだい」
どっと笑い声。すってん、とアレクが尻餅をついた。
「田舎のテンションに、都会の王子さまと兵士が押されてんなあ」
俯いて笑っているアーティに、
「どうする。奴の晴れ姿、一歩先に見ておくか?今なら控え室へ行けば、会えるぜ」
顔を上げ、ちょっと首を傾げて微笑んで、
「遠慮しておきましょう。どうせすぐ、皆と一緒に見られますから」
「そうだな」
あっさり自分もうなずいた。
「王子、大丈夫でございますか」
「いちいち騒がなくもよいのだ」
こけた姿勢から立ち上がろうとするが、ただでさえ衣裳がごたついている上、慌てているのでなかなか思うようにならない。
「大丈夫?」
「ほうっておけと言って…」
わめきかけて、今の声の主が兵ではなくて、自分と同じくらいの歳格好の見知らぬ娘であったと気づき、残りの言葉を飲み込んだ。
「ほら、つかまって」
相手は無造作に手を伸ばし、アレクの手首を掴むと、すいっと引っ張った。つんのめるようにしてアレクは立ち上がった。目の前に、青い瞳があった。今迄、見たこともない程青い瞳だった。
くく、と相手は男の子のように笑って、背を向けると、他の子供たちと一緒に走って行った。
「あ」
意味なく口を開き、閉じて、何か言おうとして開き、結局閉じる。
「どうしたい、王子さま、ぽけっとして。あの子のことが気になるか?」
ガイに笑われて、慌てて否定やら反抗やらやらかそうとした鼻先に、
「あの子はミルカっていうんだぜ。そこいらの魔術師が把になってかかってもかなわない程の魔法力を持ったエルフだ。な、アーティ」
「はい」
振り返った王子に、うやうやしく肯定してみせる。
「エルフ?」
問い掛けながら、相手がまさにそのエルフの長であることに気がつき、
「それほどの魔法力を持った…」
「はい」
「アーティどのの、御息女か?」
意外なことを問われて、アーティが目を白黒させる。ガイが笑い出した。
「いいえ、違います」
「そうか」
まだぼんやりしている王子の肩にそっと触れて、アーティは微笑みながら、
「さあ、我らも参りましょう、アレク王子」
「うむ」
元気良く答える。やはり、このひとの前にいる時が一番、一国の王子らしく振る舞える。ガイどのも良い方だが、どうもその、天衣無縫というか。ハイデッカに近いが、ハイデッカは僕に対しては最上の礼を尽くして対する。やはりバウンドキングダムの衛兵隊長だからな。
その辺のことを、言葉にせずに考えながら、無意識のうちに威張って手足を振り回しながら、アーティとガイを従える位置で、アレクは大聖堂を目指した。
きらきらと金色の輝きが、尖塔の上の十字架を彩っている。その陽光色が、さっきの娘の髪を思い出させた。

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