これで三晩、就寝時間になるとこっそり部屋を脱け出してどこかへ出かけて行く三号機の男の背中を、薄目を開けて見送った一号機の男が起き上がって、
「おい」
隣りで寝ている二号機の男に声をかけた。
目を閉じて仰向けになっているから、一瞬本当に寝ているのかと思ったが、
「なんだ」
そのままの姿勢で返事をした。
「またぞろお出かけだ。今夜は後をつけてみるぞ」
「お前も暇だな。どうせ行き先はわかってるだろう」
「どこだよ。…ひょっとしてあの女のとこか?」
ものすごく疑わしげな声を上げた相手を、隼人は寝たままちらと見て、
「わかってるんじゃないか」
「とにかくあの女のことであいつがなんだかヘンだからよ、もしやと思って言っただけだ」
言い返してから、
「しかし、てことは、なんだ。武蔵とあの女が密会してんのか?バカ王子が寝ちまった後で」
「密会とは古風だな」
「いちいち揚げ足をとるな。…となると武蔵のやつ、あの女にもてあそばれてんじゃねえのか?」
隼人が眉をしかめて、
「普通もてあそぶのは男の方じゃないのか」
「あいつが女をもてあそべるわけねえだろ」
自信満々で答えられ、ちょっと間を置いてから、それはそうだな、と失礼な同意をした。それからもてあそべる、という言葉は耳慣れないなと思う。もてあそぶ、もてあそべる、もてあそべば、とぶつぶつ言っている男に、
「もしそうなら、早めに目を覚まさせてやらねえと。おい、行くぞ」
「俺も行くのか」
「ったりまえだろ!」
「何故だ」
「現場に踏み込むようなことになってみろよ。女の扱いにはお前の方が慣れてるだろ。大いに不満だけどよ。…まてよ、武蔵をたらしこんでるってことは…見ろ、やっぱり口がきけないてのもウソなんじゃねえか!とんでもねえ腹黒女だな!」
やっと気がついたのか、と隼人は思いながら、
「気がすすまん」
竜馬が更にわめいた。
「野郎がすっかりあの女に骨抜きにされてみろ!日本には帰らないなんて言い出したら、いよいよ帰国が遅れるぞ!」
むくりと隼人が起き上がった。
「そこまでは考えなかったな。なるほど」
感心したようにうなずいて、竜馬の顔を眺め、
「慧眼だな」
「誉めて…んだよな?」
間抜けな確認をし、二人はそうっと廊下に首を出した。ずんぐりむっくりした背中が、突き当たりを曲がったのが見えた。

なるべく警備兵の前を通らないようにしながら、とおーくを行く武蔵の後を追う。二人とも、こんな隠密行動は慣れきっているし、もし見つかっても殺される訳でもないので気楽なものだ。ひょい、と角から覗くと、武蔵は、山ほどある王子の私室のひとつに、こそこそと入っていった。
「あそこでこっそり会ってるのか?」
何度か入ったことのある部屋だな、と隼人は思った。部屋の前まで行くと、中で、誰かがごそごそ話している気配が伝わってくる。
「居るみたいだな。でも聞こえねえな」
扉にべったり耳を押し付けながら、竜馬がうなる。扉をあけたらさすがにわかってしまうだろう。
「くそ、あのおっぱい女、武蔵をどうしようってんだ」
すっかり悪者扱いだな、と思いながら相手の顔を眺める。まあ最初から竜馬はあの女に対してうさんくさい視線を向けていた。何だろう、野性のカンだろうか。単に、巨乳の女にはロクなのがいないという思い込みだろうか。
勝手な事を考えながら、そっと声をかけた。
「この部屋は中で海と繋がってる。ここ暫く穏やかな天気が続いてるから海への戸も開いているだろう。どうしても話を聞きたければ海から回れば」
「よし」
手首を捕まれてぎょっとする。
「行くぞ」
「いや俺は」
「武蔵が心配じゃねえのか」
「別に心配では」
ない、と言うより先に引きずられ連れていかれた。
なんで俺までという顔の男をひきつれて、竜馬は一旦外へ出ると、浜から海に出た。白い、巨大な美しい城が、月光に照らされてしらじらと浮かび上がっている。
岩場にとりついて、じりじりと部屋に向かう。カキかフジツボにでもなった気分の隼人に、
