「こっちだよ」
元気が手招きする。あちこち眺めていた少年は速度を速めて、元気が待っているドアのところまで行った。
「きっとびっくりするよ」
嬉しそうに笑いながら鋼製の重いドアを開ける。
そこは巨大な工場のような場所で、遥かな天井から幾多も伸びている鎖やチューブで宙づりになった、ゲッター1の上半身があった。巨大だ。
「わあー」
少年が声を上げる。元気は思いっきり鼻たかだかで、その顔を見ている。
「すごいでしょ」
「うん、すごいや。これがゲッター、ロボなんだね?」
「そうさ!ゲッター1だよ。日本一、ううん世界一のロボットだよ!」
胸を張って叫ぶ。
少年はふうーんと言いながら、あちこちの角度から眺め、
「下半分がないね」
「下半身になるのは、ほらあそこ」
指差した先に、黄色いベアー号がつくねんと鎮座している。
「あれが腰と足になるんだよ」
「へえー」
相手が素直に感心してくれるので、元気はとてもいい気分だ。鼻をふくらまして、ゲッターウンチクを語る。
「ゲッターはいつもは三機バラバラだもの。合体するのは戦う時だけさ。こういう形では普通いないよ。見られるのは珍しいことなんだ」
「じゃあ、今は?」
「うん。ちょうど、イーグルとジャガーの接続部分のフセーゴーを修理してた時に」
発音が変だが、不整合かな、と少年は思った。
「あのニュースが飛び込んできてさ。途中になっちゃったままなんだ」
「ああ、そうだよね」
少年が沈んだ顔になったのを見て、
「あ、ここの人たちのはちょっと意味が違うよ。多分トビオ君は『そんなことやってる場合じゃない』『それどころじゃない』って意味だと思ってるんだろうけど。えーとそれはそうなんだけどさ」
困って言葉を探してから、
「もっとこう、野次馬根性なんだよ。自分たちも被害者になるんだけど、『それはそれとして、一番前のかぶりつきで見てやろう』って感じなんだよね。確かだよ。天文台の方にどーっと行っちゃう時、みんな目がキラキラしてたもん」
驚いて話を聞いていたが、最後にふうん、と言って、
この話はなんだか、面白い話だ。楽しい気持ちになる話だ。だから笑ってもいいだろう。
そう少年は判断し、にこりと笑った。
その顔を見て、元気もあはははと声をあげて笑い、
「だってさ、ゲッターに関わって、ずーっと戦ってきたんだもん。いつ何があるかわかんないし、実際死ぬような目に何回も遭ったしさ。だからあんまりね。またかって感じなんだ」
ニッポンに暮らす小学生にしては、随分とハードな内容をさばさばと言われて、少年の目が驚きで少し大きくなったが、相手の口調の明るさのため、口元の微笑みは消えなかった。しかし、やはりちょっと遠慮がちな口調になって、
「死ぬような目に、遭ったの?」
「うん。ゲッターがいない時に研究所がメカザウルスの総攻撃を受けて、僕たちみんな死んじゃうのかなーってこともあったし。敵が潜入してきて、所員の人たちが殺されたこともあったし」
「殺されたの?」
声が更に細くなった。
元気は、うん、と変わらない口ぶりで頷いてから、
「僕の兄ちゃんもそれで死んじゃったんだ」
少年は絶句した。
「リョウさんが入ってきてすぐの頃だったな。身体はすっかり焼けちゃって誰だかわかんない感じだったけど」
「…たったひとりの、おにいさんだったんでしょう?」
「え?うん、そうだよ。僕には兄ちゃんとおねえちゃんがひとりずつさ。だから今ではおねえちゃんと二人きょうだいになっちゃった。あの時は僕より、おねえちゃんの方が泣いてたなー。目の前で、って言ってたからしょうがないか」
時間がある程度過ぎたことで整理がついているのか、兄をそんな形で失うような日常がずっと続いているせいで、普通の子供とは違う精神構造になっているのか。元気は、それでも明るさの失われない調子で続けた。
