末の姫は誰にも見つからないようにそっと城を出ると、恐ろしい渦巻きの向こうにある、魔女の家を目指した。途中の森の植物は皆手を伸ばして、姫を掴もうとした。捕まったら最後、巻き取られ締め付けられて殺されてしまうだろう。現に、沢山の生き物がそのいやらしいミミズのような手の中で骨になっている。中には人魚の子供も居て、姫は恐ろしさに震えながら、何度も引き返そうと思ったが、
私の王子様。
私に一目会いたいとおっしゃってくださった私の王子様。
そのことを思うと、やっぱり行こう、と勇気が湧いてくる。姫は巻きつかれないように注意を払って、その恐ろしい道の向こうを目指した。
少し広くなった場所の真ん中に、一軒のふるぼけた家が建っている。まわりにはたいそう大きなウミヘビがとぐろを巻いていて、姫の方にむかって舌をちろちろ見せてきた。
「こんにちは」
姫は震える声で言いながら戸を叩いた。
「お入り」
返事があった。低いダミ声で、ヒキガエルの鳴き声のようだ。姫は扉を開け、中に入り、はっと思った。
部屋の真ん中で、まさにヒキガエルにエサをやっている女がいて、今顔を上げてこちらを見た。首のまわりにはウミヘビがまきついている。
実は、姫は魔女に会うのはこれが始めてだった。誰もが口を極めて、あんな恐ろしいところへ行ってはいけません、あんな醜い者を見てはいけません口をきくのもおぞましい、と言われていたからだ。
その姿は、まさに地上の人間と同じだった。姫の白い腕がそのまま体中むきだしになっていて、うろこはどこにもない。腰から下には姫のような尾はなく、人間と同じ二本の足が生えていた。頭からは長く、金色の毛が、海藻のように豊かに垂れ、同じ色の毛の生えた下には、驚く程大きな瞳があって、姫のように青く輝いていた。血のように赤い唇が皮肉っぽく笑った。
「醜くて驚いているのかい?」
あざけるような声に、姫ははっとしてかぶりを振る。
「いいえ、いいえ」
「フン。嘘をつかなくてもいいよ。あたしは『お前は醜い』なんて言葉は聞き飽きてるんだ」
聞き苦しい声で黒く濁った憎しみを吐きつけられ、姫はすくみ上がった。
「地上の醜い生き物と同じ姿。呪われた血筋の末裔。昔の先祖の誰かが、地上の生き物とつがったんだ、その結果生まれた子供があれなんだなんてひどいことまで言われてねえ。
だからおまえたちの前になんか行きたくないのさ、ことに王族の奴なんかの前にはね!」
その姿は、確かに姫たちの中では異形のものだ、まるで違いすぎる。
けれど、王子の側に行きたい、王子と会いたい、なによりも王子の姿をこのうえなく美しいと思っている姫にとっては、魔女の容姿は真実、憧れるものだった。
魔女という呼称には似つかわしくないほど若々しく、一糸纏わぬ全身の肌は真珠貝のように白く、豊かな胸もくびれた腰もすんなりとした脚も、真珠のようにほんのりと輝きを放っている。ふっくらした朱い唇、すっきりと通ってつんと尖った小さな鼻、真夏の海よりも鮮やかで真冬の海よりも深い、青の瞳。
「わたし、本当に美しいと思います。あなたが」
姫がそう言った途端、魔女は不意に首に巻いたウミヘビを解くと、頭の方で姫を打った。姫は悲鳴を上げて後ろに下がり、扉にぶつかった。
「見え透いたお世辞はいいよ!なんだい、召使いどもに頼めないことが出来たからこんなところまで来たんだろう?だからって心にもないおべっかなんか」
「いいえ!」
姫は必死で叫んだ。その声さえ耳に心地良い音楽のようだ。尾が、否定をあらわす形に懸命にうねった。
「本心です。本心から言っているのです。私は、私はあなたが羨ましい」
姫の懸命さに気圧され、また言った内容に魔女は驚き、
「おまえ、本心で言っているのかい?羨ましいだって?」
「ええ。あなたのその姿であれば、上の世界に上がれるでしょう?二本の足で陸の上を歩くことだってできる。人間の中に入っても驚かれることもないし、捕まえられたり殺されたりすることもない。王子さまのそばに行くことも」
思わずそこまでまくしたて、はっとした。
魔女の顔に、底意地の悪い、侮蔑的な笑みがじわじわと浮かんできて、
「王子さまだって?まさか、この前まで大騒ぎして人間を探し回っていたようだけど、あれはおまえの?」
姫はそれには答えなかったが、魔女は低く笑い出した。次第に声高になってゆく。
「なんてこった。おまえは、あの不格好な生き物に惚れちまったのか!こりゃいい、大笑いだ。さぞや、王や皇太后もお喜びだろうさ!」
部屋中に魔女の、耳を聾する哄笑が響き渡った。
「なんとまあ、末の姫がお選びになったお相手は人間と来たもんだ!なんてお心の広い姫であらせられるんだろう!あっははははははは」
無遠慮にしつこくあざ笑われながら、姫は全身を羞恥に赤く染めて、じっと堪えている。
何を恥じることがあるの?
