いつまで経っても戻ってこない少年を捜して、廊下をうろうろしながら、
「全く、どこ行っちまったんだ、あのガキ」
竜馬がイライラと叫び、
「行くったって、なあ?あいつ、飛べないままだし」
「ムサシ」
武蔵がぼやいたのを隼人がさりげなく制した。慌てて口を塞ぐ。元気は少し先の方の部屋を覗いていて、こちらには注意を払っていない。ほっとしたところに、ねえと叫びながら元気が走ってきて、
「どこか行きそうなとこ、知らないの?」
三人は顔を見合わせ、
「知らねえ」
「さあなあ」
「………、」
竜馬と武蔵が同時に言い、隼人が誰にも聞こえない程低い声で何か言った。
隣りに居た武蔵がちらと隼人を見た。『無くもないが』と聞こえたからだった。それを言い直す代わりに、
「とりあえずはここを見てからにしよう」
隼人が言って示した部屋を皆見た。最初に足の故障の具合を見た部屋だった。
そして、四人はそれぞれの表情でそこにあるものを見た。
元気が貸した服が、きちんと畳まれて、机の上に置いてあったのだった。
「なにこれ」
元気が呆然と服に手を伸ばし、あんまりきれいに畳んであるので崩すのに躊躇し、ただ服に触って、
「冷たいよ。脱いで随分経ってるよ」
たとえ脱ぎたてだって冷たいんだ、と思ったが三人は黙っていた。
「第一、これ脱いでるってことは、何を着てるの?」
「最初にあいつが着てた服だろ。この部屋につるしといたんだ。ヒモ通して」
顎をしゃくる。成程、窓際にさっきまで下がっていた服がなくなっている。
「だって、まだびしょびしょじゃないの?」
「だろうな」
竜馬が返事をしたくないという口調で放り出すようにそう言った。元気はその顔を少しの間、途方に暮れた顔で見上げていたが、
「…まだびしょびしょの服を着て、ここを、出て行ったって、つまり…」
今度は誰も何も言わない。
「だってさ、あの子、家族とはぐれてたから、連れてきたんでしょ?…聞いてなかったけど」
現状からいって、それしかないので、尋ねなかったらしい。わざわざ「キミお父さんたちに見捨てられたの」などと聞く気はない。あんな家庭環境の話を聞いた後はなおさらだ。
「こんな時に、一体どこ行ったんだろ」
「とにかく一度、あの子と出会った場所に行ってみる」
隼人がそう言った。即座に、元気が叫ぶ。
「僕も行く!」
「駄目だ。お前はここにいろ」
隼人が首を振った。特におっかなく作った訳でもない口調なのだが、定規で前に出かけた鼻先をぴしりと叩かれたように、元気は詰まった。
「外はあぶねえからよ。最初に出かけた時のオレらと車、見たろうが」
「留守番してろって。もしかしてあの子がここに帰って来たら、行き違いになっちまうだろ」
竜馬と武蔵もそろってそうするよう勧める。うん…と呟くが、あからさまにがっかりしている。武蔵が慌てて、
「見つけたらすぐ戻ってくるからよ。電話番してろ。な」
うん…とまた呟いて目を上げると、竜馬と武蔵の向こうに見える隼人の背が、とっとと廊下を遠ざかっているのが見えた。車庫へ向かっているのだろう。
「じゃあ、俺たちも行くからな」
竜馬の声に、
「あの子、帰ってくる気はないんだと思うよ」
低い声でぽそりと言う。竜馬と武蔵は顔を見合わせ、
「な、なんでだよ」
「まだ濡れてる服だよ。気持ち悪いじゃない。普通わざわざ着ないよ。それなのに着ていったんだよ。
僕の服を返すためでしょう。もう二度とここに来ないからでしょう」
ウッとつまる。
返事が出ない。
「なんかすごく、思いつめてたし。どうしたのかなって僕何度も思ったもん」
「うん、それはそうなんだけどな、それは俺たちにもナゾでよ。なにせ」
「お前ら」
大分遠くなった背がこちらを振り返って、
「来ないのか。わかった」
「ちょっと待てって」
竜馬が怒鳴り返し、
「とにかくよ、俺たちが責任を持ってあいつを探して来るから」
お前はここで待ってろ、と言おうとしたところに、元気がつめよって、
「リョウさん、お願いがあるんだ」
竜馬は助けを求めて武蔵を見たが、武蔵はぶんぶんと首を振って駆け去ろうとした。その襟首を後ろから掴んで、
「逃げるな。卑怯者」
「だってよう、早く行かないとハヤトの奴、行っちまうぞ」
「俺だけに押し付けるな」
後ろでもめているのをもう振り返らず、隼人はどんどん進み、先に車庫に着いた。
まずは、さっき言ったように、最初に出会ったあの場所だな。それから、もう一箇所。
一人胸で呟きながら、車の側まできた。と、後ろからばたばたと足音が追ってくる。振り向くと竜馬と武蔵だった。
「元気は」
「あーっと、無理矢理置いてきた」
「うん」
二人の目が泳いでいる。「?」と思いながら、別にどうでもいいのでそうかとだけ言って、運転席に乗り込んだところに、
「ハヤトさん!」
叫びながら元気が走って来た。
「電話!お父さんから!」