「でもさ、研究所には沢山の人がいるしね。リョウさんやハヤトさんやムサシさんもいるし」
「さっきの人たちだね。おにいさんの代わりに、遊んでくれたりするんだ」
「うーん、遊んでくれるっていうか…」
ちょっと、元気の言いたい像とずれがあったらしく、首をかしげて、
「特にわざわざ、優しく相手をしてくれるっていう感じでもないんだけど。一緒になって何かするっていうか」
「…とにかく、おにいさんの代わりになってくれているんでしょう?」
「それは違うよ」
元気はきっぱりと言った。
「リョウさんたちは皆ものすごくて、頼りになったりならなかったりして、面白いよ。一緒にいるとね。でも、兄ちゃんの代わりじゃないよ。誰も、死んだ兄ちゃんの代わりにはならないもの。僕の兄ちゃんは、死んじゃったあの兄ちゃんだけ、たった一人だよ」
少年の顔が、真っ白になる。
いつもの、こういう時にはこういう顔、という一覧表には存在しない感情だったらしい。
あるいは、オーバーフローを起こしているのか。
「でも別にそれって、リョウさんたちが兄ちゃんより下だとかいうのとは違うよ。リョウさんたちは、リョウさんたちで、大切なえーと…えーと…なんだろ。大切な人だよ。誰も、誰かの代わりなんかでは居ないってことだよ」
この表現で合ってるな、うん。とばかりにうなずいて、
「これこれ。さっき探してたの。これ見てよ」
言いながら差し出したのは、さっき見つけていた何かの雑誌だった。
少年は表情がないまま受け取って、どこを見るともなしにぱらぱらめくった。
「そこ、そこ」
言われたページを見ると、どこかのゲームセンターで、元気と、さっきの青年たち三人が並んで、こちらにピースをしている写真が載っていた。
『鉄魂』小学生の部・早乙女元気くん優勝!という文字がにぎやかに踊っている。
「トビオ君ゲームする?」
突然聞かれて、ううん、と首を振る。
「じゃ鉄魂も知らないかー。今アーケードで一番人気があるんだよ。僕頑張ったんだー。もらったおこづかい全部つぎこんじゃった。おかげで先月はジュースも飲めなかったんだよ」
おねえちゃんにはバカねーって言われたんだけどね。と鼻の下を掻いてから、
「大会には皆来てくれたんだ。一番前で応援してくれてさ。ものすごい大声だから、係の人に怒られちゃって、睨み返してさ。うわーリュウケツザタになるのかなーと思って僕すごくあせったよ。でもハヤトさんが何か言って、二人とも大人しくなってね。助かったよ。何言ったんだろ」
首をかしげてから、気を取り直して、
「で、決勝に勝ってさ。なんか、リョウさんとムサシさんが睨みつけてる目の光線で、相手がびびったんじゃないかなあと思うんだけどね。まあいいや」
リョウさんは流竜馬と言っていた人で、ムサシさんはそのまま巴武蔵と言っていた人だろう。二人で元気を両側から囲んで、ダブルピースしている。二人ともにかーーー、と笑っている。本当に嬉しそうだ。元気が勝ち残ったのが、誇らしくて嬉しい、と顔に書いてある。
ハヤトさんは、俺は神隼人だ、と言っていたあの人だろう。写真でも、一番後ろで、一人だけ後ろ手に組んで、やれやれみたいに笑っている。でも、冷笑ではない。わらわらうるさい連中を後ろから監督している感じだ。
あの人は、僕の素性を知っていた。修理もある程度できるみたいだし、万事に通じていてここでのまとめ役をしているのだろう。
少年が、静かに言った。
「本当に、みんな、元気君を大事にしてくれているんだね。わかるよ」
「えーっ?そうかなあ。そんなこと、言われたこと一度もないけど」
疑うようなことを言いながら、そうなのかも知れないなくらいには思っているのは、照れくさそうな口ぶりに表れている。
各々が、各々として、存在し、お互いを大切にしている、