笑われたからなんだというの。私は、わたくしは、あの方が好きだわ。
それのどこがいけないというの。
身を震わせながらも、外へ逃げ出して行かない姫の姿を無遠慮にじろじろと眺めながらようやく笑いをおさめ、魔女は弄る様に、
「ようやくわかってきたよ。なるほどね、お姫さま。
おまえは地上のあの醜い生き物と仲良くなりたい訳だ。でも今のままではそれも無理だから、どうにかしてくれと頼みに来たんだね?人間のオスといろいろなことが出来る体にしてくれというんだね?」
「やめてください」
魔女の、心無い、汚い言葉に姫は傷ついて叫んだが、
「違うっていうのかい?じゃあ一体何をしにきたのさ、こんなところまで!」
勝ち誇った魔女にそう尋ねられると、反論する言葉は出てこない。
悔しくて恥ずかしくて涙がこぼれそうなのを必死で我慢する。ここで泣いて引き下がるくらいなら、そうだ、私はこんなところまでわざわざやってこない。
姫は自分にそう言い聞かせて、口を開いた。
「あなたのおっしゃる通りですわ、私を、上の世界に行けるようにして欲しいのです、そのお願いで来ました」
「素直だね。それでいいんだよ。あさましい願いをかなえてくださいって素直に頼めばあたしだって考えてやらないこともないさ」
そう言って魔女は自分の体をつくづくと眺め、長く流れる髪を持ち上げてみて、
「切っても切っても伸びてくる、うっとおしい水草みたいなこれが、そんなにうらやましいかね?早く泳ぐことも出来ないこの二本の棒みたいな下半身が。あたしにしてみりゃ、こんなものは罪人のしるしみたいなものだけどね。
まあ、これを手放したいあたしと、これが欲しいって奇特なおまえが今ここで会って話しているっていうのも丁度いい話だと思わないかい?」
姫は相手の言っていることを理解し、目をみはった。
「それじゃ」
魔女はうなずいてニタリと笑った。
「そうさ。おまえとあたしの見た目が入れ替わりゃ、それで八方丸く収まるってわけだよ。どうだい」
「あなたが、私の姿になるのですか?」
「そうとも。昨日まではこんなじめじめした所でウミヘビ相手に話をするしかなかったあたしが、明日からはお城に出入りして、王族の者どもと対等の口をきき、召使いどもを顎でこきつかう身分になるんだ。ああ、嬉しいねえ」
姫は不安げな表情で、手を組み合わせておどおどと、
「あの…あまり、お父様やおばあさまや、下のものたちに、心無い態度を…」
「何をいってるんだい。心無いのはどっちだよ!」
最初は笑いながら、途中から怒りにまかせて魔女は叫んだ。
「おまえは家族やおつきのものたちを捨てて、男をとったんだろう?おまえが捨てていくものがこの先どうなろうと、おまえには関係のない話さ!」
姫は頬を打たれたように棒立ちになり、立ちすくんだ。
その顔にぐいぐいと指をつきつけ、にくにくしげに、しかしどこか爽快そうに、魔女は罵った。
「そうだろう?おまえはなんとしてでも地上に上がって、男の尻を追いかけたいんだろう?それともおまえの親しい者たちが皆で『普通の相手と結ばれて、いつまでもここに留まっておくれ、どこぞの馬の骨に体をあけわたしたりしないでおくれ』と頼んだら、おまえはそれを聞くのかい?」