「早乙女博士から?通じたのか」
言いながら運転席から下りる。元気ははあはあいいながら、
「速く行って。あんまり調子良くないんだ。切れちゃうかも」
「わかった。二人とも、ちょっと待ってろ」
「おう」
隼人は足早に、さっきのテレビ電話のある部屋まで戻っていった。
何分くらいだろう。思っていたよりずっと早く、隼人は戻って来て、運転席に黙ってついた。心なしか顔色が悪い。後ろからわやわやと、
「もう終わったのか電話」
「博士とは話せたのか?」
ややあって、平板な声が返って来た。
「ああ」
「何だって言ってた?あの子のこと話したんだろ?」
前より、更にもう少し間があいて、
「後で話す」
そう言い切って、キーを回した。

さっき止んだ筈の雨がまた降っている。
川のようになった道路の上を歩いている足が、やがて国道をそれ、こちゃこちゃとした住宅地の方へ向かう。
人影はない。もうずっと誰も見ていない。主のいなくなった家だけが、灰色の風景の中映画のセットのように並んでいる。
少し前に少年が殴られていた家も、今はひっそり静まり返っている。その前を通り過ぎ、斜め向かいの家に向かう。
その家も、周囲の景色に溶け込もうとしているような、ごく普通の二階建の家だったが、他と違うところがあった。庭で、動く者がいる。
「早く上げろ」
「しかし、予想以上に。これはちょっと」
「グズグズするな」
「これ以上は無理です」
等の、叱咤と拒否のやりとりが聞こえてくる。
「無理だよ」
声をかけて、庭に入って行く。
影が全て、こちらを見た。
その時、その庭には、人間は一人もいなかった。警戒色の目をして身構え、手にした銃を構えているのは爬虫類のような肌と、色と、質感をした二足歩行の生物だし、彼らの視線を集めているのは一見人間の子供にしか見えない容姿だが、彼は生き物ですらなかった。
続けて、彼が口を開いた。
「それはお前たちの力じゃ持ち上がらないよ。起重機でも持ってこないと」
そして爬虫人類たちの足元に開いた穴をちらと見た。帽子のつばから雨の雫が滴った。
「やっぱり戻ってきたか。これは我々がもらっていく。いろいろと使い道がありそうだからな」
隊長らしい一匹が耳障りなガラガラ声で、それでもまともな日本語で言った。少年は首を振って、
「お前たちには渡さない。それはちゃんとした目的のために、僕が使うんだ」
「黙れ。ロボットのくせに生意気な口をきくな」
叫んで、手にした銃の引鉄を引いた。銃口から熱線が迸ったが、少年はたやすく避けると、素早く相手に飛びかかった。
少年のパンチを一発、くらっただけで、相手は背後の木に叩きつけられ動かなくなった。白目が出ている。次々に、異形の戦士たちを丸めていく。三人で少年を上から押さえ込もうとしたが、逆にいとも簡単にふっとばされ、あちこちに激突し、ずるずると地面に倒れた。
最後の一匹が緊急連絡用のコールを入れようとした腕をつかまれ、ぶんと振られる。塀に頭からぶちあたり、続いてゆっくり崩れ落ちた。
誰も動かなくなった庭を歩いて、少年は穴の縁に立って中を覗いた。
黒い、箱のようなものが埋まっている。大きさは、さほどでもない。40cm立方くらいだ。しかし、その小ぶりなみかん箱のような物を、爬虫人類たちは引き上げることが出来なかったらしい。大分苦労したらしい痕跡が残っている。
少年は周囲の穴を手で広げていくと、箱の下に手を入れ、ぐっと引き上げた。
見ている人間がいたら、「広辞苑くらいの重さかな」と思うような動きだった。
箱を持ったまま、すたすたと外へ出てゆく。
どこかで移動用の乗り物を手に入れないと、と思っている後ろから、
「ちょっと、ねえ!あんた」
甲高い声が飛んできた。少年が驚いて振り向くと、道の上にあの時の娘が立ってこっちを見ていた。
「あっ」
思わず声を出した少年の側まで、娘が駆け寄ってくる。相変わらず、ムームーだかマタニティだか、というどうでもいい感じのワンピースを着ている。雨で、すぐぺなぺなにはりつき、この前と同じ格好になった。
つっかけを履いている足のペディキュアがはげかけているのを少年が見つけた時には、すぐそばまで来ていて、
「やっぱりあんただ。元気になったんだね?骨とか折れてないの?」
骨とか。骨以外に折れるものがあるんだろうか、腱や筋は折れるって言わないし、と思いながら、
「大丈夫でした」
「そお。良かった。あたしてっきりあんたがやられたのかと思ってさ」
「ご心配かけて、すみません」
「ちょっと、そのヘンな年寄りみたいな喋り方やめてよ」
ヘンな、と言われても、年上(13歳以上)の、ことに異性には丁寧語で喋るようにプログラミングされているのだ。
「あの後さ、三人のあんちゃんが来て、あいつらをぶっ飛ばした後あんたを連れてったんだけど。病院でしょ?でも、病院なんて今動いてないよね」