人たち。
誰も誰かの代わりにはなれない。
少年はゆっくりと、自分がどこかへ沈んでゆく気持ちになっていった。
それが本当なら、
天馬トビオ君という少年の代わりになるために生まれ、それが出来なかったそのことは、ひょっとして当たり前のことなんだろうか。
僕は最初から出来もしないことを一生懸命やろうと努力していたんだろうか。まだ人間になれないのか、まだなれないのかと言いながら僕を見つめるお父さんの視線を感じて、もっと努力して、
結局、お前は私の息子ではないと言われて、諦められた。
あれは、努力するだけ無駄だったということだろうか。
……………
あの日科学省の保管庫に連れていかれて、胸を開けと言われた。胸を開けるとお父さんが手を伸ばして、スィッチを切った。
お前はただの機械だという声が最後に聞こえた。
次に目覚めた時には、火山の火口付近にある観測所に残された計測記録を取ってきてくれと、見知らぬ人に言われた。
それからずっとその繰り返しだ。…
僕はトビオ君の代わりになるためにつくられ、その目的が果たせなかったので存在する理由がなくなった。存在し続けているのは、他にも使い道がなくもない、からだ。
今の僕は切れないハサミと一緒だ。
千枚通しの代わりに、穴をあける道具として使っているけれど、本来のハサミとしては存在していないのだ。
でも。
最初から、トビオ君の代わりになれないと決まっているのだったら。
僕は最初から、生まれて来た意味がなかったのだ。
幾度目かに呼ばれた声に、ようやく反応する。
「トビオ君」
少年は声の方を見た。元気が困惑した、少し恐怖さえ感じている顔で、少年を見つめている。
「どうしたの?考え事?」
いくら呼んでもまるで無反応の相手は、まるで目を開けたまま死んでいるようだった。比喩ではない。呼吸が感じられなかった。触わったら、もしかすると冷たいかも知れなくて、元気は触われなかった。
「ごめんね。なんでもないんだ」
「なんでもなくは、なさそうだったよ」
ずっと、少年は表情がないままだった。今自分の中に満ちているのが、どういう表情をする感情なのか、判断がつかないのだった。
「ねえ、どうしたの?僕なんか、悪いこと言った?言ってたらゴメン」
「違うんだよ」
首を振る。
なめらかだ。機械がすれあう音なんかしない。人間の子供が首を振ってるのと、どこが違うのだろう?
「…一人の男の子が死んじゃってね」
「え?う、うん」
「僕は、その代わりに、つ」
二秒、黙ってから、
「つれてこられたんだ」
元気はびっくりして、相手の横顔を見つめた。
養子ってことだな、と元気の心の中で納得したのが、まるで声に出して言ったように、少年にはわかった。
「僕はその子の代わりになれって言われたんだ。頑張ったけど駄目だった。お父さんはがっかりして」
僕を棄てた。
「僕をよそにやったんだ」
それから、顔を元気に向けて、
「でも、それが最初から無理なことだったんだって、今わかったんだよ」
「トビ」
呼びかけて、
「もしかしたら、トビオ君て、その死んじゃった子の名前なの?」
「…うん」
「じゃあ、君の本当の名前はなんていうの?」
僕の名前。
僕の本当の名前。
「ないんだ」
ないってことないだろ、と言いかけた元気が声を失った。
少年は全くの無表情のまま、涙を流していた。
他に心を表す術がないので。
この激しい感情の波長を、何らかの形で外に表さないと、回路に負担がかかり過ぎるので。
少年が内側に抱えている感情を表すのに、最も近いものを表す場合に使用される涙というものを、とりあえず、表現方法として採ったらしく、少年はただひたすら、噴き出すように、涙を流し続けている。