姫はうなだれ、随分経ってから首を振った。
魔女は満足げにうなずいて、
「わかったかい?何かを愛するってことは、それ以外の自分を愛してくれる全てを裏切るってことさ。それ以外の愛を踏み台にするってことさ」
言いながら、おおきな鍋を火にかけて、棚の中からいろいろなものを取り出しては入れていった。いやな臭いの煙がたちのぼってくる。
ぐるぐるぐるぐると掻き回し、最後に、よく研がれたナイフを取り出して、姫を見た。
魅入られたように見つめている姫に、
「これに、あとひとつ混ぜれば、薬が出来るよ。これを同時に飲めばあたしとおまえの姿が入れ替わるけどね。…
そうだ、おまえとあたしの声も、交換してもらうよ?」
姫はええっと悲鳴を上げた。
「やっぱりイヤだろうね。こんな潰れたカエルみたいな声は。でもそうしてもらうよ。おまえのその素晴らしい声、それがこの薬の代価だ」
「………」
「なあに、口なんかきかなきゃいいのさ。口なんかきくからいっそ面倒くさいことになるんだ」
言うなり、魔女はナイフの先端で自分の胸元をすうっと裂いた。真っ赤な血が一滴、鍋の中に落ちると、一瞬たちのぼる煙はぞっとするような色に染まり、おさまった。
鍋の底の方に煮詰まった、とろりとした透明な液体を、魔女は匙ですくうと、二つの小さなグラスに、均等に分けた。
片方を相手に渡しながら、魔女は口を開いた。その低い、耳障りなダミ声は、なんだか暗く深い洞の中から聞こえてくるようだった。
「下賎で愚かな生き物と結ばれたがってる元皇女さまに、あたしから最後の忠告だよ。
おまえの愛だけが特別だって思わないがいいよ。おまえが踏みにじったようにおまえの愛だって踏みにじられないとも限らないんだ。
そしてもう一つ、それはおまえにとってはもはや命取りだってことだよ」
声が笑った気配がした。姫はなんだか気が遠くなるような思いの中で、必死で尋ねた。
「どういう意味ですか」
「そのままの意味さ。どんなものにも約束事ってのがある。おまえの姿を、上の世界の生き物と同じにしておくのは、おまえの愛の力によってなんだ。そのおまえの愛が踏みにじられるようなことがあったら、翌朝のタイヨウに射られて、おまえは泡になって消えちまうよ。
肝にめいじておきな」
姫はほとんど気を失いかけながら、なお言葉を継ごうとしたが、遠いところから魔女の声が、
『じゃ、薬を一息にお飲み』
姫は手にしたグラスを持ち上げ、目を瞑ると思い切って飲み干した。と、誰かの手に自分の体が掴まれ、ぐいと引き寄せられた。
昏倒しそうなほどの眩暈の中なんとか目を開ける。相手が白い体をぴったりと寄せているのがわかる。目の前にある美しい顔がにたりと微笑んで、
「さあ、おまえの愛しい王子様のところへお行き」
姫の口の一番とんがったところに、その紅いくちびるを触れさせた。

繰り返し繰り返し聞こえてくるのは、波の音だろうか。
波の音というものを、姫は上の世界に来てみて初めて聞いた。何故、こんなに幾度も幾度も打ち寄せるのだろう。止むことはないのだろうか。
快いリズムに揺すられながら、ぼんやりと目を開けた。眩しい青い天井が見える。
