「人間じゃないって、」
反射的に武蔵が笑い出し、
「じゃあ何だ。キツネが化けてんのか」
竜馬も何か、否定の言葉を言おうとして、この子の顔を初めて見た時の奇妙な感じを思い出した。
どこも変なところはないのに、何かが違うと思ったあの感覚は、
「キツネじゃありません。ロボットです」
「ロ?」
「ボット」
「はい」
…つくりものが、自力で動き喋っていることへの、違和感だったんだろうか?
車庫に入って、き、と車が止まった。エンジンを切る。急にしんとなった。外の、雨の音だけがやけに耳につく。
「えーと」
武蔵が眉間を掻いて、
「お前のことを、誰がどうやって操縦してるんだ?中に入ってんのか?まさかな」
隼人がちょっとおかしそうな顔をした。本人は困った顔を見せて、
「いいえ」
「だってお前ロボットなんだろ?ああ、リモコンで動かしてるのか」
どこからか来ている電波を探すように、きょろきょろ車の外を見る。
「僕は自分で考えて、自分で動いてます」
「ええー?」
何故だか、そのことは、武蔵にとってひっかかることのようだ。すんなりと受け入れられないらしい。
「なんでひっかかってる、そこで」
隼人の問いに、だってよーとうなり、
「ロボットは誰かが操縦するもんだぞ」
かたく、揺るぎ無い常識として、そう主張されると、そうとは限らないだろうとか、そうじゃないタイプのロボットもありだろうとかいった説得が無力に思える。
「まあ、ゲッターがそうだからな…」
困惑して隼人が呟く。だろ、だろと勢いづかれ、迷惑そうな表情になった。
「あの、とにかく僕は、誰にも操縦されてません」
「ナニで、動いてんだ?」
竜馬が、この言葉でいいのかなというためらいを見せながら尋ねる。
「原子力エンジンです」
「ほうしゃのうの、アレか?」
「はい」
声が小さくなる。きまり悪そうだ。人間が、ことさら日本人が、原子力ナントカや、放射能に対して見せる嫌悪や恐怖は、いくら政府や地方自治体が安全だ効率的だと保証しても、拭い去れるものではないようだ。きっと、この後、その類のことを言われるのだろうな、という顔、つまり『悲しそうな、諦めの顔』になる。
しかし竜馬は特に、その上の質問、『臨界事故の危険はないのか』といったことを聞かなかった。…原子力ときたら、次は放射能、とそのワンセットしか知らないのかもしれない。へえー、とうなって、それで終わってしまい、少年は拍子抜けした。
「とにかく、故障箇所を見るから、来てくれ」
「はい」
「お前ら、食料を厨房の方へ運んどけ」
「おう」
「おう」
隼人の声に各々応えて、車を降り、建物内に入るドアをくぐる。
普通予想される、『目の前にいる子供が人間でないと、知った人』の反応とは、大分違う二人について、少年はちょっと首をかしげた。もしかしたら、全部冗談だと思っているのかも知れない。その方がありそうだ。
先を行く隼人について歩きながら、そっと振り返ると、その二人は、似たようなユニフォーム姿で、積み重なったダンボール箱を前と後ろで持ちながら、のそのそついてきていた。
少年の視線に、前の方だった竜馬が、何かの宣誓のようにひょいと片手を上げると、無表情なまま、むにむに、と指を握ったり開いたりした。それからさっとダンボールを支えた。
少年はぺこと頭を下げ、元に姿勢に戻り、やはり首をかしげた。
と、通路の向こうから、
「三人とも、無事だったの?ぶんなぐられて骨折ったりしなかった?」
甲高い声で叫びながら、少年よりやや下、くらいの年格好の男の子が走って来た。
「バカにすんなよ。誰が殴られて骨折ったって?」
「殴って、骨折ってやったかな。ははは」
似たようなユニフォーム二人がえらそうな口をきいて笑ったが、後ろ側になっていた武蔵の顔はダンボールに隠れて誰にも見えなかった。男の子は途中で少年に気付き、足の速度がゆっくりになった。