ないってどういうことだろ。生まれてすぐ、名前をつける前に、養子にされたのか。それだと変だな。トビオ君て子の代わりになれない、てくらいには、トビオ君て子が個性とか好き嫌いを持ってたってことだもん。もう少しは大きい筈だ。
本当はあるんだけど、お前はもうトビオなんだから前の名前を捨てろ、とか言われて…で、思い出さないことにしたって意味かな。
多分そうなんだろうけど、わかんないよな。聞けないもん。それにしてもひどい奴だ、そのお父さんて人。自分が同じことをされたらと思うと、猛烈に腹が立つ。いや、人のことだからこそ余計に腹が立つ。
可哀相だと思う。こうして放心状態で泣いている姿を見ると、きっと、そんなことをさせられたのを腹立たしく思うのでなく、そうできなかったことを申し訳ないと思っているのだろう。
「君のせいじゃないよ」
強く怒鳴る。胸いっぱいで叫ぶ。
「そんなこと、最初ッから要求する方がおかしいんだ。まるっきり君自身のジンセイをないがしろにしてるよ。ふざけるな、だよ」
アツくなって拳を振り回す元気に、僕自身のジンセイってものは無いんだよ、と音声にはせず、体の中で言いながら、何か言い返そうとしたが、返す言葉は少年の中のどこにも見つからなかった。
「気にしなくていいよ。そんなお父さんのことなんか忘れちゃいなよ。ええっと、そうだな、ええっと」
ぷんぷん怒りながら、腕組みして、何かを一生懸命考えている相手に、ようやくかける言葉が組み上がった。
「何を考えているの?」
「うんと、ええと、そうだ!ユーキがいいや。君、これからユーキにしなよ」
「何を?」
「君の名前だよ!」
「え、っ、?」
目をぱちぱちさせ、口を開ける。『驚いた時』の、表情だ。しかし、少年は本当にものすごく驚いていたため、それらを行うのにかくんかくんとタイムラグが生じた。丁度、電源をぱちぱちと入れたり切ったりされたような、その顔を指差して元気が大声で笑った。
「僕の名前…」
「うん。僕が元気だから、君は勇気。いいでしょう」
ジャンプとかのキャッチフレーズみたいだけど、と鼻の下を掻いてから、
「そんな、誰かの名前を使うのやめなよ。これからは君はユーキ君だよ。ね。あ、もっといい名前があればそっちにするけど…」
最初の張り切り様と打って変わって、最後は自信なくしょぼしょぼと消えてゆく語調に、
「ううん」
首を振った。なめらかだ。機械の、擦れる音なんかしない。たとえそれが、非常によく出来た機械に過ぎないからだとしても。
僕には、僕だけの名前が出来た。つまり、
何台あっても、シリアルナンバーしか違いの無い沢山の機械のうちの一台ではなくて、たった一人の、個人として、今、
僕は生まれた。
『トビオの代わりのロボット』ではなく、僕として、もらった、生まれてはじめての贈り物だ。
「とってもいい名前だよ」
「そう?気に入ってくれた?」
「うん」
よかったー、と元気は、嬉しそうというよりはほっとした顔をした。
それに返して、にっこりと笑う。笑いながら、涙が止まらない。どうしてだろうと少年は不思議になった。どこか壊れたんだろうか。僕はこんなに嬉しいのだから、涙を流すのはおかしい。足の噴射だけじゃなくてこっちまでおかしくなっちゃったのかな。
けれど、元気は、別に『ヘンだなこいつ』という顔にはならなかった。ずっと、にこにこして、こちらを見ている。
一生懸命涙を拭いている少年は、なんだか、元気よりずっとずっと年下に見えた。
「そうだ。リョウさんたちにも、教えてあげようよ。なんかリョウさんとかムサシさんとか、もっといい名前を考えてやるとか言ってさ。うんこだの、おしっこだのって言うんだよきっと。あーあ、子供なんだから」
やれやれ、と肩をすくめてみせる。少年は声を上げて笑った。
「ダメだな。繋がらない」