「本当に、大したことなかったから」
「そう?すごい勢いで殴られてなかったっけ?ぼかぼかぼかって…打ち所が良かったのかなあ」
普通は使わない言葉の使い方をしている。
「まあいいや。無事だったんならそれで。ねえ、ちょっと上がっていってよ。ばーちゃんもずうっと言ってたんだよ。あの子はどうしたかねえって」
「でも、あの…」
戸惑った顔をした少年に、
「あ、あれなの?家族のとこに行こうとして急いでるワケ?待ってるの?パパとかがどっかであんたを」
少年の顔に雨が降りかかる。
瞬きをして、
「いえ、家族は待ってません」
誰も。どこでも。
「だったらいいじゃん。ちょっと寄ってって。お茶くらい出せるからさ」
少年の袖を掴んでひっぱる。断る理由が見つからず、じゃあ、ちょっとだけ、と呟くと、
「良かった!あたしのうちあそこだよ。覚えてるでしょ?さあ来て」

老婆は勿論、あの勇敢な少年だとすぐにわかって、大急ぎでタオルを用意し、風呂を勧めたが、少年は遠慮した。老婆は更に、自分の孫娘のように大丈夫だったのか骨は折れてないのか、と心配をし、とてもそんな、寝て治るような殴られ方では無かったはずだが、と疑問を投げ、
「でも、無事ならよかったですよ。無事ならいいんですよ」
少年は老婆より随分年下の異性だろうが、やはり丁寧語を使ってそう言い、せめて、と言ってお茶を出してくれた。
少年は気を付けて、喉の奥で耐熱の袋の中にそれを注ぎ込んだ。いくら水陸両用のロボットとはいっても、お茶を機械内部に流し込むことは避けたい。
「これも食べなよ」
出されたのは羊羹だった。つやつや黒光りしている。
「あたしはキライなんだ。甘いばっかりでアタマ痛くなってくる。でも有名なとこのなんだって。なんだっけ?ライオン屋?」
「とらやですよ」
少年はぺこと頭を下げ、
「ありがとうございます」
「いえ、いえ。本当に行儀のいい坊ちゃんですよ。あんたも見習いなさい」
「やだよ」
べー、と舌を出す。内臓まで出そうだ。この娘は何歳なのだろう。胸も体も大きいが頭蓋の中身はあまり成熟してはいないようだ。
「きっと、ご両親の御躾が良かったんだわね」
柔和な笑顔の老婆に言われて、少年の表情が止まったが、
「そうかも知れません」
僕がこういう態度を取り、行儀が良いと言われるのは、皆お父さんが僕をこういうふうに作ったからだ。そう言ってみればそういうことなんだ。
お父さんが。…、
「へー。じゃああたしがこんなのはオヤジのせいだね」
「なんでしょう、そんな言い方をして、女の子がはしたない」
叱ってから、
「遠慮しないで、召し上がって下さい。お嫌いじゃなければ」
「はい、ご馳走になります」
羊羹を口に入れた。もぐもぐとふくよかな口元を動かしている少年を、娘は嫌そうに眺めて、
「どお?おいしい?あんた」
糖分何パーセント、水分何パーセント、というデータは既に彼の中にはじき出されているが。
おいしいかどうかは、彼にはわからない。決してわからないのだ。

「じゃあ、これで。ありがとうございました」
玄関で頭を下げる。老婆は深く深く頭を下げた。
いいからというのに娘は傘をさしかけて、一緒についてきた。
「だってあんた手が塞がってんじゃん。なにそれ」
「これは」
少年の顔に困った微笑みが浮かんだ。
「機械です」
「機械?ウソぉ。何もコードとかスイッチとかないじゃん」
娘にとっての機械とはそういう認識であるらしい。
「重いの?」
「いえ、そんなに重くはないです」
少年にとってはそんなに重くはない。だからこれはウソをついているわけではない。
しかし、娘は唇を尖らせて、
「ウソ」
え、と自分を見た少年を、ちろりと横目で見て、
「あたし、見たもん。さっき。なんか、ヨコヤマさんちが騒がしいから、ヘンだなーって。あそこの一家、ここいらで一番最初に逃げ出したんだから、誰も居るはずないのにって思って。
庭を覗いたら、ヘンな連中が必死で掘り出してたんだ。何か」
「………」
「言ってたよ。重くてこれ以上上げられないって。何か使うかどうしようかって。見つかったらやばいからすぐ逃げ帰ったけどさ。
でもどうしても気になってまた見に行ったら、あんたがあいつらやっつけてそれ掘り出してた。あんた…」
次になんと言うのだろう。
あいつらは何なの?新人類?宇宙人?異次元人?
あいつらが狙ってたその箱は何なの?何に使うの?
あの連中が持ち上がらないって言ってたのになんであんたが持てるの?
それ何キロあるの。持たせてよ。
ちゃんと説明してよ。ごまかさないで。
ウソをつかないで。

少年は視線を落とした。
僕が答えられる質問にして欲しい。これ以上苦しいのは嫌だ。
思わず目を閉じた少年に、
「あんなに強いのに、さっきはぼこぼこにされてたのは、やっぱ」
少年が目を開いた。
「動いたらあたしとばーちゃんを殺すぞって言われたから?
