朝の空気の中を疾走しながら、竜馬は武蔵に追いついた。
「びっくりしたぜ」
武蔵が笑いながら言う。
「隼人がイーグル直してる間に、俺がお前を探しに行くことになってよ。さてと思って回りを見たらなんだかでっかい建物が燃えカスになってて、下でわあわあ騒いでてよ。よく見りゃお前が吊るし上げになってるし。なんだお前、火つけたのか?」
「だから俺じゃねえって言ってんのに、言葉通じねえんだ!おい武蔵、ここはどこなんだ?日本じゃねえようだが、俺はあいつにどこまで飛ばされたんだ?」
武蔵があさっての方へ顔を向けてほっぺたを掻いてから、
「えーっとな、リョウ」
「本当によ、なんでこんなに探しに来るのに時間かかんだよ。それに」
ここまで来て、さっきはばたばたとたたみかけられたのでつい気づかなかったことに気がついた。
「市街地に向かってるって…あれからこんなに長い間、あのメカザウルスなにやってたんだ?」
「だからよ」
武蔵が困った声を出した。
「俺も理解半分なんだ。わりぃけどその辺のことは、あちらさんに聞いてくれ」
と、ずっと道の片側を覆っていた繁みが、途中一箇所ごっそりなくなっている。びっくりしている竜馬に、
「この奥なんだ。通るのに邪魔だから刈っちまった。まずかったかな」
けろりと笑っているが、少年が知ったら多分、泣くだろう。だがそのことはもちろん竜馬も知らなかった。
「こんな…ところに、あったのか?」
竜馬は呆然と言った。
「…くそ、俺がどれだけ探したと…思って」
「ここいら全部焼け野原にしなきゃ見つからなかったろうぜ。もう見つかったんだから、いいじゃねえか」
ずけずけ言いながら、先に立って進んで行く。
奥に、少し開けた場所があって、ジャガーとベアーがとまっている。その向こうに、イーグルが地上におろしてあって、コンソールに向かって誰かが何やらやっているのが見えた。
「見つけてきたぜー」
武蔵が声をかける。おう、と返事がかえって、
「こっちも終わる」
そう言って、最後の点検なのか、計器類の反応を見ながら、顔をこちらへ向けた。
神隼人だった。
ぼぇー、と自分の顔を見つめている相手に、ちょっと不思議そうな顔になってから、すぐに笑みを滲ませた目になり、
「大分寂しかったようだな。甘ったれめ」
武蔵と同じことを言われ、くく、と笑われて、再度逆上する。
「馬鹿野郎!お前も山奥に一人で何十日もほっとかれてみろってんだ!他人事だと思いやがって!」
「だって、他人事だからな」
あんまりなセリフを言われる。だがその返事が隼人らしくて、竜馬は嬉しくてつい笑ってしまった。ちょっとヘンである。
ひとしきり笑ってから、
「さあ説明しろ。武蔵じゃさっぱりだ。お前ならわかってるんだろ?」
「まあな」
ぴー、と言って、パネルにcompletionという緑の文字が出た。
「よし終わった。武蔵、ベアーに乗れ。何やってる」
「なあ、この花すげー綺麗だぜ。ミチルさんにもってってやろっかなー」
武蔵は花をむしろうとした。少年が見ていたら泣き叫ぶところであろう。
「お前なあ、ひとに一刻を争うとか言っといて、花摘んでるんじゃねえよ。早く乗れ。おい隼人、説明」
「ああ」
すばやく、ジャガーに乗り込み、通信機をオンにする。
『説明しながら戻る。<信じられない>といった類の言葉は口にするなよ。言うだけ時間の無駄だ。あのメカザウルスが放った光弾はな、時空を歪ませて、対象を別の場所ないし別の時間に飛ばす』
「別の場所、…別の時間?」
ごく、と喉を鳴らしてから、ウソつけ、と言おうとしてやめる。そんなヒマはない。必死で、納得しようと努める。
「じゃあ、…ここは、…日本じゃないし、…だろうな。…時間って、もしかして電話がどこにいっても無いのは」
『電話がまだ無いくらいの、過去なんじゃないのか。でなければ第三次大戦後の未来か?』
黒いことを言われていやな味のつばを飲んでから、
「そういやお前、俺がすっとぶ前になんか気づいて言ってたな、消して飛ばすとかなんとか。知ってたのか?」
『よく覚えてたな』
意外そうな声に、
「そりゃあ、あれまでのことを何度も思い出し…別にいいじゃねえか。続けろ」
泣き言になりそうなので途中でやめる。
『次元の穴ってのは世界中に結構あってな。アメリカ南部で家から一歩出た所で靴を残して消えた農夫とか…イギリスで、消えた後数十年後に消えた時と同じ格好で現れた男とか。敷島博士が興味を持ってたんで、俺も手伝ってちっとばかり研究したんだ』