…あれは、少し前から見るようになった、上の世界のソラというものだろう。
目を動かすと、まぶしい光のカタマリがあった。慌てて目を逸らし、
いけない。長いことあれに照らされていると、毒だ。
あれの当たらないところへいかなければ、と身を起こしたところへ、背後から声をかけられて、びくりとして振り返った。
「君は?」
そこには、なんということだろう、王子その人が居て、不思議そうに姫を見つめていた。
「あ」
声を出しかけ、それが愛しい人に聞かせるにはあんまりなものであることに胸が潰れる思いで、のみこみ、必死で首を振った。
「どうしたの?君は誰?どうしてここにいるんだい?ここは僕専用の見晴台なんだよ」
言われて気がついた。ここはかつて、西の方の王子が捜し求める人だと教えられやってきて、岩陰からそっと見上げた、あの海にはりだした展望室だった。その、海にはいってゆく階段の途中に、姫は倒れていたのだった。
あれからのことを姫はよく覚えていない。何か恐ろしい感覚が自分を捕らえて底の方へ引きずり込もうとしていて、それから逃れるように、王子のもとへと懸命に泳ぎ続けた、そのことだけはわかっているのだが…
果たして、ここまで泳ぎ着いて、気を失ったらしい。
はっと自分の体を見下ろすと、ウロコもないし、尾ひれもない。豊かな長い金色の髪が垂れている。それで、何も着ていない自分の体を隠しながら、そっと王子の目を見た。
あの時は海の中からこっそりとうかがい見るしかなかった王子が、今は目の前で、私を見つめて下さっている。
喜びで胸が弾けとびそうだ。嬉しくて嬉しくて、姫の大きな青い瞳から、ぽろぽろと涙が零れた。
それを不思議そうに眺めながら、
「何故泣くの?君、どこからか流れ着いたの?こんなところに流れ着くなんて、まるで海の王宮のお姫様みたいだね。ははは、そんなことがあるわけないか!でも、そう思いたくなるくらい、君は可愛らしい姿をしているよ。口がきけないの?でも僕の言うことはわかる?」
姫は必死で首を縦に振った。
「そう。怖がらなくてもいいよ。僕はこの国の王子なんだ。君みたいに可愛らしい娘さんの訪問ならいつだって歓迎するから。ちょっと待っていてね」
王子は隣室へ行くと、シーツを一枚持ってきて、
「これを体に巻くといいよ」
そう言って優しく微笑みかけた。 姫はシーツを受け取りながら、この幸せは本当のものだろうかと、ふと疑った。
王子の目に、ふと疑問の表情が浮かび、つくづくと姫の顔を見つめ、
「不思議だなあ。突然現れた海の娘さん。君は、あの日僕を助けてくれた誰かの面差しがあるよ!これはどういうことなんだろう?」
私が、まさに、あなたをお助けした者だからです!
姫は言葉に出来ないまま、懸命に目で訴えた。しかし王子は、相変わらず優しく微笑んだまま、
「でも、どこか違う気もするな」
姫の目が見開かれた。王子は屈託なく笑って、
「それはそうか。そんなに都合よく命の恩人がひょっこり僕の前にやってくる訳がないものね」
私が、自分から、あなたのお側に来たからです!今まで持っていたもの全てを捨てて、あなたのお側に行くことを選んだからです!