あんたがぼこぼこにされたの、あたしのせい?」
少年は相手を見た。
眉の落ちた、間の抜けた顔。美人ではない。十人並みですらない。
歯並びは悪いし鼻はどっしりあぐらをかいているけれど。
少年はその顔に微笑みかけ、お辞儀するような仕草をしてから、ゆっくり首を振った。

国道へ出るところまで来て、大型スーパーマーケットの駐車場に何台か車が放置されているのが見えた。
「ここでいいです」
娘は、もう、「これからどうするの」「あんたは一体何者」の類のことは、尋ねなくなっていた。何かをうっすらと感じているのだろうか。
国道の真ん中で、二人は向かい合い、
「ありがとう」
少年が先にそう言った。娘が不服そうに、
「それはあたしが言うんでしょ。ありがとう。
また来なよ。ばーちゃん喜ぶし」
少年は先程の老婆のように深々とお辞儀をし、娘の傘の下を出た。雨の滴に打たれながら、遠くの駐車場を目指す。
随分歩いて、やっと一番近くの、白い軽トラまでたどりついた。少し前まで、この辺にもゴロツキ連中がいたのだが、今はいなくなっている。
少年は伸び上がって、黒い箱を後ろの荷台に載せた。ぎし、と軽トラは悲鳴を上げる。
少年がちょっと力を込めると、ドアは開いた。
運転席に乗り込んで、ドアを閉めてから、少年は服の前をはだけ、腰の位置にある小さなスイッチをちょっといじった。と、ばくんと音がして、少年の胸が開いた。
胸の中は、複雑な機械類が整然と並び、超小型の原子力エンジンがぼんやりと光っている。ごくごく低い音を立てているのが、なんとなく人間の心臓の鼓動のように、胎児が羊水に浮かんでいる時に聞くせせらぎのように聞こえる。
少年は中に手を入れ、そこにあったものをずるりと引き出した。袋に入った、お茶と、細かくかみきられた羊羹だった。
少年の頬を雨が伝った。
それから、少年は胸を閉め、服を着直して、キーの部品を引き出してちょっといじった。火花が散り、エンジンがかかる。
少年が車をバックさせ、方向転換して国道へ出る。あの娘が傘をさして、ずっとこっちを見ているのが、バックミラーに映っていた。

車が直線の彼方に消えてちょっと、その場に立っていたが、戻ってくる気配もないし、娘はぼんやりと歩き出した。
流れ続ける水の帯が、もはや足の上を渡っていく。ちょっと気持ちいいような、やっぱり気持ち悪いような感覚だ。
ザバー、ザバーとわざと音としぶきを上げながら広い国道をゆっくり、渡っていく。渡りきった、というところまで来た時だった。
後ろから、ぱん!とクラクションを鳴らされる。驚いて振り返ると、見覚えのある顔を満載した車が近づいてきた。
ばんばんとドアを開け、さっき助けてくれた連中が飛び降りてくる。
「ああ、あんたらか」
「おい、お前。…相変わらずすげえ格好だな」
「うっせーな。カンケーねえだろ。ひとのこと言えんのかよ」
毒づいてから、
「あの子、あれからどうしてたの?今さっきまで居たよ」
「なにー!」
竜馬と武蔵が飛び上がった。両側からわあっと駆け寄って、
「なんだ、どうした、あいつ、なんだってまた、なんでここに来たんだ?」
「お前に会いに来たのか?何だ一体、最初ッからそういう話になってたのか?」
「知らないよ!知るかよ!離せよバカ」
「何だとこの野郎。俺様が大人しくしてる間にちゃっちゃと喋れ。この女」
「待て」
後ろから伸びてきた手が、二人の襟首を掴んでぐいと後ろへ引き戻した。二人はのけぞって後ろへ倒れた。
その後に一人立っている隼人が、娘に、
「君の知っている限りでいいから事情を教えて欲しい」
「うん」
隼人には大人しくうなずいて、
「家まで乗せてってよ。しかし今日はやたら人が来る日だなあ。あの日からずーっと誰も来ないでたのに」
一人暮らしの老人みたいな事を呟き、後ろに乗ろうとすると、竜馬と武蔵が大急ぎで先に乗り、
「お前は助手席に乗れ」
偉そうに言った。

老婆は再び深々とお辞儀をし、幾度も礼を言い、それからまたお茶と羊羹を出した。
「おっヨーカンだ!久し振りだなあ。いただきまーす」
武蔵がさっそく口にほおってガツガツと食い、がーと茶を飲んで、ものの十秒たらずで自分の分がカラになった。
老婆は目を丸くしながらもう一杯茶を注ぎ、羊羹を切ろうとした。
武蔵が嬉しそうにそれを待っているのを見ながら、
「なんだ。あの子、勝手にいなくなってたの?なんでよ」
「それはこっちが聞きたいぜ。あいつ、ここに何しに来たんだ?」
娘は肩をすくめた。