あのー、という顔で少年を見ている。少年は、にこりと笑うと、
「こんにちは」
「こんにちはー」
相手はひょろひょろと呟いた。
「早乙女博士の息子だ」
隼人が言った。少年はうなずいて、
「僕トビオです。よろしく」
「…僕、元気です」
「です?おいおい、お前がですって柄かよ。なに大人しくなってんだ」
竜馬にやじをとばされる。うるさいなあと反抗して、
「えーとあのー、着替え…る?僕の服だと小さいかな…でっかいTシャツあるから、あれなら…いいかも」
びしょびしょの相手の様子を示して、少年へとも、隼人へともつかない態度で、尋ねるような感想を述べるような、とにかく中途半端な意志表示をした。
「ああ。…ちょっと用事がある。終わったら、貸してやってくれ」
びしょびしょの服を着替えるより急ぐ用事があるんだろうか、と元気は思ったが、隼人の言うことに文句をさしはさむことは、まずない。今回も、ああ、そう、と呟いて、意味のない笑顔を浮かべた。
「服を貸してくれるの?ありがとう」
やたらはきはきと言う相手につられたのか、
「うん。あとでね」
今度ははっきりそう言った。

修理工場には誰もいなかった。修理するマシンがないことと、皆天文台の方に行ってしまったせいだろう。
「そこの台の上に」
「はい」
「お前で直せるのかあ?」
疑わしそうな声に、振り返ると、食料を台所においてきたらしい二人組が、入ってきた。野次馬、と書かれた札が、首から下がっている。
「わからん。無理だったら早乙女博士の帰りを待つしかない」
「え」
少年が焦った顔になった。
「すぐに直せないんですか?」
「だから、見てみて、だ」
ロボットなのに聞き分けがない奴だ、と言いたげな口調に、すみませんとうつむく。非常にわかりやすいしょげっぷりに、
「大丈夫だろ。この先生なら。ゲットマシンから元気のプラモデルまで直せるからな」
「そうそう。洗脳だって催眠術だって出来るしな。なんなら『お前は直った〜』ってかけてもらったらそれで直るかも知れないぞ」
「それは無理だろ。ロボットなんだから」
突然常識的になった相手にぶうーとふくれる。
「なんだよ、裏切り者」
下らない争いをしている二人を無視して、隼人は、
「服を脱いで」
「はい」
帽子を取り、びしょびしょの、黒いスーツを脱いでいく。干しといてやる、と気軽に言って、竜馬は近づくと、相手の手からそれらを受け取った。
服を脱ぐと、やはり、ますます『なんだか不自然』さは増した。いきなりメタルなビスどめの鉄骨剥き出しでコード類巻き付き、という体では勿論ないが、
(ハダカのマネキンが、山積みになってるトラックを見る時の感じに似てる。本物でないとすぐにわかるけど、変にびっくりして、それがずっと続く感じ)
(もうちょっと、人間の質感には近いな。マネキンより、何かに似てる。なんだろう)
再び武蔵は、それが何に似た感じをもたらすのかわかった。わからなければよかったと思った。死体だ。
人間の体にそっくりだが、すでに、別のモノになったあの、感じが一番近い…
脱げる服は全部脱いだらしいが、黒いパンツだけは穿いたままだ。穿いているというより、腰の部分がそうなっていると言った方が正しいのだろう。
「ジェット噴射用の形態になってみてくれ」
淡々と隼人が言う。にゅ、と足が、足首のところから引っ込んで、噴射口の形になる。二人はやはり驚いて、まじまじとそれを眺めている。
しばらく、足首の断面に顔を近づけてつついたりいじったりしていたが、やがて姿勢を戻して、
「なんとか直りそうだ」
後ろの二人がおおーとどよめいて、ぱちぱちと拍手をし、
「さすが科学担当」
「アイキョウ300」
「キュウだ、Q。IQ」
「あ、そうか。それにあいつ愛嬌はよくねえな」
馬鹿な野次の飛ぶ中、
「あの、でも」
少年は困った声を出した。