それから、ふと、独り言のように付け加えた。
『ゲッター線は生物の成長を促す作用があるのは知られているが、また時間と空間に関与し超越しようとする何かの意志の力もあるような気がするんだが…』
「なんだよ何かって。ゲッター神か?で、成功したのか?」
『半分な』
はんぶん?と竜馬と武蔵の声が重なった。
『時空のゆがみを作ることには成功したんだが、制御できなかった。<人の手には余る>ってやつだな。最後にはなんとか消滅させたが、所員が二名戻らなかった』
淡々と言ってから、
『ここだけの話だぞ』
付け加えた。
『まあ、今回の敵のはそれほど大きなものを飛ばすことができないのと、首が何本もある割にはやたらめったら光弾を吐きまくることができないらしいのが、なんとか救いだったな。だが、雑木林とイーグル号ならびに操縦係、くらいならまだいいんだが、下界まで降りられてはことだからな』
『まずいぞう。突然頭上からコンクリの塊なんかふってきて、歴史上の人物殺しちまったりしたら、とんでもないことになるもんな。ニッポンはいよいよ世界中に嫌われるぞ』
武蔵がげらげら笑っている。竜馬は呆れているのか驚いているのか、返事がない。そこに、
『幸い、お前という対象を転移させた後も、やつが作り出した別時空への穴はすぐに塞がらなかったんで、敷島博士に連絡をとってみたんだ。そうしたらあの後なんとか穴を安定させる装置を開発したと返事があってな。それでも試作品でそう長くはもたないそうだが…一か八かそれを使って、俺と武蔵で飛び込んで、探しに来たって訳だ』
「なんだと?」
竜馬が呆然とつぶやいた意味を、隼人はわかっているらしい。声がうなずいた。
『ああ。その穴というか門というか、をくぐる時点で、微妙に時間の進み方にズレが生じるらしいな。お前、何十日もほっとかれたと言ったな、さっき?』
「そうだ…え?おい、」
『俺たちは、お前がとばされてから、同じ穴に飛び込んでこっちに来るまで、30分と経っていないんだ』
「さんじゅっぷん?」
あの、記憶の中におさまってしまっている遠い風景が、こいつらにとっては、30分前のことなのか?
なんだか、頭がくらくらしてくる。
『リョウ、上空に変な逃げ水みてえなのがあるだろ?あそこが出口だ』
武蔵に言われて見上げると、確かに、夜があけてゆく中空に、巨大な凸レンズでもあるかのような、宙に水溜りが浮かんでいるような、奇妙な空間がある。
『出たら、すぐに奴を追って、倒す。行くぞ竜馬』
「おお」
怒鳴り返して、思った。
ここからもとの場所に戻って、倒して、すぐに戻って…
俺にとっての数十日が、こいつらにとっては30分。…
どんなに急いで倒して戻っても、こっちでは何日後のことになるのかわからない。その時、あの子供はどうなっているだろう。
全身から嫌な汗が噴き出る。
三機は、真っ直ぐにその水溜りに突っ込んだ。
内臓が裏返しになるような感覚に、吐きそうになる。
歯を食いしばり、一回目を閉じ、開けると、逆さまに飛んでいた。
『リョウ!落ちるぞ』
「わかってる」
なんとか機首を戻し、下を見ると、ばしばし放電している巨大なパラボラアンテナのような装置の側に、敷島博士と数人の所員がいて、今手を振った。
「おお、リョウのガキか!戻ったのか!どうだった、タイムマシンとどこ○もド○を使った気分は」
「呑気なこと言ってやがる。こっちは本気で、どうなるのかって」
泣き言を言いそうになってのみこむ。
「そうだった。嬉しがってもいられねえんだ、お前ら!」
『なんだよ、急に』
「俺はあいつを倒したら、もう一度さっきの場所に戻らなきゃならねえんだ」
『何故だ』
「いろんな事情があるんだよ!とにかく急ぐんだ!」
臭い。考えてみるまでもなく、自分が臭いからだ。せまいイーグル号の中は、むせかえるような状態になっている。服も髪も体中も、汗と煤と泥でかたまっていて、気持ち悪いことこの上ない。だが、それどころではない。
「いくぞ!」
絶叫し、イーグルは身を撓めるようにして先を行くメカザウルスの背を追った。
『何なんだ?リョウの奴』
『さっきまでいた場所で、何かとあったんだろう。何しろ一ヶ月くらいは居たんだろうからな』
三機が猛烈な勢いで敵が破壊し、消滅させていった道の上を降りてゆくと、かなたに敵の背が見えてきた。
「居やがった」
言うなり竜馬は更に速度を上げる。シートに体がめり込みそうだ。と、一本の首がこちらを振り向き口を開いた。あの時も見た、白く輝く光が急速に口の奥に閃く。