「多分、あれだと思うけど。斜め向かいの家の庭でさ、ヘンな連中が掘り出し作業してたんだけどね」
「ヘンな連中?」
「うん。ヘン〜な連中だったよ。全員、トカゲのかぶりものかぶってんの。新しい宗教団体かなあ。トカゲ教とか。それともコスプレかな。アメコミとかの」
隼人と竜馬がちらと目を合わせた。武蔵は新たに切って貰った羊羹にかぶりついている。
「何を掘り出したんだ?」
「その時は見えなかったんだ。重くて掘り出せないとか言っててさ。そうしてたらあの子が来て、その連中をぶっとばしちゃったんだ。その後、連中が掘り出そうと必死こいてたものをひょいって持ち上げてね。
…あんなに簡単に持ってたし、あの子にものの数分でかたされちゃうんだから、やっぱあの連中がヒヨワなんだろうな。あれかな。オタクとかマニアみたいのが集まってつくった集団なのかも」
娘の想像には何の注釈もつけず、
「あの子は何を持っていた?」
「なんか、黒い箱だったよ。このくらいかな」
手で指し示して、
「それなんだって聞いたら、機械だって言ってたよ。あんな機械あるかと思うけどね。あ、でも」
今思い出したという顔をして、
「あの子、言ってたな。トカゲマニア集団に。これはちゃんとした目的のために僕が使うんだって」
「ちゃんとした目的って、なんだ?」
「知らないよ。知るワケないじゃん」
「それを持って、次にどこに行くって言ってた?」
羊羹を食べながら尋ねる武蔵を見て、
「聞かなかった」
「なんだよ、聞いとけよ、ったく」
思わず舌打ちした竜馬に、娘は逆上した。
「なんか聞けないカンジだったんだよ!何だよ勝手なことばっか言って。お前らこそ聞いとけ、馬鹿」
「何だと」
老婆と隼人が同時に口をはさんだ。
「なんです、女の子が、馬鹿なんて言葉を」
「リョウ」
二人は同時にわめいた。
「うるせえ」
武蔵が大声で笑い出した。老婆がつられて笑い出し、ついで娘が笑い、最後に竜馬が仕方ねえなというように片頬で笑いかけた時、
「じゃあ、そろそろ行くぞ」
そう言って立ち上がり、老婆と娘に礼を言い縁側に脱いだ靴の方へ歩き出した隼人の背を、残りの二人はぼーと見上げていたが、
「行くって」
「どこへ。待てよ」
慌てて立ち上がり後を追いかける。と、武蔵が振り返って、二人にへっぴり腰で頭を下げた。
老婆はまだ笑いながら、今日一日で随分減った羊羹の残りを、袋に入れて、武蔵に渡した。むひー!と笑って、
「うお、悪い、ありがとなばあちゃん」
馬鹿か、みたいに見ていた娘だったが、一応見送る気なのか、自分が履いていたびちょびちょの、サンダルとかミュールというよりは、やっぱりつっかけに、足を入れた。

見送るような塩を撒くような娘の顔をバックミラーに映して、三人が乗った車は雨の中走り出した。
後ろの席の竜馬が身を乗り出して、
「自信ありげに走ってるけどよ、どこに向かってるんだ?」
「自信がある訳じゃないが、そこしかもう思いつかない」
そう言ってから隼人がなんだか疲れた息をついた。
「たそがれるのは勝手だがな先生、もったいつけるのはそろそろやめにしてもらうぞ。どこに向かってるのかだけ、今すぐ言え。次の答えで言わねえと殴るからな」
もし竜馬自身がそう言われたら、たとえ言う気があっても、上等だぜ殴ってもらおうじゃねえか。絶対言わねえ!とばかりに意地を張るのだが、隼人はただ微苦笑をちらと浮かべて、
「言うさ。ただ、いいのか?」
「えっ」
竜馬と武蔵は顔を見合わせ、一瞬どぎまぎしてから、竜馬がやけくそのように、
「いいのかって、何がだよ」
「わかった。いいんだな。あの子の」
「やっぱちょっと待てハヤト」
武蔵がわめいた。隼人は微笑したまま、
「…あの子の家だ」
「えっ」
『三人』の声が上がった。
「あっバカ」
「しっ」
後ろで騒いでいる。隼人はやれやれとルームミラーを見て、
「いいから、もう元気を掘り出せ。ずっと足元に詰まってたんだろう」
「えっ、わ、わかっちゃった?」
小声で言って、えへへへと頭を掻きながら、二人の足元から元気が顔を上げ、もぞもぞと二人の真ん中に座った。
「ああ、苦しかった…かな…げほげほ」
「えっとでもなんでわかっ…」
「…たんだ?」
バツの悪そうな、先生の前に並んだ悪ガキ三人、といった風情の面々に、
「お前ら二人して、降りる時はやけにぐずぐずして俺の後から下りるし、乗るときはやたら急いで後部座席に乗り込んでるしな。何か隠してるのは見え見えだ」
「さ、さすがだねえ」
「やっぱり目のつけどころが違うな、ハヤトは」
「よっ。アイキョウ300」