「ロケット噴射に切り変わらないのは、直りますか」
隼人の目がほんの少し大きくなった。
後ろの二人は相変わらずで、顔を見合わせ、
「なに?なんだって?お前ロボットじゃなくてロケットだったのか?」
「わはは、そいつは、お前がロボットだっていうのよりもっとウソっぽいぞ。お前のどこがロケットなんだよ。ロケットっていうのはなあ、こうハマキみたいな形の下に三つか四つ噴射口がついてて」
「あとな、ラインが入ってるんだ。二本だ。丸い窓もな」
少年はいろんな意味で困って、得意げに『正しいロケットの条件』を列挙している二人を見た。
「そこのバカ二人の相手はしてやらなくていい」
一応、言ってやってから、隼人は相手の言葉の意味を考え、やがて口を開いた。
「…直せないこともないが、やはり早乙女博士の助言が欲しいな」
「博士のお帰りはいつになるんでしょう」
なんだとう、バカとはなんだ、と怒り狂う二人をまた見てから、少年は身を乗り出す。
「こういう状況だからな。なかなかつながらないんだ。なんとか連絡を取ってみるから、少し待ってくれ」
「お願いします。僕急ぐんです」
武蔵が怒るのをやめて尋ねた。もともと、何事も長時間持続するのは苦手なのだ。
「急ぐって、なにを?」
「それは…」
少年は再び、車の中で見せた『ひどく困った顔』になった。さっきと、そっくり同じ顔に見えるのは、表情の変化の度合いが、どんな感情によってどの程度の値か決まっている、からなのだろう。同じ顔ということは、同じ度合いの困り方、という訳だ。
ああやって困ってる間、頭の中では、電卓の親玉みたいなのがパチパチ動いて計算してるのか、と竜馬は不思議ーな気持ちで眺めた。想像がつかない。
「いや、今は言わなくてもいい」
隼人が助け船を出した。少年は『ひどくほっとした』顔になった。ありがとうございます、と頭を下げる。
武蔵は不服そうだ。むつっと膨れて抗議する。
「なんだよ勝手に話を進めてよ。俺が聞いたんだぞう」
「そう言うな」
隼人はちょっと片手を上げて、
「彼はウソがつけないんだ」
「え」
全く同じ声が、男二人の口から同時に出た。
「言いたくないことを質問された時には、ああやって困る以外の態度を取れない。それは結構負担の大きいことなんだ」
「負担か。ストレスが溜まるってことか」
竜馬には似つかわしくない単語と表現なので、隼人はちょっと眉を上げて笑い、
「それが一番的を得ているな」
「ウソをつけないってのは、なんだ。ウソつくと爆発するのか」
「そうじゃない、と思うが」
隼人が振り返ると、少年は首を振った。
「じゃあ、別にいいじゃねえか。ちょこっとつくウソくらい」
「ウソをつけないように、つくられているんだ。自分が知っている事実を曲げて、相手に伝えるということが出来ない」
「正直者なんだな」
武蔵は感心した声を出した。
竜馬はなんだか不愉快そうな声になって、
「じゃあ、喋りたくないってつっぱねりゃいいだろ。ストレス溜めないで」
「それも出来ない」
「なんで」
「人間に質問されているのを、無視したり、拒否したりすることも出来ない。質問というか、命令だな。聞いてることに答えろ、という人間の命令には、逆らえない。そういう、…」
ふっと息をついて、言葉をちょっと探した。と、武蔵がすとんと受けて、
「そういう性格なんだろ?素直なんだな、お前」
なあ、とにこにこ少年に笑いかける。少年は、眉が下がったまま口元を微笑ませるという顔をして、武蔵を見た。申し訳ない、と有難い、の両方といったところだろうか。
「俺は気に入らねえな」
竜馬は吐き捨てる。
「ウソもつけない、無視もできないなんざ、しつけのいきとどいたドレイじゃねえか」
おい、と武蔵がイヤそうな声を上げた。少年は、顔の上半分の表情を変えることなく、口もとをそれまで上に上げていたのを、反対に下に下げた。顔の上半分は『悲しそうな顔』をつくるのにはリセットの必要がないので、そのままの状態で次の表情に移行したのだろう。