「…!」
どうやってかわしたのか、後からもう一度やれと言われても出来ないだろう。流竜馬スペシャル、の動きで、竜馬はぎりぎりで避けた。
『竜馬!接近しすぎるな』
「接近しなくちゃ倒せねえだろが!」
怒鳴り返し、身を捩って敵を追い越す。
「お前ら、早く来い!」
『そんなことを言われても。でもな』
『まあ、行くしかねえだろう』
竜馬が一回誘って光弾を吐かせたので、敵にとって僅かなタイムラグが出来る。その間に二機は敵の頭と尻尾と腕とを避け、回りこみ、竜馬の更に前に出る。
「急げよ隼人。武蔵、行くぞ!」
『おお!』
ふっと上に出た武蔵の背後から、イーグルが突入する。その状態で一回敵の光弾をかわしてから、竜馬は更に上で待つ白い機体に、チェンジレバーを押し込みながら、突っ込んだ。
「チェェエェェエェンジゲッタァアアァァァアアアアァ、」
『2ゥウ!』
三人の怒鳴り声とドッキングの衝撃とが体を揺るがし、今まで切れていた他の二機との接続が『生き』になったことを示すパネルのランプが、まるで目を見開いたようにともった。ひときわ細身で流線型の白い巨人が、敵の前にすと降り立つと、次の瞬間見えない程の速度で移動した。
竜馬の焦りが伝染したのか、竜馬の焦りを汲み取ったのか、隼人はやたらと急いで敵の首を飛ばし、腹を抉って、火柱を上げさせた。
『ふわあ、終わったか。それにしても、やーれやれ、どのくらいの量のモノが今ごろどこにいっちゃったんだかなあ』
『もう塞がってしまっている穴もあるしな。全ての調査は無理だろうが』
『だなあ。どうする?早乙女博士に聞いてみるか』
『敵の首は、敷島博士が大喜びでもらっていくだろうが、とりあえず』
「後にしろ!後だ!俺は戻る。オープンゲット」
わめいて、強制的に合体を解除すると、すっとんでいく。
『おい、リョウ、待てってば』
「待ってられねえ!お前らいいからついてくんな!」
『言っておくがな竜馬』
もう一人が通信してくる。
『さっきも言ったように、敷島博士の装置もあまりアテにはならん。ぐずぐずしていると装置がオシャカになってあの場所に閉じ込められるかも知れないぞ』
「わかってる!」
『ならいい』
何がどういいのか。まあ、<止めても無駄だろうが、言うだけは言ったから>というところか。
しかし、竜馬の意表を突いて、二機の機影が自分についてくるのに気づいた。
「なんだお前ら!来なくていい!来るな!」
『まあまあ。リョウがながーいこと世話になったやつがいるんだろ。放火もしたようだし、ひょっとするとニ三人やっちゃってるかも知れないし、ここはひとつ上の人間が対処しないとな』
「上の人間って誰だ!放火なんかしてねえ!やっちゃってるって何だ!」
『お前、言葉も通じないで勝手なことしてたんだろう。仕方ないから代理でさまざまな失態を詫びてやるよ』
「なにを!お前なら通じるてのか」
『多分な』
ちきしょー、勝手に、えらそうに、大きなお世話だ、と顔中くちにしてわめきながら、心の奥底では、『ちぇっ、おせっかいな野郎どもだ、嬉しいじゃねーかよ』と思っていた。
そのまま、赤と白と黄の機体は線になってあの空間に突っ込んでゆく。
「おい、まて、三人とも!やめろー!あんまりもたんぞこの装置ー!行ったきり戻ってこんのではデータもとれーん」
敷島の声が、
「待たんかこらー!まてといって…」
途中から嫌な歪み方をして、ぶつんと切れた。
向こうの空間に出た途端、雪まじりの突風に襲われて、ちょっとびっくりする。空は真っ暗で、悪天候のせいで今が朝なのか昼なのかもわからない。
「ゆ、雪?」
『少なくとも、さっきまでと同じ週ではないようだな』
「同じ月じゃねえ!くそ、あれからどうなったんだろう」
大急ぎで村まで行こうとした竜馬に、
『待て。こいつをここの連中に見られる訳にはいかない。降りるぞ』
「があ~~~!!」
怒りと苛立ちで気が違いそうになりながらも、竜馬は仕方なくその場所、一回目に飛び出してきた時と同じ場所に、今度はちゃんと着地させ、ものすごい勢いで飛び出して行った。
走る。走る。雪はもう随分積もっていて、足がとられる。何度か転びそうになり、一回は本当に転んだがすぐに立ち上がり、遠く見える村の乏しい灯に向かって全力で走った。
こんなに必死で戻って、…それであの子を連れていこうとでも思っているのか?現代の日本に。こんな惨めで悲しい暮らしから救い出して、そのすばらしい絵だけ描いていられる生活をさせてやろうと思っているのか?