さっきとは別の部屋で、隼人がふっと息をついた。早乙女博士を呼び出そうとしては、回線が繋がらず、耳の痛くなるような砂の嵐のテレビ電話を見せられる。
「だぁ!うるせえな!もう切れ。どうせ向こうから連絡してくるだろうが。それまで待て」
耳を塞いで、短気な男が怒鳴った。別にそれにしたがってやった、という訳でもないのだろうが、隼人はぶつりとスイッチを切った。画面が真っ暗になり、静かになる。
「なんだよ。早乙女のじじいを引き戻して、二人であいつのアシ直してやるのか?」
「それはそうなんだが、…」
「そうなんだが、何だ」
うん、と呟きながら考えをまとめ、
「あの子が」
言いかけた時、武蔵が呑気なでかい声で割り込んできた。
「そういや、博士はどこに行ってんだ?この大変な時に」
隼人と竜馬がかくんとなった。隼人は今日何度もかくんとさせられて、なんだか骨の調子がおかしくなってきた。左手で、ぼんのくぼのあたりをなで始めた男の代わりに、
「お前も森のクマさんみたいな奴だな。とろくさいこと言いながら、何食ってんだ」
「スニッカーズ」
ぬちゃぬちゃと返事をされて、竜馬はうへーという顔になり、
「またあれかよ」
「うまいぞ。食うか」
「いらねえ」
「あ、そう。じゃあやらねえ」
得意そうにぬちゃぬちゃしている。しばらくぬちゃってから、
「なぁ、だからよ、博士はどこに行ったのかって聞いてんだけどな」
竜馬が舌打ちしてから答えてやった。
「他の科学者のセンセイがたと、京都で会議だよ。議題はあの星の問題をなんとかできないかってことだ。まあ他にはないだろうけどな」
「なんとかっていったってなあ。星の軌道って、ちょっと押したくらいじゃずれないだろうしな」
「その前にどうやって押すんだ」
「だよな」
はははと笑う。口の中が茶色だ。
「人類全員、ムリヤリ火星に移住するてのはどうだ」
「まだ、人類が住める星じゃないな」
隼人が返事をしてやった。くーざんね〜ん!と悔しがっているが、どこかふざけ半分だ。
「もういいからお前、菓子食ってろ。あの子供が何だって?」
隼人は真っ暗な画面を見つめている。宇宙のような。あの子の心のような。
「彼が言いたくないでいる、これからやろうとしていることについて、なんだが」
「ああ」
「実は、俺には直せるんだ」
「え」
竜馬のアタマの中で、いちたすいちはに、と一回りしてから、
「あいつの故障をか?」
「そうだ」
「じゃあなんで直さないんだ」
「直したら、多分、あの子は何も言わずにふっとんでいってしまうだろう」
竜馬は黙った。ぬちゃぬちゃ、という音も止まった。
「何も聞かずに、してくれと言われたことだけしてやって、あとは知らん振りというのもな。いろいろ、事情を知ってしまっている以上、難しいものがある」
竜馬なら、『馬鹿野郎、ほっとけるかよ!』と言うところを、そんな言い方で表して、
「無理にでも事情を聞けば、話すかも知れん。話さなければいけない、とは思っていたようだしな。しかし、ここに来てますます言いづらくなったようだ。それは」
目を上げて、竜馬と、武蔵を見てから、
「お前らが、彼の素性を知っても、変わらず親身だという珍しい人間だからだろう」
二人はなんだか気まずい顔になった。
タバコをくわえて火を点ける。
「元気も、」
「ああ。仲良く話しかけてたぞ。何か見せてやるとかはりきってたな」
「…今は人間だと思っているだろうが、違うと知っても、おそらく態度が急変することはないだろう。今までのあいつを見ていて、そう推察できる」
「あいつ、ゲッター大好きだもんな。ロボット好きだもんな。うん」
そういう納得の仕方で合ってるんだろうか、という納得の仕方を武蔵はしている。
「お前らが、ロボットだろうと関係なく、彼自身のために腹を立ててやる人間だと…言いづらくなる事情。というのは、どんなものかと考えてみると」