「聞こえるぞ」
すぐそばで竜馬の囁き声がした。ああそりゃあよかったな、とおざなりな感想を頭の中で並べ、顔にはりついてくるうっとおしい前髪を掻き分けた男を小突いて、
「片方は武蔵だな。でももう片方は誰だ?」
首を傾げる。ものすごいダミ声だ。浪曲とか、その辺でしか聞かない。懐かしいところで、女のみちとか。
わーたしーがぁぁぁ、さぁさぁげた、そーのひぃとおおはぁー。
頭の中で45回転のドーナツ盤を回し、二人はうんとうなずく。
「あとは、円鏡だな」
「ああそうだな!…いや、誰に似ているかはどうでもいいだろう。一体誰なんだ?てっきりあの女と一緒に居るんだと思ったのに、違ったんだな」
「しかし」
隼人が竜馬の、濡れて変な形になった頭を凝視しながら、
「話の内容からすると、あの女だと思うが」
「なに?」
「シッ」
慌てて口を塞ぎ、今度は自分も耳をすます。
「へえ。そうなのか」
呑気な武蔵の声に続いて、
「ええ。王子は本当にお優しくて、思い遣り深い方ですわ。笑顔はまるで波間から射してくる陽の光のように柔らかくて穏やかで気品があって」
波じゃなくて雲じゃねえのかなあ、と武蔵は思ったが、あまり人の言葉遣いにチェックを入れるタイプでもないので、わざわざ触れなかった。
それに、使う言葉にチャチャを入れるより、王子のステキポイントを、熱をこめて話し続ける姫の愛らしさに見惚れる方が忙しい。
毎晩、ここで会って話をするうちに、姫はすっかり武蔵にうちとけていた。この相手になら、自分のひどい声を笑われる心配がないと心から納得したのだろう。無論、自分の素性や正体、今までしてきた苦労は話せないが、それはいい。話すこと、話したいことは他に沢山ある。王子のかっこよさ、王子の気高さ、王子の優しさ、等などだ。
あの時のこの時のその時の王子がどんなにステキだったか、自分がどんなに王子をお慕いしているかを、飽きることなく熱心に、バラ色に上気した頬で訴え続ける姫の相手を、これまた飽きることなく、ずぅーっと武蔵はしてやっている。にこにこというか、にへらにへら笑いながら、相槌を打ってやっている。
「私驚きました、その時王子はなんて仰ったと思います?」
「え〜?なんだろうな、わかんねえな。教えてくれよ」
「じゃお教えいたしますわ。『それは大変難儀なことですね』そう仰ったんです。なんて慈悲深いお心をお持ちなんでしょうね?さながら大海原のようです。王子のお心には、醜いものや汚れたものなど入り込む余地はないのでしょうね」
「そうか〜。いいヤツだなあ」
「ムサシさまもそう思われます?嬉しいですわ」
別に武蔵は王子がいいヤツだなどと、心から思っていた訳ではなかった。しかしそう言うと相手がほんっとうに嬉しそうな笑顔になって、自分を見て、ムサシさまなんて呼んでくれるから、そう言っているだけだった。
嬉しそうだなあ。きれいだ。薄暗い部屋を圧して白く輝くようだ。
それから、このコ、本当にあのバカ王子のことが好きなんだなあと思う。そう思うと、ちょっと切ない水色の気持ちが、自分の胸にじんわりとわいてくるのが自覚される。
ま、それは最初からわかってたことだしな。
今までの人生において常にフラれ続けてきた男は、やたらものわかりよく、ちょっぴり寂しげに笑うと、気を取り直して、
「それで?王子はその後どうしたんだ」
相手が一番喜ぶ質問をしてやる。姫は目を見開き、嬉しげな笑い声を上げた。それはまさしくヒキガエルがゲコゲコと言っているような声だったが、姫はもう武蔵の表情の変化を伺うことはせず、
「ええ。それで相手が『有難いお言葉いたみいります』と申し上げると、にっこり微笑まれて、『いいえ』と仰ったんです。そのお顔はまるで天の使いのようでしたわ」
ほう、とそこでため息が入った。
「…どう考えても」
竜馬が低く呟いて、やはりどうしても、首を傾げる。
「喋ってる内容は、バカ王子にいれあげてる、あの得体の知れない女なんだけどな」