それは間違っているだろう。それはわかる。だが、それなら、こんなに必死で駆けつけて、それであの子になんと言うつもりなのだろう。約束を守って戻ってきた。俺がいない間ひどい目に遭わされなかったか?遭わされたら済まなかった。
それはそれとして、俺は元の世界に戻れるようになったから、今度こそお別れだ。じゃあ頑張ってな。…
首を振る。答えも出ていないのに俺は急いでいる。そして、竜馬は速い呼吸の中で気づいた。
なぜかひどく気が急くのは、あんな形で置いてきてしまった負い目だけではない。
俺は何かを感じている。何かとは…
村の入り口に立ってざっと見渡す。家という家は扉を閉ざし、押し黙っている。まるで葬式が出たようだ、と思ってからすぐになんて縁起の悪いことを言うんだろう、と自分に腹を立て、同時にびくりとする。
そうだ。俺は怖がっている。さっきから俺は何をこんなにこわがっているのか。
だ、と村の中に入り、村を縦断している道をまっすぐに走る。アヒル小屋のあるあの家まで行けば、右手奥にあいつの家が見える。走りながらちらと見上げた、あの地主の豪邸にも、灯りがない。
足が止まった。
あの子供の家に、灯りが見える。扉が小さく開いて、室内の灯りが外にもれているのだ。
竜馬はひととびで家の前まで行き、思い切り扉を開いた。中には、
幾人もの人間がいて、そろってこちらを見た。
あの娘、因業地主、いやみな隣りの中年、あの日竜馬に向かってきた村人たち。竜馬がこの村で見たほぼ全員の顔があった。
そして、あの子供だけがいなかった。いや…忠実な友も。
その場にいた全員の顔が、鉛色だった。絶望と悔恨と恐怖を混ぜ合わせた絵の具があったらこんな色だろう。娘が、更に怒りと気の狂いそうな悲哀をふたつの目にのせ、言葉の代わりに涙を流し、何かを叫んだ。
「―――何があったんだ」
怒鳴りたかったが、かすれた風のような声しか出なかった。
娘はずっとなにかを泣き叫んでいたが、最後に両手で顔を覆って、ただ泣き出した。父親は黙って突っ立っている。娘を慰める余裕すらないらしい。娘の、真っ赤なコートが、ドアから入ってくる風でゆれている。
「おい、あのガキはどうした?どこにいる?なにがあったって聞いてるんだ!」
声が跳ね上がっていく。脳裏に、あの最後に見た、何もその手に残っていないような顔が浮かんできて、どうしようもない。
「ちょっと待て。俺がきいてやる」
背後から声をかけられて、喘ぎながら振り返ると、今着いたのか隼人とぜいぜいと喉を鳴らしている武蔵の姿が戸口にあった。
「わかるのか?」
「多分な、と言ったろう。ちょっと待ってろ」
そう言って、隼人は村人たちに近寄ると、いくつかの響きの違う言葉で、なにやら話しかけた。
途中までは要領を得ない顔をしていた村人たちも、ある時点から急にべらべらと喋りだし、はっとした娘が顔を上げて隼人の側に行くと、ひときわ大きな声で何かを叫び出した。それを、今度はオヤジがそっと押さえる。
じりじりという音が聞こえそうな顔で、うなずいたり聞き返したりしている隼人の様子を凝視している竜馬に、武蔵は、しかし寒いなあストーブはねえのかとか言おうかな~と思ったが、やめておいた。賢明だったというべきだろう。
幾度かうなずいた後、隼人は振り向いて、竜馬に向き直った。
「なんだ」
喉がからからだ。
「この家の子供がいなくなったようだ」
端的にあっさりと、やや早口で言う。