煙が隼人の顔を霞ませる。
「知ったら、彼を止めるようなことなんだろう。…かといって」
煙を、ゆっくり吐きながら、
「早乙女博士が戻っても、まだ直さないでいる訳にはいかないしな。ただの時間稼ぎなんだが。正直、」
ちょっとうつむいた。
「どうしたものだか。困っている」
この男が言うのは珍しいセリフなのだが、それを指摘して喜ぶ気にもなれず、竜馬はちょっと口元をとがらせ黙り、武蔵はちょっとお留守になっていたスニッカーズをとりあえず食べようとしたらとけてベタベタになっていて、うわという顔になる。
さっきの部屋にはもう誰もいないので、きっと通信室だよ。お父さんに連絡入れてみてるんだ。と話しながら廊下を歩いて来たのだが、
「…どうしたの?」
少年は、部屋のドアまであと十歩というところで突然足を止めてしまった。
ひどく思いつめた顔で、立っている。何を見ているわけでもないらしい。強いて言えば、何かに耳をかたむけているようだが、
(でも、僕にはなんにも聞こえないけど)
元気は首をひねった。元気は普通の人間の子供なので、十歩先の部屋の中で交わされている会話は、勿論聞こえない。
そうか。…
神隼人さんは、そこまでわかっていたのか。
と、竜馬の声がした。
そんなに、ええと、重大なことなのか…なんだろうな。
なあ、俺たちが手を貸してやれないのかな?
ぬちゃぬちゃ、ごくりと言ってから、続けて、
なんたって俺たちはゲッターチームだぞ。俺たちが手を貸して、どうにかならねえことなんか、きっと無いって。
そうだよな。あいつ、きっといいですって言うだろうけど、そこはそれ、なんとか説得してよ。なあ?
そうだな。
隼人が、どうだろうな難しいだろうなという口調で一応、受けてから、
ひとつ、思うのは、今起こっている例の問題と、彼がしようとしてる事が関係あるんじゃないのか、と…
少年が目を見開いた。
何がなんでも飛びたがってるからか?飛んでって星を押しのけるのか?そりゃ無理だろう。いくら力持ちでも。
当たり前だ。そんなことは言ってない。
隼人が、眉間にシワを寄せるまでもなくあしらって、
しかし、あの子が現れたタイミングがな。…それから、トカゲ連中が、意図的にわざわざあの子を襲っていたって点がひっかかる。
あ、そうだったな。…なんだ、トカゲ連中とかかわりがあるんならなおのこと、俺たちの出番じゃねえかよ。ことトカゲに関しては俺たちはプロなんだからな。
そうだそうだ。俺たちにあいさつもなく、トカゲとやりあおうなんざ、百年早いぜ。
おう、と二人の意気があがる。何をどうこじつけてでも手助けしてやろうじゃないか、という方向まっしぐらな二人に、やれやれ、と隼人が低く呟いた声も、少年には聞こえた。少し、笑いを含んだ声だった。
一回目を閉じる。それから開ける。
元気が、どうしちゃったんだろうという顔で、胸の前で手をもみあわせながら、こっちを見ているのが見えた。
そうだ。
僕がこれからやろうとしていることは。
数十分前までは、ハサミだけど千枚通しとして使われる、その幾度目かの仕事だった。仕事の規模は関係なく。
でも、今からは違う。
僕が。僕自身が。しようと思うからするんだ。誰かが、誰かの目的のために、僕を使うのではない。
優しい、強い、この人たちのために。
強く強く思う。念じる。
人の強い思いは、目に見えず、手で触われないが、さまざまな現象を引き起こすような力を持っているという。
僕のそれも、同じだと信じよう。僕は、人ではないけれど。
「ごめん」
「なに?」
「トイレに行ってくるね。どこかな」
「なあんだ、そうか。トイレ我慢してたのか」
深刻な顔してるからびっくりしちゃったよ。我慢しないでよそんなこと。