二度三度と首を傾げる。
「たとえあの女が喋れるのを隠してたんだとしてもだ、…この声は…ぴんから兄弟にしか聞こえねえ、…あれ、殿様キングスだっけ?」
「いや、円鏡だ」
「お前もしつけぇな。どうだっていいだろ」
下らなく言い争っているが、その間中二人ともずっと立ち泳ぎをし続けているわけで、さすがと言うほかはない。
その後もずっと、その正体不明のダミ声は武蔵に向かって、王子の素晴らしさを延々と吹聴し続け、とうとう海に浮かぶ二人の方が音を上げた。
「ダメだ。いつまで続くんだかわからねえ。戻ろうぜ」
「そうしよう」
やっとわかったかと言いながら隼人が先にたって戻っていく。後ろをついてくる男が波の上に頭だけ出して、ぶつぶつと、
ちらっとでも顔が見えたらな、はっきりしたんだが。でもこっちから見えるってことは向こうからも見えるってことだし。でもあの女の声ってのはありえねえだろうからな。バカ王子命の召使いなら他にいくらでもいるだろうから、そいつかな?乳母のばあさんとか。
「でも、武蔵が毎晩わざわざそいつにこっそり会いに行って、バカ王子自慢を大人しく聞いてるって理由がわかんねえな」
そうなのだ、と隼人も泳ぎながら思う。故に、あの声はどう考えても違うけれども、多分、あの女のものだ。それ以外に、武蔵があんなに嬉しげに相槌を打ち続けてやる理由がない。
たとえ円鏡みたいな声でも、女の子が嬉しそうに話し掛けてくれば、あいつは決して笑ったりバカにしたりはしないだろうから。
自分以外の男の賛美だというのに。
変なところで武蔵の良さと物悲しさに思い入った所で、足が底につき、ざぶざぶと海から上がった。ものすごく体が重く感じられる。

こっそり部屋に戻って、そうっと扉を開け頭を入れる。
二人とも、昨夜もその前もぐうぐうと寝ていたから今夜も…と思ったのだが、
「よう」
どうしてなのか、二人とも風呂上りのようだ。頭からタオルを被って、ごしごしこすっている。
「お、お前ら、こんな真夜中にフロに入ったのか?」
「ああ。フロに入らなきゃいけないようなことをしたからな」
「へ、へえ、そうか。そいつぁご苦労さん。じゃ…そろそろ寝ようぜ」
「ちょっと待て」
タオルを首にかけて、ぎゅっと握ってから、
「いくらなんでも、ごまかせるとは思ってねえだろな」
武蔵はひきつった笑顔で、胸の前の手をもみ合わせた。

「さてと。毎晩毎晩、どこぞへお出かけのようだがな」
「げ。ばれてたのか」
「当たり前だろうが」
腕組みして偉そうにつっ立った竜馬の前には、神妙に正座している武蔵の姿があった。隼人はベッドに座っている。
「誰かに会いに行ってんだろ?」
「…なんでわかるんだ」
「そりゃ簡単だ。ここではいつだって好きなものが好きなだけ食えるんだから、夜中にこっそり起き出して台所あさりをする必要はねえや」
ますますそりかえって威張ってから、
「それにここんところ、お前の食欲が落ちるってぇ信じられない事態が起こってるしな。天変地異の前触れか?」
「ほっとけ」
正座したままそっぽを向く。
「で、誰だよ。毎晩会いに行ってる相手は」
「別に、誰だっていいだろ」
ふん、と反対側に向く。
「なんだよその態度は。この期に及んでとぼけるな。言え」
「イヤだね」
再び反対側を向く。
だんご鼻がむくりとうごめいたのを見て、竜馬が思わず怒鳴った。
「あのダミ声は誰だって聞いてんだ!言えって、この野郎」
「なに!?」
武蔵は目をひん向いて竜馬を見た。
「ダミ声って、なんで」
「あ」
竜馬が片手で口をおさえた。自分の後ろで誰かが低く、
「バカ…」
呟いたのが聞こえた。
武蔵は立ち上がって、竜馬に詰め寄った。
「お前らひょっとして、どこかで聞いてたのか?」
「うぐ」
「こっそりあとをつけてきて、立ち聞きしてたのかよ。信じられねえな!」
「お前が先にこっそり出て行くからじゃねえかよ!」
逆襲に出る。いつまでも言い負かされている気はない。