そのことは、竜馬をいよいよ、ムカムカさせた。
「なんだよ。文句あるのか。あるなら言ってみろ。言い返せ」
「リョウ」
隼人が、なんだか億劫そうに、手をあげて遮った。
「やめろ」
「だってよ。こいつ、人間そっくりじゃねえか」
少年の眉がしかめられた。どういう、意味なのだろう。
「ゲッターロボはわかるぜ。俺たちが乗って、ゲッターの戦う意志になってやるんだ。違うか。戦う意志を、俺たちが繋いでやるんだな。俺たちが乗ることで、ゲッターは動けるようになる。
ゲッターはそういうロボットだ」
嫌そうな顔のまま聞いていた武蔵が、この時はその顔のままうなずいた。
「だけどよ。お前、なんだ。見た目はまるっきり人間だ。人間のガキといっしょだ」
あまりにも似せようという意志が強すぎるほどだ。…かえって、『本当は人間ではない』のが、少年の端々からじわじわとにじみ出ているようだ。
「人間みたいによ、悲しそうな顔したり、嬉しそうな顔したりよ。それなのに、ウソがつけないだの無視できないだの、一番人間ってとこが、人間じゃねえぞ」
「お前が」
今度は言葉で相手を遮って、
「どういうつもりでそういうことを言ってるのか、俺や武蔵はわかっているが」
「…どういうつもりなんだ?」
武蔵の遠慮がちな声に隼人はかくんとなったが、気を取り直し、
「彼を侮辱したり、バカにしようという気はなく、むしろ彼のために憤っている、ということだ」
「ああなんだ、そうか。それならわかるぞ」
本当なのかどうなのか、武蔵は何度もうなずき、竜馬はむすぅと口を突き出し、片頬をひきつらせ、
「勝手にいい人にするな。お前に言われるとバカにされてるようにしか聞こえねえ」
「別にお前をいい人間だなんてこれっぽっちも言ってない。…だが、お前の怒りは彼に向かって言っても仕方がないことなんだ」
「なんでだ」
猛然と抗議する。
それに対して、かんでふくめるように、イヤミに区切って言う。
「そういう、ふうに、つくられて、いるからだ。何度言えばわかる。お前の顔がぶさいくなのは誰のせいだ?お前がやってることは、お前にむかって『なんてブサイクな顔だ』と言い続けるのと同じだ。いい加減理解しろ」
「ブサイクとはなんだぁ!」
「喩えだ。こだわるな、バカめ」
「なにを」
どんどん雰囲気が険悪化していく。途中から武蔵は面白そうに眺めている。お。殴り合いになるかな?お菓子持ってきて観戦しようかな。
と。
「待って下さい。ケンカはやめて下さい。僕、わかっています」
少年の甲高い声が響いた。二人は少年を見、竜馬が口を開いた。
「何がわかってるんだ」
「あなたが、僕の事を思ってくれていることです」
「え?」
「あなたはいい人です。…必ず法律を守るかとか、決して暴力をふるわないかとかいうことについては、違うかも知れませんけど」
はきはきと。確信に満ちて。いや、確信もしていない。当然のこととして喋っている。
その大きな目は、まっすぐに竜馬を映している。…来訪者を監視する、カメラアイを、どうしても思った。ジー、という音が聞こえてきそうだ。
「僕には、相手がどんな人かわかるんです。あなたはいい人です。他のお二人も」
隼人はなんだか疲れた顔になりかけ、それを隠し、武蔵はえっと言って照れて赤くなり、がははと笑い、
竜馬はとにかく、腹がたってしょうがなかった。
なんだいい人ってのは。なにがどういい人なんだ?なにがいいと、いい人なんだ。
いい人か悪い人かわかって、その『悪い人』とやらがお前に、俺はいい人間なんだろう?そうだな?そう言え。て聞いたら、お前は何ていうんだ。
僕はあなたの命令には逆らえないのです。あなたはいい人です。
僕はウソがつけないのです。あなたは悪い人です。
どっちなんだ?