笑いながら、元気は指差した。
「まっすぐ、あっちだよ。ほら、青いマーク見えるだろ」
「うん、わかった。先に行って」
「オッケー」
人差し指と親指で輪をつくり、ウィンクしようとしたが、失敗して、両目ともつぶってしまった。ちぇっと言う。
しかし機嫌良く口笛を吹きながら、部屋に向かって歩いて行く背を、少年は少しの間見送った。それから、トイレという、彼には全く縁のない場所には行かず、さっき故障の具合を調べた部屋に向かった。
「ねえねえ、聞いてくれる?あのさ」
入って来て、叫び出す子供に、三人は目をやった。
「なんだ元気」
「あのね、話せば長いことなんだけどね」
ごほん、と咳をしてから、
「あの子、可哀相なんだよ。ひっどいお父さんなんだ。死んじゃった息子の代わりに養子に連れて来て、息子と同じじゃないから追い出したんだって」
アタマの上に湯気のマークが出そうな勢いだ。三人はちょっと微妙な顔になった。ははぁ、そういうコトになってるのか、という感じか。
「ひどいと思わない?ねえ!馬鹿にしてるよね」
直接自分に向かって言われて、竜馬は慌ててうんうんとうなずき、
「ああ。ひでぇ話だ。俺ならそんな親はぶちのめすな」
「それ以前に、お前を養子には選ばないんじゃないか」
「だよな」
二人がぼそぼそ言う。
「トビオってその死んじゃった子の名前なんだって。それ、名乗ってるのって、きっと辛いよ。腹立つし悲しいよ」
名前を聞かれて、答えるのに苦労していた姿を思い出す。
君の名前は?
トビオです。
たとえ、今では違っても、それ以外に名乗れる名などないのだ。
そう、隼人が思った時、元気が胸を張って、
「だからさ、僕が名前、考えてあげたんだ。ユーキ君ていうの。どう?」
一拍あって。
「なんだそりゃ」
「ひょっとして、お前が元気だから勇気とかって、恥ずかしいこと言わないよな」
「違うだろう。誘起。有機。幽鬼?」
「みずはらか。じょうじか」
さんざん言われまくり、ぐっとつまって、うつむく。
「…言わなきゃよかった」
三人はちょっと止まって、いやいやなかなかいいぞ元気、と言い出した。
「ちぇっ。今さらなんだい」
「違う違う。うん、名前を考えてやったのか。いいアイディアだぞ元気」
「そうだな。ソノ名がついた時始めてソレとして存在するというしな」
「何言ってんだお前」
再びわらわら喋る三人に、なんか、いつもとちょっと違う感じがするな、と元気は思った。ハヤトさんまで喋ってるのも変だし、あとの二人もなんだか…
ちゃんと、僕の話理解してくれてるんだろうか。
「でもあれだな、もうちっとセンスのある名前はなかったのか。しょうがねえな、俺様が考えてやるか。んー」
腕組みして、考えてから、
「海舟てのはどうだ。竜馬と同じくらいステータスがあって、大きな志に満ち、」
「駄目だ駄目だ。ベアー号に関する名前がいい。強そうで逞しくて。ベアー。熊か。熊…熊五郎」
「ちょっと二人とも!真面目にやってよ!思った通りだよ。絶対ふざけると思ったんだー」
軽蔑のマナコで斜に見られて、二人は慌てた。
「おい、ふざけてないぞ。真面目だ」
「そうだ。リョウはともかく、俺のは本気でお薦めだ」
「もういいよー。ユーキ君で決定だ。あの子も気に入ってくれたみたいだし。そういえば遅いな」
最後は呟きになって、振り返った元気を見て、隼人が、
「あの子はどうしたんだ」
「え?あ、トイレに行ってから来るって。おっきいほうかな?」
おっきいほうも、ちいさいほうも、ちゅうくらいのも、する必要のない体の事を考え、隼人が眉をひそめる。
もしかすると。
隼人の懸念は当たっていて、それきり、少年は姿を消した。
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