「何だよ俺らにも何も言わねえで夜の夜中にこそこそ出ていかれりゃ、気になるに決まってるだろうが!」
「そ、それは…」
再び分が悪くなってきた武蔵に、ずいと一歩近づいて、
「こっそり後をつけて何が悪い。えー!?」
「いい気になるな」
後ろから釘をさされる。それから、
「だがこいつの言うことも本当だ。武蔵、という訳で俺たちはこっそりお前のあとをつけ、あの部屋が繋がっている海の方からお前と誰かの会話を盗み聞きした」
恥ずかしげもなくすらすらと言って、
「だから立ち聞きではなくて、泳ぎ聞きってことになるな」
どうでもいいことを訂正した。
「いいよもう。わかった」
武蔵がまだむっとした顔で、今度はどすんと座って、あぐらをかいた。
「話の内容とお前の態度からして、話の相手はあの突然現れた女のように思ったが。そうなのか?」
「でもよ隼人、あの声…」
竜馬が何か言いかけたのを隼人が目で制する。それから武蔵に視線を移し、
「そうなのか」
もう一度尋ねた。
武蔵は今ではなんだか憂鬱そうな表情になって、もう少し先の床を眺めていたが、やがて目を上げ、隼人を見、それから疑念でいっぱいの竜馬の顔を見て、
「喋らねえって約束したから、言わねえ」
頑固にそう言った。逆上して怒鳴ろうとした竜馬を、後ろから声でとめて、
「別に、誰にどういう事情があるのかは、聞かない。興味もない。ただ、お前と話していたのがあの女なのかどうかだけ、教えろ」
暫く、武蔵はぶすぅとしたくちびるを突き出していたが、やがて、
「ぶ」
というような音を出して、顎を突き出した。どうやらうなずいたらしい。

「王様」
兵が青ざめて大広間に飛び込んできた。皆驚いてその者を見る。玉座の上の王は、尾ひれを威厳に満ちた形にくねらせながら、
「落ち着け。何があったのだ」
「は、はい。侵攻者がやって来ました」
「何だと?」
皆驚いて声を上げる。
この王国が出来て何千年何万年経つものか誰も知らないが、その間攻め入ってくる存在などは無かった。
怯え惑いただ悲鳴を上げる者達、どこかに隠れなければと泣き叫ぶ者、さまざまだ。王は厳しい声で、
「皆、うろたえるでない」
「静粛になさい、皆の者」
皇太后も王の隣りから厳しい声を投げた。皆が二人の制止でようやく落ち着きを取り戻した時だった。
「ここが深海の帝国とやらか」
憎々しい、笑いを含んだ耳障りな声と共に、兵の後ろの戸が乱暴に開けられ、背の低い、ずんぐりした緑色の生き物たちがわらわらと入って来た。
表皮の大部分がごつごつしたウロコで覆われている。エラの張った顔、がっちりした骨格、小さな目とぽっちりあいた穴。その姿はどこか王国の者達に似ていると言えなくもない。少なくとも上の世界の人間よりはずっと似ている。しかし、彼らの下半身は魚類のそれではなく、人間と同じように二本の足になっている。
亀が立ち上がって二本足で歩いている姿と言ったところか。不格好で間が抜けているが、笑ってやる気にはなれない。
「無礼者。控えよ、王の御前ですよ」
皇太后が厳しい声を投げた。それは臣下の者達の体を縮ませる威厳があったが、無礼な侵入者たちはフンとせせら笑って、
「これはこれは、失礼をば。しかし、王制ごっこをしていられるのも今日までだ。御覚悟を、といったところかな」
「なんという言葉。下賎な者にそのような口をきかれるような…」
「黙れ」
侵攻隊隊長らしいのが皇太后を怒鳴りつけた。
「もとはと言えば貴様らは、ハチュウ人類の中でも水棲の一部族の末裔に過ぎんのだぞ」
皆、息を呑み、お互いの顔を見合う。
「今なんと言った」
王が注意深い声で尋ね、皇太后がおよしなさい、このような者の言うことに、と口を出したが、
「貴様らは我々ハチュウ人類が眠りについた時、深海に潜んで生息し続けた一族なのだ。そもそもは水中でなければ生活できなかった欠点が逆に功を奏したというわけだな」
厚かましく、横柄な声で怒鳴るように言われ、驚きと動揺がさざなみのように皆の中に流れる。