「俺は詳しい事情は知らないから聞いたままを言うぞ。『火事があった後、放火犯に牛乳運びをさせるのはやめようということになって、仕事を取り上げた。いつまで経っても家賃を払わないので出て行けと通達した。この家の持ち主がほぼ全財産の入った袋を落としたのをここの子供が拾って届けた。後日やってきた技師によって、風車小屋の火事は強風で羽が煽られて軋みながら回った結果の摩擦によるものだと判明した。謝罪をするために』」
隼人は一回息をついだ。
「『全員でやってきてみたら、家賃が払えないのでせめてここの家財道具を売って家賃にあててくれ、犬のことを宜しく頼むと書き置きだけがあって、子供の姿はなかった。』…ついでだが犬もいないと、この娘が言っている」
隼人が娘を見ると、娘はなおも何か叫んだ。涙があとからあとから噴き出してくるのを拭いもしない。
「…それから、『絵は落選したので、賞金も入らなかった』だそうだ」
すると、一番戸口に近い位置にいた男が歩み寄ってくる。その男の手にあるものを見て、竜馬が口をあけた。声は出なかった。あの子が描いていた、祖父と友の絵だ。
男は静かな低い声で、隼人と、一同に向かって何か言い始めた。と、村人の顔色が更に暗くなってゆく。
「…『私はコンクールの選評員のひとりだ。最後までもめて、落選はしたが、わたしは今でもこの絵が最も優れた絵だと思っている。ルーベンスの再来を見る思いだ。このまま埋もれさせるのは惜しいから是非特待生として絵の勉強をさせたいと思って今日やって来た。何かあったようだが』」
同時通訳をしている隼人の声を聞きながら、どんどん、どんどん竜馬の顔がうつむいてゆく。
かたかたと何か鳴っていると思ったら、竜馬の体が震えているせいで、床が振動しているのだった。かたくかたく握り締めた拳がどんどん力をはらんで、白く、節くれだってゆく。
「―――だから」
最初は擦れた無声音だった。
「だから、言ったじゃねえか」
続いて、怒号が、小屋を揺るがす。一番最初に、地主を怒鳴りつけたのよりさらに強く高く、激情に後押しされた悲痛な絶叫だった。
「遅いんだよ!遅い、馬鹿野郎!なんでこんなに遅くなってから気づくんだ!馬鹿か、てめぇらは!全員大バカ野郎だ、ちくしょう、俺がもう少し早く戻って来ていたら…」
憤怒で体が火を噴きそうだ。全員がその叫びに撃たれたようになって、立ち尽くしている。意味はわからないが、別に翻訳の必要も無い。
「どこに行ったって?どこに?どこに行けるっていうんだ!このほったて小屋以外に、あいつが雪をしのげる場所があると思うのか!あいつが温まれる場所なんか、この世にひとつもないんだぞ!」
あまりにも不吉な自分の言葉。まるでそれは…
真っ黒い未来を予言してるようだ。
誰一人動けずに、竜馬の絶叫を聞いている中、
「おい。落ち着け」
隼人が近づいて、手を伸ばし、痙攣に近いほど震えている竜馬の肩を掴んだ。かなり強い力で、自分に向き直らせる。
竜馬が隼人の目を見た。
どんなに叫んでも足りない、そして何を叫んだところで無力なくちびるが震えている。内臓もちぎれそうな怒りと嘆きで頬がひきつり、蒼白だ。そして、強く強くしかめられた眉が、ふ、と八の字になりかける。
その目が、
「隼人、」
今にも割れそうだ。青く脆いガラスのように。
「どうしたらいいんだ」
そして声が。
訴えている、縋っている。
泣き出しそうな竜馬の顔なんて、一生に何度見るだろう?