「Qだってば」
下らない持ち上げられ方をして、嬉しそうでもない隼人に、それはそれとして、と無理矢理話を継ぎ、
「あいつの家知ってんのか?でも、あいつの家って」
「実は、そう遠くない。隣県だ。しかし、今は一刻を争うからな」
車ががくんと舗装道路からはずれた。

大きな家だ。屋敷、という言い方をしても名前負けしない規模はある。開国当時に立てられた洋館という印象だ。代々資産家、という名札が、表札代わりに門扉に下がっている感じだ。
しかし、それだけの大きなお屋敷だというのに、何故かひどく荒涼とした空気が、建物全体に漂っている。大きいだけ余計に空虚に感じられるのだった。
信号は既に意味を無くしている。雨に濡れた、一台の車も通らない道を、ノンストップで100キロものスピードで走って来た軽トラが、その家の前に止まった。テールランプが消える。
チャイムを押しても誰も出てこない。皆とっとと逃げてしまったのだろう。逃げる先など誰にもありはしないが、たとえそうだとしても、この屋敷の主人の側に留まろうと思う使用人は、一人もいなかったのだ。
玄関に鍵はかかっていなかったので、中に入った。
巨大なホールの吹き抜けを二階に上がり、両側に延々と壁の続く長い長い廊下を、ずっと進んでいく。ぎし、ぎし、と床が鳴った。
突き当たりを右に折れ、更に進む。
この家の、一番奥まったあの自室に、いる筈だ。いつもそうだったから。
その部屋の前に立ち、持っていたものを床に置いて、ノックをした。しないと怒られた。彼ではない。彼は一度言い聞かされた事は決して忘れないし、それを破ることもなかったからだ。怒られていたのはメイドたちだった。二度目に怒られる時には、続いてクビを言い渡されたので、彼女らの顔はぽんぽんとすげかわった。どちらにしても今は誰もいない。
「入れ」
低い声が聞こえた。
自分しか居ない家の、自室のドアをノックする存在に対して、そう返答することのおかしさに、両者ともコメントはせず、
「失礼します」
少年はドアを開けた。
ドアの真正面の、大きな大きな机、アメリカ大統領が使っていそうなものに向かって、何かを調べていた男が、顔をあげ、こちらを見た。
険のある、強くけわしい目、ふかいシワの刻まれた鼻の脇、皮肉そうにゆがんだ口元、鋭角にしゃくれた顎には歳の割りに黒々としたヒゲをたくわえている。
懐かしい顔だ。
彼が、この世に生まれて初めて見た顔だ。震える声で言われた、『成功だ』という響きは、彼の記憶の0番目に書き込まれている。
―――今は、この男が、常軌を逸する程、何者かを愛するということが、奇妙にさえ思える。
暫くの間、相手は少年を眺めていた。驚いているのではないらしい。やがて、『うんざりした』という字が書き込まれているようなため息をついて、
「何故お前はここにいるのだ」
同じ声が、今ではこんなにも冷たく遠く、まるで、捨てたはずの紙くずが風で戻ってきた、みたいな言い方をするのを、少年は黙って聞き取ってから、
「ロケット噴射装置が壊れたんです」
顔を伏せることなく、相手を見つめたまま、
「直してもらえますか」
フン、と鼻で笑う。
「つい先程、早乙女博士から連絡が入ったぞ。お前、ゲッターチームの連中に会ったそうじゃないか」
少年の顔に動揺が表れた。
それを見て取って更に皮肉げな笑いが強くなった。相手がどういう感情でいるか、室内なのに黒いスーツを着た中年男は、この世の誰よりもよくわかっている。
驚きが何パーセント、これから嫌な事を言われると予想がつく不安が何パーセント、それに堪えようと身構える気持ちが何パーセントで、
この顔。
この顔。
この顔だ。
「そいつらに頼めばよかったじゃないか。まさか、ゲッターチームの連中は、その程度の故障すら直せないのか」
怒りと、悔しさと、否定の感情。相手の言うことを正さなくてはという焦り。
「違います」
「どうでもいい」
二つの声は全く同時に発せられた。つまり、次に自分が何と言うか、最初からわかっていたということだ。
少年の表情に悲しみのパーセンテージが増し加わる。
「悲しいのか。仕方ないな。お前の感情など、単なる変動する数値の移り変わりにすぎない。そのことを悲しむ気持ちさえその一部だ」
「訂正してください」
必死で感情を堪える。嫌だ。感情を持っていることを、見せることすら嫌だ。相手が打ち込んだプログラムの通りに怒ったり泣いたりしている姿を見せるのが嫌だ。
しかし、『そう思うこと』すら、相手のプログラムに入っているのだと思うと、自分で自分を壊したくなる…