「故に貴様らは全て、我らが偉大な帝王ゴール様の下僕だ。身分の上下だの王族の血筋だの、下らない遊びに興じるのはここまでにしてもらおう」
「ゴール?そのような者は知ら…」
「無礼者」
腰の銃を向けると、先端から鋭いモリのようなものが飛んで、王の肩を打った。王は王座の上で崩れ、皆悲鳴を上げた。
「国王陛下!」
「なんということを、」
「騒ぐな!」
他の連中が銃口を向ける。
「ゴール様は貴様などと比較にすらならん御方なのだ。呼び捨てなど、今すぐここで処刑されても文句は言えないところだぞ。いっそのことそうしてやろうか?」
悲鳴と泣き声が上がった。
「ええ、うるさい!皆殺しにするぞ!」
「み、皆、鎮ま…れ」
王が喘ぎながら声をあげる。
片手で、傷つけられた部分をかばいながら、
「侵略者よ、我々に何をどうせよと言うのだ」
「侵略者ではない。同志だ」
わざとらしく、にやにやと笑ってそう言うと、
「どうやら貴様らは、相当な範囲の海域において、水棲動物らを支配しているようだからな。やつらを自在に動かせれば、地上の人間どもへの相当な脅威になる。その力我らの為に存分に使ってもらうぞ」
「そのようなバカげた要求に、応える気はない」
「そろそろ、言葉に気を付けて喋ったほうがいいぞ」
隊長の後ろにいた別のトカゲのような人間が、キンキンした声で、
「いい加減で自分らの置かれている立場について理解し納得してもらないとな」
「ま、ずっと飽きることなく王国ごっこをやっていた連中だから、それ以外の状況など想像もつかんのだろうが」
侵入者たちがいやな笑い方をしてから、
「貴様はとりあえずは辺境部隊隊長というところだな。この城は制圧する。以後、我々の支配下に入って動いてもらう」
隊長がそう言い渡した時だった。
「やめて!」
甲高い声が響き渡った。皆いっせいにそっちを見ると、自室からの通路を通ってやってきたらしい、王国の姫たちが揃っていた。
「お父様にひどいことをしないで下さい!」
「ゴールなどという者はここでは誰も知らないわ!」
「イヤなひとたち!出ておいき!」
王は顔色を変えて、娘たちをとめようとした。この不気味な、話し合いのルールすら認識していない者ども相手に、娘らの一本気な怒りなど通じる訳がない。下手に怒らせたら実際、ここにいる半数ほど殺すことも躊躇なくやるだろう。
しかし、王が、お前たちやめよ、と言う前に、
「ぐぁ!ぐぉぉ、くく」
「た、たい…長」
どういうことか、侵略者たちが苦しみ始めたのだった。
皆驚いてその様子を眺めている。娘らもきょとんとして、口をつぐみ、お互いの顔と床にへばっているいまいましい醜い連中を見つめた。
よろよろと腰を上げ、銃を構える。
「貴様ら、」
娘らが悲鳴を上げ、次々に叫ぶ。
「なにをするの!やめなさい!」
「勝手に苦しんでおいて銃を向けるというのはどういうことです。無礼な」
娘らの声が強まると、もはや銃の引鉄をひく力も失われると見えて、再び苦しみながら床にへたばった。
「やむをえん。一時退却だ」
「は、っ」
よたよたと這いずるようにして出て行きながら、
「次に来た時は、イヤとは言わせんぞ。貴様ら全員、」
何か捨てぜりふを言おうとしたが、
「何を言っているの!そんな格好で!」
「そうよそうよ。おかしいわ。あなたたち、何故床にへばりついているのかしら」
「みっともない。おほほほほ」
「おほほほほほ」
全員で哄笑すると、とうとう隊長は目を回してしまった。部下たちがずるずるとひきずって連れ出していった。
侵入者たちがいなくなると、皆どっと王のもとへ寄った。
「国王陛下、お怪我は!」
「ああ、そんなにうろこが剥げて。おいたわしい」
「なんという者たちだ!ええい、腹立たしい」
娘らも左右から父と祖母をとりかこみ、口々に、
「お父様、お婆様、大丈夫ですか」
「わたしはどこもなんともありませんよ。国王、傷はどうです」
皇太后に尋ねられ、王は首を振り、