隼人は頬が熱くなるのを感じた。それから、うん、とうなずいてやる。
「落ち着け。何か手はある。まだ間に合うさ」
掴んだ手に更に力をこめる。痣になるほど。それは丁度別れる時に竜馬が少年にしたことだった。
竜馬は何か言いかけたが、ぐっと奥歯を噛んでやめた。多分、保証を求める言葉だったのだろう。
ぽんと一度叩いて手を離し、少しの間考えていたが、すぐ顔を上げた。
絵の選考委員だと言った男に向き直って、何か言った。絵を見せてくれと言ったのだろう。男はすぐにそれを手渡し、何事か話し始めた。
幾度かうなずき、絵をじっと見て、
「確かにいい絵だ。後世に残るくらいの」
呟いた。竜馬が前に出て、
「ああ、すげぇ、すげぇ絵を描くんだよ、あいつ。まるで魂そのものみてぇな絵を。俺ぁ絵なんてわからねえが、あいつが描いた俺の絵は、本当に、」
胸が痛くて声が出なくなった。…お前らに見せたいと思ったほどだった。
武蔵が後ろからのぞきこみ、ふわぁとため息をついた。
「あれだな、西洋の、キリストさんとかの絵みたいだな。このじいさんなんか、本と、神さまみたいだ」
「キリスト。…ルーベンスの再来か」
呟いたのを聞いていた娘が、泣きながら、隼人に向かって口を開いた。短い言葉だったが、隼人の目が強くなった。
「何だよ?何だ?」
「彼はとてもルーベンスが好きだったと、言っている。…ここはな竜馬」
隼人が一回目を閉じてから、竜馬を見て、
「連中といろいろ話してわかったが、俺たちの世界から150年ほど前の、ベルギーだ」
「ベルギー…」
「ここはホーボーケンという小さな村だが、…歩いて行ける距離に、アントワープという大きな街がある。そこに、ここの世界で200年ほど前に居たのがルーベンスという、偉大な画家だ」
「…そうなのか。…待てよ、歩いて行ける大きな街って…」
竜馬は顔を上げた。
「おい、娘、あいつが毎日牛乳運んでたのって、もしかしたらそのアントなんとかじゃねえのか?」
隼人が翻訳すると、娘は激しくうなずいた。
「そうだろ?だよな?俺も足の怪我が治ってから、一緒に行ってたんだ。そこで牛乳をおさめてから、帰りに必ず立ち寄ったのが」
でっかくて寒くて冷たくて、…一番最初に行った時勝手に絵を見ようとして怒られて…あいつはいつもきちんと絵の下で祈ってた。
「…あれは何て名前の寺なんだろうな」
「ノートルダム大聖堂だろう」
言いながら、隼人は少年の描いた絵をじっと見つめている。
貧困と差別との底辺で描いた、まるで魂そのもののような絵だ。そう、竜馬も言った。
もはや、この世で温まる場所のない少年の、おのれの魂が欲するものといったら。最も近くにいて、最後の息をしていたいと思うのならば。
―――本物の絵を描くことが出来た人間が。
「賭けるか」
隼人が呟いて、それから顔を上げる。竜馬が自分を凝視していた。
「お前の言った寺とやらだ。行こう。ジャガーに一緒に乗れ。街の側まで来たら降りて、走っていけ。ゲットマシンを見られたくないし、それが一番速い」
「わかった」
ばっと身を翻して、外へ駆け出して行った。武蔵が慌てて後を追う。
隼人の背に娘が悲鳴を上げた。
「待ってちょうだい。何なの?どういうこと?」
「全力をあげて努力する、としか言えない」
隼人は振り返ってそれだけ言うと、自分も出て行った。
雪はどんどん積もっていく。風は強くなり、竜馬を押し返そうとする。それを振り払い、押しやって、竜馬は走った。一回よろめいた所で、隼人に抜かされる。歯を食いしばって相手の背を追った。考えてみると、あの小屋の火事を消してからずっと、休んでいない。だが、勿論、そんなことは頭から一瞬で消える。しかしどうしても足がもつれる。
なんとか、ゲットマシンのある場所までたどりついた所に、先に着いていた隼人が手を伸ばして竜馬の腕をつかむと無理やり引き上げた。
「行くぞ」
「ああ」
ジャガーが爆音と共に上空に浮上し、続いて機首を北へ向けた。
狭いコクピットの中、隣りでうずくまっている竜馬の体が激しく震えている。寒さと恐れと、怒りと、それから何だろう。
相手の顔を見ないまま、隼人はただひたすら速度を上げた。ジャガーにとっては『ひとっとび』の距離だ。荒れ狂う視界にはぼんやりした影しか見えないが、