「あの人たちは僕を直すことくらいできます。でも、僕のことを心配してくれて、僕がしようとしてることを気にしてくれて、それで」
「そうか」
あっけなくそれを受け入れてから、
「ロボットを扱う事に慣れている連中だからな。道具にヘンな愛着を持つタイプの人間なんだろう。それはよくわかる。わたしもそうだからな」
「あの人たちは」
頭蓋の中が怒りで熱くなる。この怒りは。この怒りは。
僕の怒りだと思いたい。僕自身の怒りだと思いたい。普通の人間ならそんなこと、思いもしないのに。
「あなたとは違います」
「そうか」
ふと机の上の何かに気をとられながら、ぽんと放るように言う。本気で相手をする気すらない。こちらの怒りが相手の何にも波風ひとつ立てない。
そのことに絶望した時、彼の顔を見て取ってから、男は口を開いた。
「当たり前だろう。目覚まし時計が鳴り出した時に、いちいちその意味を考えてみる人間がいるか」
フンと笑う。一番、それが似合っている顔だった。
「不服なのか」
少年は答えなかった。その頭上に、
「お前は、ただの、道具なんだぞ」
一語ずつ区切って言い渡す。
「その遂行に支障が起きているというのなら、それを取り除いてやるのはつくった人間の役目だ。直してやる。来い」
言って、立ち上がった。
今の僕の感情はなんだろう。
無力感か。絶望か。もうどうでもいいのか。自分でもわからない。だから、どんな顔をすればいいのかわからない
何の表情もなくなっている少年の顔を眺めてから、
「そうやっていろ。話が早い。お前を手放すときに感情なんて小うるさい部分は除去しておけばよかったな。箱は持ってきたんだろうな」
「持ってきました」
録音テープのように呟く。
「よし。ついでに点検する。持って、下の実験室にこい」
それきり彼の方を見ず、部屋の一角にある鉄の扉に近づいた。どうやらエレベーターらしい。
「ひとをなんだと思ってやがる」
ドスのききすぎるくらいきいた声がした。
少年が入ってきたドアが開いて、なにやら人相の悪い若者がぞろぞろ入ってきたのを見て、男は眉をひそめ、少年はあっと叫んだ。
「皆さん」
「よお」
最初に声をかけたのは武蔵だった。
「探したぞお。一体どこまで行ってんだよお前」
「全くだ。勝手にふらふら消えやがって」
にこにこ笑っている武蔵の脇で、男を睨みつけている竜馬がちらと少年を見て、ぶつぶつっと言う。
「すみません…でも…」
「もういい」
一番後ろから、隼人が入ってきて、少年の前に来ると、片手を少年の肩に置いた。かたい。石か、岩か、機械のようにかたい、肩だ。
少年は三人各々を見て、
発作的に泣き出しそうになった。それを、少年は堪えた。
つまらなそうな男の声がした。
「なるほど。ゲッターロボというのは機械に感情移入して操縦するとか聞いたことがあったが。犬も機械も一緒の手合いたちか」
「何勝手に納得してんだ。てめえの方こそ、こいつに息子の代わりをやらせようとした大バカ野郎じゃねえか」
竜馬が吼えた。
「失敗だった。それは認めよう。失敗を認めないところに科学の進歩はないからな」
「ぬかせ!てめえのうすぎたねえ身勝手に振り回されるこいつの身になってみろ!なにが科学だ!」
「技術的には完璧なはずだったんだが」
男は自嘲的に笑った。何も省みない笑いだった。
「わたしはまだ夢を捨ててはいない。次こそは必ず、ちゃんとしたトビオをつくってみせる。その為の失敗作が、多少なりとも役に立つのであれば喜んで」
全部言う前にふっとんできた男にぶん殴られた。
「リョウ。やめろ」
「うるせぇえあああ!こいつ、ぶっ殺してやる!」
もう一発殴った音がした。
「ハヤト、止めなくていいと思うぞ」
眉間にしわを寄せて笑っている武蔵の目の奥に、ぞっとするほどの怒りが燃えているのを、少年は見た。
「いっぺん死んだ方がいいと思うな。あんまり、悪いなとは思わないぞ。ていうか、全然思わないな」
「俺だってそんなものは思わないが」
隼人が、足早に近づいていきながら、
「口がきけなくなる前に、聞いておきたいことがあるから」
淡々と背でそう言った。淡々とした、その背に、他の二人と同じかそれ以上の怒りがあるのを、やはり少年は見た。
おこったかお、は、してないのに。二人とも。
二人とも僕のために怒っているのが、わかる。びしびしと、放射が顔にあたるほどに。
竜馬さんが、二人の分まで、ものすごい顔で怒ってるけれど…
今の僕の感情はなんだろう?なんだろう?