「何ともありません。皆も、大事無くて良かった」
皆いっせいに安堵の息をつく。
「それにしてもお前たち、よくあの者たちを撃退してくれたな」
王は娘らを見渡して言った。皆も口々に、全くです、姫様方の御声がかかると、あのものどもぺしゃんこになっておりましたな。いい気味でした。さすがは姫君たち。等々、叫んだ。
「ええ、ですけど」
「私たちにも、何がなんだかさっぱり」
「ねえ」
「ただ、夢中で叫んだら、勝手に苦しみ出して」
娘らはお互いの顔を見て、首をかしげる。
「なんでもよい。お前たちの声がやつらにとって脅威なのは確かだ。そう簡単にこの王国を攻め落とすことは叶わないと、身に染みて思い知ったであろう」
「またあの無礼者どもが来たら、姫様たち、たのみますよ」
皇太后に言われ、姫たちはええといっせいに叫んだ。
「勿論ですわおばあさま」
「あんなやつら、けちらしてやりますわ」
「そう、わたしたちの中でひときわ美しい声の、末の姫がいれば、もっと」
王は娘らの顔を眺め、
「そう言えば末の姫がおらぬな。今日はどうしたのだ」
「ええ」
「姿が見えませんの。どこへ行ったのかしら」
それになんだか、と姫たち、それから下々の者たちの間に、微妙な雰囲気が流れた。
この頃の末の姫の様子が、なんだか変なのだ。
ひどく素っ気無く、冷たい。居丈高だ。
あの優しく、可愛らしい末の姫とも思えないようなことを、
『わたしの命令がきけないっていうの?さあ、早くして!』
『もっと綺麗な石はないの?わたしの美しい体を飾るには、もっともっと綺麗な石でなければつりあわないわ!』
相変わらず美しいあの声で、吐きつけてよこす。
人間の王子のことで、随分苦しんでいたようだし、王子がやっと見つかってからもずっと、叶わない想いに身をよじっていた。そのせいで少し、おかしくなってしまったのだろうと、皆可哀相に思ってそっとしておいてやっているのだが。
この国の一大事に、どこへ行ってしまったのか。
いやな不安が、皆の胸の底にわきあがってきた。

「一体、なんだあれは」
よたよたと引き上げたハチュウ人類の斥候連中は潜航艇の中で、なんとか一息ついていた。
「はい、どうやら…太陽光の波長に近い波形を、あの女たちの声は持っているらしいとの結果です」
「なんだと?」
太陽はこの水棲連中もあまり得意ではない。
「何故だ。ずっと深海に潜んで隠れ住んでいた者たちなのだろう。連中にしても太陽光は苦手の筈だ。何故そんな声帯を持つことになり得るのだ」
「はっきりしたことは、言えませんが…」
部下は言葉をにごしながら、
「長い長い年月の間に、連中の中にも、陽光に惹かれる因子が芽生え、知らず知らずのうちに陽光に順応し、取りいれようという者も現れてきたのではないでしょうか。ことに若い者たちにその要素が顕著だというのが、推定理由の一つですし」
この連中がもう少し王国の歴史を知っていたら、上の世界への興味や『行ってみたい』という動きがここ百年で急激に高まっていること、今までは行き来の無かったごく浅い水域の魚類たちとも交流が出来たのが、ここ百年である事実などからも、さもあろうとうなずいたことだろう。
「陽光に擦り寄るだと。いまいましい。するとなんだ、地リュウ一族の手でも借りてあの国を侵攻しろというのか。奴等などに借りはつくりたくないというのに」
不満気に、床をどんと踏み鳴らした時だった。
「隊長、何者か近づいてきます」
「映せ」
「はっ」
そこには、先程自分達に向かって頭の痛くなる叫び声を浴びせてきた女の一人、と思われる姿があった。彼らには全く見分けがつかなかったが、それは末の姫と呼ばれる、王族の末っ子だった。
『何の用だ』
「あんたたちに、手を貸そうというのさ」
美しい声で汚い言葉を使い、末の姫はニタリと笑った。

[UP:2003/9/22]
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