「竜馬、そろそろだ。場所はわかってるな?」
「当たり前だ」
すべりおちるような角度で高度を落とす。わずかに開いたキャノピーからすさまじい勢いで風が舞い込んできた。竜馬は無言で、手をかけると、外へ跳んだ。着地し、衝撃ですっとんでニ三転する。胸を打って咳き込みながら立ち上がり、苦しみつつも走り出す。今は、苦しむことさえ含めて何もかもが後回しだ。
ひっそりと嵐の中居すくまっているような街の中に入り、あの大きな黒々とした姿を目で探す。尖ったシルエットが数本、天を指している。やってくるものを迎える準備のように。
竜馬は走って、走って、一度転んで、立ち上がるとまた走った。こんな寒い夜に、訪れる者もいない、神へ祈りを捧げるその場所の扉に手をかけると、力一杯押し開いた。どっと中に飛び込んで、
そして竜馬は目を見開いた。
聖母像の絵の真下に、あの少年と、友が倒れていた。
「おい、クソガキ!」
絶叫し駆け寄る。襟首を掴んで引き上げる。顔は真っ白で、くちびるにも色がない。眉は静かに一文字で、目は軽く閉じられ、何の苦痛もない、安らかな表情をしている。こんなに安らかな顔で眠ったことは、おそらくこれが初めてだろう。
一瞬、ほんの一瞬だけ、竜馬は動きを止め、しかしすぐに、右手を大きく振りかぶった。
ばしん!
すさまじい音がする。竜馬の手が少年の頬を張っていた。ぐらり、と首が振れる。金色の髪が踊った。
続いてもう一発。今度は手の甲で逆側の頬を打つ。再び、顔が揺れて、戻ってくる。破裂音が高い高い天井の空間に反響する。
う、うう、と唸り声がした。少年の隣りで、ひっそりと床に寝そべっていた少年の友が、なんとか身を起こし、歯をむき出して、怒りの声を上げたのだった。目に、怒りと憎しみの火が燃えている。だが、竜馬はそれを無視して、もう一発、真実容赦のない平手打ちを見舞った。少年の頬が赤く染まり、くちびるから血が流れ出す。
友は激しく吼えて、竜馬に飛び掛かった。こんな力が残っているとは、思えないほどの速さと力強さだった。それを避けもせず、少年を放した左腕で受ける。鋭い歯が、竜馬の二の腕に深々と打ち込まれた。だがひるみもせず、その牙をにらみつけると、怒鳴った。
「ひっこんでろ!この犬っころが!」
そして腕ごと、少年の友を床に叩きつけた。だが噛み付いたまま離れない。もう一度振り上げて、再度叩きつける。まだ離れない。
「こいつと一緒に死んでやるのがてめぇの忠義か。馬鹿!てめぇの肉を食わせてでも、こいつを生かそうとしてみせろ!」
そして思い切り蹴った。ようやく離れて、悲鳴を上げて床を滑ってゆく。
その時、少年が、小さくうめいたのが聞こえた。
振り返る。少年が、目を開けて、口を開き、痛みに顔をしかめた。起き上がろうとしたが無理のようだ。その頭を支えて、起こしてやると、目に竜馬の姿を映し、
驚愕、それから信じられないという思い、ゆっくりとこみあげてくる喜び。しかしそれは、『これで助かった』ではなく、『最後にもう一度会えてよかった』という類の、喜びの表情だった。覚悟と、達観の影が、額から眉のあたりにさしている。竜馬に殴られて赤く腫れ始めた頬だけが、まだこの子が生きて血をめぐらせていることを伝えている。
何か言おうとした竜馬に、少年は懐から、ゆっくり、何かを出して見せた。きのこの雑木林の箱だった。
家賃のかわりに何もかも置いていこうと思ったけれど、これだけは、持ってきたのだ。不思議な巨人、荒々しくて凶暴だけれども、少年のことを庇ってくれた大男の友情の思い出だから。
にっこりと笑う。その笑顔を見て、竜馬は、腹の底がつめたくなった。
諦めている。いや、楽になりたがっている。
絵と、友と、あの娘だけが、この世での喜びだった。…もういい、友といっしょに、思う存分絵の描けるところへ行こう。
あの娘は泣いてくれるだろうが、せめて幸せをあっちで祈ろう。先に行っている、大好きな祖父とともに。
何のために苦しむのか、もうわからなくなった。最後に、このひとにも会えた。思い残すことは…あとひとつだけあるけれど、もういい。
もう。…