嬉しいのか。嬉しい。でもそれだけじゃない、もどかしくて、悔しくて、そんなのじゃない。
わからない
「なんで僕、動かないでいるんだろう」
武蔵を見る。武蔵は眉間にしわをよせ、懸命に口元を笑わせながら、びくびくと頬をひきつらせている。額まで真っ赤だ。
「僕、何があろうと、守るようにつくられてる筈なのに、…」
鼻血を出してふらふらと仰け反った男を見て、
「…お父さんを」
「あんなの、お前のとうちゃんじゃねえからさ」
そう言って、武蔵は少年の肩をばんばんと叩いた。
悪鬼のようになった竜馬が、今よれよれになった襟首をぐいと引っつかんで引き寄せ、もう一発殴ろうとした、手首を後ろから掴んだ。と、
「離せぁ!」
掴んだ手をものすごい勢いで払おうとしたが、隼人はそれを避け、腹に容赦なく蹴りを入れた。
「げぼっ」
それでやっと、男は竜馬の手から離れた。男と竜馬の二人が床にくずれる。
「天馬博士」
隼人は相手の名を呼んだ。
「助けるのが遅くなってすみません」
これっぽっちも悪いと思っていない口調でそう言って、助け起こす。
「私は早乙女研究所の神隼人といいます」
「…知っている。ゲッター2の男だろう」
「ご存知とは光栄だ」
全然光栄だとは思っていない口調でそう言って、ハンカチを探すと、相手の鼻に当ててやって、
「あなたは、今度の件はどの部分からの立案者なのですか」
「最初からだ」
フン、と笑おうとしたが鼻血で詰まっていてできなかった。
「接近してくるあの星の構成について報告を受けた。そういうことならアレが使えるじゃないかと、わたしが発案したのだ」
アレ、のところで少年の方を顎でしゃくった。
「アレとは何ですか」
敢えて、というように隼人が尋ねた。
一瞬迷ってから、目の前にいて慇懃に喋っている男が、見様によってはさっきまで自分をぶん殴り続けていた男よりも危険だということを、どこかで感じたらしく、
「…あの箱だ」
天馬博士は折れた。
それまで床にへたばっていた竜馬が、この時ようやく起き上がった。少年が側に行き、背をさすりながら、
「大丈夫ですか?」
「畜生、思いっきり蹴りやがって」
低いうめき声が返って来た。
それを眺め、それから、ちらと隼人を見て、
「君はどこまで知っているんだ?」
「先刻やっと早乙女博士と連絡がついて、ほんの概略を聞きました。すぐにまた切れてしまいましたがね。…」
息を吸って、
「今地球に近づいている破滅を、自分がつくったロボットと装置で回避できると、天馬博士から申し出があり、それを受諾し正式に依頼したとのことでしたが」
「なんだって?」
竜馬と武蔵が同時に言った。
「どういう意味だ」
竜馬に怒鳴られ、少年は目を伏せた。隼人が落ち着いた声で、
「これから説明する。いや、してもらう」
淡々と続けて、
「あなたは今回の会議には出なかったのですか」
「提案内容は事前に日本政府に提出してある。この天候の中わざわざ出かけて行って喋ることなどもう無い。わたしは賞賛や感謝などが欲しい訳ではないからな」
「すげえこと言ってるな」
武蔵が言った。竜馬が更になにか怒鳴ろうとしたのを制して、
「その話はどこからか漏れていたようですね。彼は、狙われたようですからね、爬虫人類に」
「そうなのか」
天馬博士が顔を上げた。
少年はうなずいて、
「…雨の中飛んでいると女の人の悲鳴が聞こえました。複数の男の叫び声も。だから、僕はあの箱を少し離れた場所に、掘れるだけ深く穴を掘って埋めて、女の人を助けに行きました。…」
「奴らはあの女じゃなくて、最初からこいつが目的だったのか?こいつが来るのを見計らって、あの女を襲ったと?」
竜馬が呟いた。武蔵が首を振って、
「でもよ、こいつなら、そこらのトカゲが束になってかかってきたってへっちゃらだろ?実際、二回目の時はちゃんとトカゲだんごに丸めてるじゃねえかよ」
「一回目の時は相手が人間だったろう」
「あ、ああ。操られてたな、そういえば。…でも、人間ならなおさら弱いじゃねえか」
「彼は人間を殺せない」
隼人は、嫌そうな顔になって、
「決して人間には危害を加えないように、傷つけないようにつくられている。殺すなんてもってのほかだ」
吐き捨てるように言って天馬博士を見た。
「当たり前だろう。ロボットは人間に従うものだ」
「うるせえ。手前は黙ってろ」
竜馬が怒鳴った。ややあって、隼人が言葉を継ぐ。
「…そんな理由で、彼が少しでも力を入れすぎるとすぐに死んでしまう人間相手には、なかなか戦うのは難しい。戸惑っているうちに、娘と老婆を人質にとられ、全員に金属の棒で思いっきり殴られる。抑圧の全くなくなった、ものすごい力だ。壊れたりはしないが、いっときブラックアウトくらいはする。…
本当なら爬虫人類は、この間に、動かなくなった彼と、彼がその辺に隠した筈の箱を探し出して回収する予定だったんだろう」
「ところが、そこに俺たちがやってきたって訳だな?」
武蔵に聞かれてそうだとうなずく。
「でもよ」
竜馬が床から隼人を見上げた。
「すると奴らは、こいつが接近中の星をなんとかするのを阻止しようとしたんだな?」
「そうだな」
「なんでだ?地球がおしまいになったら、いくら人類が憎いったって、手前らもお陀仏じゃねえか。なら何故」
「それは」
竜馬の側にいる少年が、竜馬を見つめて言った。
「地球に近づいてくる星が、氷と水の星だからです」

[UP:2002/11/27]

…気がついたらこんな量になっていた。一回切ります。次で終わります。
本当の天馬博士の家は開国当時の洋館風ではありません。早乙女研究所の隣県に彼の実家はありません。

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