無意味だ。なんだか、出来がいいだけ空しい、おしゃべり人形じゃないか。
一体、なんでこんなふうに、こいつをつくったんだ?なんのために?
結局怒りはその疑問に帰着する。が、隼人に言われたからというわけでもなく、そのことをつくられた本人に向かって言うのは筋違いだとようやく思い、不機嫌なまま黙った。

「持ってきてやったぞー」
武蔵が言いながら戻って来て、差し出したのは、Tシャツと短パンだった。元気のところから借りてきたらしい。
「それを着て、ちょっと、元気の部屋に行っててくれ。こっちは博士と連絡をとってみる」
隼人がそう言うと、少年は少し考えてから、はいとうなずいた。
何か考えている、と竜馬は思った。何を考えているのだろう。
『今お前が考えてることを喋れ』と命令したら、喋るんだろうか。喋るしかないから。
シャツからずぼっと首を出し、短パンを穿いた少年に、
「元気の部屋まで連れてってやるよ。こっちだ」
武蔵が合図して先に出て行った。少年は隼人と竜馬にぺこと頭を下げ、部屋を出て行った。
最後の顔は、何にもあらわしていない無表情だった。その顔は、竜馬は初めて見たような気がしたし、初めて少年の本心をあらわした顔を見たような気がした。
コンコンとドアを叩かれ、はぁいと返事をする。
「開いてるよー。ごめん、手が離せないんだ」
「開けるぞ元気」
武蔵が怒鳴って、ドアをあけると、部屋の中はなにやらごったがえしている。おもちゃやらマンガ本やら山積みだ。部屋の主の姿は、どこぞに埋もれて見つからない。
「なんだこれ。さっき服借りに来た時はこんなんじゃなかったぞ」
「あの子にさ、見せてあげようと…思って。僕の…とっておきの…わぁぁぁ」
がらがらどっしん。どしゃばしゃどす。
「あちゃー」
武蔵は片手で顔を覆い、少年は驚いた顔で部屋の惨状を眺めている。
くずれたマンガ本の中から、ごそ、ごそ、と元気が顔を出した。薄黒くなっている。その顔で、でへへ、と笑い、
「あったあった。この本…あ、キミ」
えーと、と天井を一回見てから、
「トビオ君」
「元気君。服を貸してくれてありがとう」
「ううん」
にこにこ〜、と笑った。武蔵は仲良くやれそうだな、と思ってから、
「じゃな。俺はあの連中の所にいるから、何かあったら言ってくれ」
「はい」
口笛を吹きながら戻っていった。元気はよいしょよいしょと這い出てきて、
「僕の部屋めちゃくちゃになっちゃったからさ、よそ行こう。あっそうだ、ゲッターを見せてあげるよ!」
「本当?いいの?」
「もちろんさ!行こう」
武蔵が歩いていったのとは逆方向に、二人は歩いていった。
部屋に二人だけになり、さて、と竜馬は隼人に声をかけた。使った設備や器具を片付けている背に、
「お前の知ってることを聞かせろ。何であいつはああなんだ」
まだ相手が何も言わないうちに、
「違ったな。誰が、何故、あいつをああいうふうにつくったんだ。と、聞けば、いいんだろ」
不機嫌な、更に不機嫌な声で重ねる。
「早く教えろ。早く」
「俺が作った訳じゃない。俺に当たるな」
がちゃん、と器具を揃えてから、竜馬に向き直り、
「天馬博士という男がいる。科学省精密機械局の局長だった。ちょっと変わり者だが切れ者でもあった。
博士には独り息子がいた。その子が交通事故で死んだ。夫婦揃って嘆き悲しんだ」
過去形の羅列で淡々と、他人事として聞けばよくある新聞の記事を読み上げるように言っていたが、
「博士は息子をもう一度蘇らせようとした」
よくあることではない内容に移ってきた。