しかし姫は何一つ伝えることは出来ず、ただシーツを自分の体に巻き付けて、悲しげに目を伏せた。
「生憎僕の部屋には女物の服がないんだ。下の者に言って何か着せてあげるから。さあ、おいで」
促されて立ち上がった、その瞬間、ガラスの破片を踏んだような痛みが、姫の足を走った。悲鳴を上げそうになって懸命に堪える。
見下ろした脚はきれいに伸びていて軽やかなステップすら踏めそうだが、実際に陸の上を歩くことは、これが初めてだからだろう、耐え難い痛みが姫の額を蒼褪めさせた。が、懸命に唇を微笑ませ、王子の傍へ近づいた。
その裸の肩にそっと王子が触れた。瞬間、姫の体と心に、甘く震える電流が流れる。
王子の手が私に触れている。私は今王子の手に触れられている。王子の手の中に私の肩がある。
こんな苦痛などどれほどのものだろう。幸せで、幸せで、息もできない…
姫の心を表すかのように、真っ白い真珠のような体と、日光にとろける蜂蜜のような黄金の髪が、さらに一層光り輝いた。

命が助かって、皆が大喜びする中、奇妙に沈んでいる王子本人の様子に、お付きの者たちや国王は心痛めていたのだが、どこからか拾って来た娘の愛らしさにどうやら歓心をひかれたらしい、という話が伝わってきて皆一安心した。
「拾って来た?16のくせに、何言ってやがるマセガキが」
「すげえなあ。女の子なんてどこに落ちてんだ?教えて欲しいな」
巨大なゲストルームをあてがわれた東洋人たちが、憤慨したり変に感心したり、
「どうでもいいが我々のことはそろそろ飽きてくれただろうか。いい加減で帰らせて欲しいんだが」
全く興味なく呟いたりしている。
最後の呟きが聞こえたのかどうか、三人は再び王子に呼び出され、衣服を整えてぞろぞろと王子の部屋へ向かった。
「今度は何だってんだろうな」
「さあな」
低く会話を交わしてから、部屋の入口で隼人は咳をして、
「お招きにあずかり参上いたしました、殿下」
「よく来てくださった。さあ、皆さん中へお入りください」
確かに声が以前と比べてはしゃいでいる。嬉しそうだ。ご機嫌はなおったようだ、と思いながら隼人と、つきあいのように首をすくめていた後ろの二人は顔を上げた。
指定席のお気に入りの椅子に王子が座り、その隣りに、一人の娘が座っていた。
あれが噂の娘だろう。長い金髪を綺麗に結い上げ、モスリンの服を着て、慎ましやかに控えている。胸元は服を押し返すように豊かなのに、首は白鳥のようにほっそりとしてたおやかだ。
なんて青い目だろう、と竜馬は思った。まるで青い色の宝石をはめこんだ、人形の目みたいだ。もちろん、人形ではないのは見ればわかる、この人たちは誰だ?って顔で俺たちを見ている表情も、この場がどうも落ち着かない(そのくせ、変に威厳があるってのが奇妙だ)雰囲気も、この娘が生きて呼吸している人間だってのはわかる…だが、そもそも、俺は何故わざわざそんなことを考えているんだろう?
同じ違和感について、隼人も言葉を少し違えて、考えていた。なんだかこの娘は、どことなしにちぐはぐだ。王子の隣りで、謁見に来た平民を見返す立場にいることに、慣れていないのは当然だろうが、そのことに関してはむしろ、特に戸惑っていないようなのだ。
そのくせ、自分の手や、髪をしきりに気にしている。殊更に脚に注意を向けることが多く、奇異な感じだ。「自分がどう見えるか」ということは、ある種の女ならやたら気にする、いや四六時中気にするのかも知れないが、それよりもっとせっぱつまっていて、…
まるで気を抜くと、肌の下から何か現れるとでも思っているようだ。
武蔵は、うわあー。なんてかわいいコなんだろう、と思った。
ミチルさんとは全然違うタイプだ。おしとやかではかなげで、でもおっぱいは大きくて、すごく色が白い。困ったような顔でこっちを見ているけど、にっこり笑ったらきっと何倍もかわいくなるだろう。
笑わないかな。なんか面白いこと言ったら笑うかな?「おしり」とか言ったら笑うかな。逆効果かな?
そして、娘は。
この一番前にいるひとの声は聞き覚えがある。冷たい冷たい、心が凍るような声。するとこの三人が、あの時この部屋で王子と話をしていたものたちなのだろう、と思った。
こちらが野蛮で野卑な声で、こちらがゾウアザラシのような声の方だろうか?
王子はとても嬉しそうに三人を歓迎していらっしゃる。何故、こんな者たちがお気に召すのだろう。わからない。
その王子がはきはきと、話しはじめた。
「この娘のことは、皆さんはお聞き及びですか?」
「はい。口がきけないので素性がわからない、誰に聞いても顔を知っている者のいない、大変美しい娘が急に現れたと」
「この部屋のそこ、海へおりてゆける階段のところに倒れていたのですよ。ね、おまえ」
王子にそう呼ばれた瞬間、娘の顔には輝くような歓びの色がさし、強くうなずいた。
隼人が目を細めた時、
「そんなことってあるのか?船からおっこったとしても、こんなとこまで流れ着くとも思えねえしよ。怪しいんじゃねえのか」
竜馬がずけずけと言った。娘はさっと蒼褪めて、うつむいた。王子は笑いながら、
「大丈夫ですよ竜馬さん。こんな、しとやかで愛らしい娘が、恐ろしいことを考えているとも思えません」
「すっかり外見で惑わされてるな」
竜馬が呟き、じろじろと娘を眺め回す。娘はちらっと竜馬を見てから、その視線の強さにおじけたように再び目をおとしてしまった。
イヤなひと。やっぱり感じの悪いひとだ。私が王子に害を為すなんてこと、ある筈がないのに。
と、武蔵が、
「でもよう、ココロって外見に出るもんだぜ。どんなに芝居しても、絶対でると思うな。あのコはきっと違うぞ。あんなにかわいいもんな」
信頼性ゼロの内容を力説して、ぽーとした顔で娘を見た。王子は嬉しそうに、
「武蔵さんとは意見が合いますね。僕も、こんなに澄んだ瞳の娘は見たことが無い。きっと同じくらい心が澄んでなければ、こんな目はしていないと思うのです」
娘は嬉しそうに顔を赤らめ、王子を見てから、ちらと武蔵を見て、目礼した。武蔵は有頂天になって、
「えへへへへ〜」
ブキミな声で笑いかけた。案の定娘は蒼褪めて向こうを向いてしまった。
実際、この外見をしていた頃の魔女の姿と、現在の、姫がこの姿になった時を見比べることの出来る存在がいたら、たとえ外見に変化がない筈でも、何か違う、と思ったことだろう。
それはあるいは、武蔵や王子が言ったように、心の素直な美しさがその瞳に表れているせいかも知れない。
そんな変化が、もちろんわかるわけもない竜馬は、
何いってやがるこいつら。美人なら心もキレイ?笑わせやがる。美人ほど残酷だって話はどうなるんだよ。
いきなり海からやってきてここに打ち上げられたって?どこの岸から泳いで来たのか知らねえが、相当な泳力じゃねえかよ。
情容赦なく殺伐とした内容のことを考えていた。
「この娘に似合う名前はないでしょうか。皆さんも考えてくださいね」
馬鹿にしてんのか、といいたくなるような言葉を最後に、それで謁見は終わった。ぶりぶり怒りながら廊下をどすどす踏み鳴らして、
「おい、一体今の呼出しは何だったんだ。名前を考えろだと?わざわざ人を呼びつけてそれで終わりか?帰っていいとかいうんでもないし、何なんだ」
「あれだろう。食い物で出来たゲッターや、氷で出来たゲッターと、一緒だ」
呟いた隼人に、あん?と聞き返すと、
「新しく手に入れた玩具を見せびらかしたかったんだろう」
氷のように、そう言った。
武蔵がしぇーという顔をしている。
「すげえこと言うな、おまえ」
「しかし多分そうだろう。それに、あの娘」
「おまえもリョウと一緒で、スパイ説か?」
武蔵が口をとがらす。
「スパイだかなんだか知らないが、口がきけないというのは、嘘かも知れないな」
「なんでだよ」
「さっき、王子に向かって、思わず何か言いかけた。そして寸前であやうくそれをやめた。声を出して相手に情報を伝えることの出来る人間が、意図的に口をつぐんでいるように思う」
それから、つけたしのように、
「可愛い娘だ、とも思うがな」
こいつが言うと全然誉め言葉にきこえねえ、と二人は思った。

[UP:2003/4/18]
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