「よみがえ…らせる?どうやって。だって息子はもう死んじゃったんだろ?拝んだり、祈ったり、のろったりしたのか」
「生身の身体を、ではない」
「じゃあどうやって」
「博士はロボット工学の分野で天才と言われていたんだ。社交的な人間ではなく、よく他人をないがしろにして憎まれたりしていたようだが。それも博士の天才を裏付ける材料なのかどうかは知らないが」
竜馬の眉間にシワが寄った。
「それがどうつながるんだ」
「蘇らせる、というよりは、息子の代わりをつくろうとしたと言うべきか」
「息子の代わり?………
もしかして」
隼人は少し、首を傾けて、
「息子の名はトビオと言った」
竜馬の眉間のシワがいよいよ深くなる。不快とも、憤りともつかない表情で、言葉を探している。と、
「それで、あの子はあんなに人間に近いんだな」
いつの間にか部屋に戻って来て、聞いていたらしい武蔵が、竜馬の代弁のように言った。
「だって、息子の代わりなんだろ」
「でも」
到底承服できない、という口調で逆らう。
「ロボットなんだろうが。どこまで行っても。人間みたいに、人間に近くつくったって、人間じゃないぞ。息子なんかつくれねえよ」
「つくれると思ったんだろうな。天馬博士は」
「つくれねぇだろ!普通わからないかよ」
「目がくらんでたんだろう。息子をうしなった悲しみと理不尽さに、な。… そして、お前の言ったことは、ある程度時間が経ってみて、ようやくわかったらしい」
ちらと、隼人の顔に、不快な影がさした。
「博士は、『まるで人間のように』あのロボットを可愛がった。素直だし言うことはきくし、賢い。運動神経もいい。当たり前だがな。しかし、」
自分の前髪をちょっとうるさそうに流して、
「背が伸びない」
「………」
二人は顔を見合わせた。なんだか、悪い冗談に聞こえて、武蔵は曖昧な笑い顔になり、
「それって、賢くて運動神経がいいのと、同じくらい、当たり前の…」
「そうだな。当たり前だ。ロボットなんだから。
だが、息子としては、当たり前ではない」
首を振る。
「それが。たったそれだけが、愛情の全てが消滅するきっかけだったらしい。そんなものかも知れんな」
「愛情が消滅するって…どうしたんだ、その後」
武蔵が怯えたような口調でおそるおそる尋ねた。
「家から追い出した。とは言え普通の浮浪児にするわけにもいかないから、深海の沈没船探索だとか、鉱物採集だとか、人間では危険な作業に貸し出しているらしい。人語を解し精密な動きのできる、科学省管轄下の高性能な機械として」
「ふざけるな」
竜馬が怒鳴り散らした。が、予想していたらしく隼人も武蔵も驚かなかった。
「なんだ。人間のフリをしきれなかったから、今度は道具扱いにするのか。なんだその、ヒステリーの教育ママみてぇな極端な身勝手なやり方は」
どん、とその辺の台をコブシで殴った。
「何様のつもりだ」
「人間さまだろ」
隼人が面倒そうに吐き捨て、
(それにしても)
タバコが吸いたいと無意識に思い、指がタバコを探すのだが、意識では『ここでは禁煙』とわかっているので勿論吸わない。
(彼がどうしても言えないでいる、事情というのは…)

[UP:2002/9/9]

本当は、ロボットサーカスに売られるんですけど、そんなところまで時代が進んでおりませんので変えました。
すみません。おわりませんでした。しかも全然。次でも多分終わらない。

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