少年の中でそう区切りがついたのが聞こえたかのようだった。
突然、背後から光が降ってきて、竜馬は驚いて振り返った。
あんなに激しい風と雪が荒れ狂っていた筈なのに、天井近い高さの窓から、黄金の光が燦々と差し込んでくる。月か?いや、雲が切れて月の光が射したにしては、光が強すぎる、そして太陽にしては、
光が冷たすぎる。
「おい…」
武蔵がひきつった声で、隣りの隼人というか、自分自身に向かって、呟いた。
二機を街の外におろして、どのくらい前にか、駆けつけてきた。少年がまだ生きているらしいことがわかって、なんとか息をついたところだった。入り口に立つその二人と、今ようやくよろよろ立ち上がった少年の友、それから驚いて振り仰いで入る竜馬の目に、
風だろうか。三連の絵にかかっている、大きくて黒い幕が、ゆらぎ、それからまくれ上がってゆくのが見えた。
まるで、見えない大きな手が、ゆっくりとつまみあげてゆくかのようだ。
背筋がつめたくなる。人外境の光景だ。高い高い所から、おごそかで、感情の無い聖歌が聞こえてきたような気がする。
弔いの歌だ。
竜馬は数秒かたまってから、後ろを見た。
少年は薄れゆく意識の中で、頭上遥かな、見ることを願って焦がれてやまなかった憧れが、今自分に向かって姿を明かそうとしていることに、気づいた。
二つの目に、狂気に近い悦びが浮かんでくる。たったひとつ、思い残すことが、叶えられようとしている、
神か、あるいは死神の手で。
限りない慈悲か、面白半分の気紛れで、少年の最後のひとときのために、奇跡はおこされようとしていた。
「見るな!」
怒号が、厳粛な空気をぶち壊す。竜馬は少年の前に立ちはだかった。
少年の眉に、目に、哀願が浮かぶ。ゆがんだ唇から何か聞こえた。
隼人には、切れ切れなその言葉が解った。
お願いだから、あの絵を見せて。あれさえ見られれば、それでぼくは、
満足していけるんだ。
だが、竜馬は首を振ると、突然膝を床につき、少年の冷たい冷え切った体を自分の胸に抱きしめた。大きな掌が、少年の頭を掴んで、ぎゅううう、と自分の胸に押し付ける。鋼のような腕が、少年のか細い体を締め上げて、痩せ細ったその体は今にも折れそうに撓んだ。
少年の口から苦痛と、拒否と、なおも懇願のうめきが上がった。
「見るんじゃねえ。おい、どこの誰だか知らねえが止めろ!こいつにはそんなものはいらねえっ!」
少年の目から涙が溢れ出した。
これさえ、見られれば、ぼくはようやく、満足して…
楽になれるのに。
押し付けられている胸が熱い。煤と汗の匂い、ものすごい速度で鳴っている心臓の鼓動。頭をしっかりつかまえて固定している手の力、それら全部が、
少年にそれを許してくれない。
泣き続ける少年を胸に抱き締めたまま、
「いいか、ガキ、お前はな、自分の力であれを見るんだ。立ち上がって、大きくなって、絵を描きつづけるんだ!そして、お前の絵が売れた金で、あの幕を外せ。お前の力でずっと、ずうっと、あの幕がかからないようにしてみせろ」
言葉の意味はわからない。
初めて会った時から、そうだった。
だが、言葉以外の全てが、竜馬の気持ちを、少年に伝えてくる。手や、胸や、荒っぽい動きや、熱で。
それは、最初から、変わらない。今もだ。
少年は、竜馬の手の力に逆らって、胸の中で顔を上げた。
その顔を、目の前に見据え、竜馬は叫んだ。
「ガキ、逆らえ。てめえの意志で生きようとしてみせろ。大人しく諦めるな。
お前は人間だろう。生きろ。生きてみせろ!」
少年の二つの、青い青い目に、竜馬の顔がそれぞれに映った。それから、どのくらい経ってからだろう、少年の目から再び涙が溢れ出し、
少年は、大声を上げて泣き出した。それは、実のところ、この少年を知っている人間全てにとって、初めてのことだった。低く、声を殺して、心も殺して流すような泣き方しか、したことがなかった子供だったのだ。
竜馬の首に手を回して、喉のあたりに顔を押し付け、少年は声を上げて泣き続けた。
その体と、頭とを、竜馬は後ろの何かから守るみたいに、しっかり抱き締めたまま、じっとしている。
二人と、一匹は、しびれたようになって、ひたすら立ち尽くしていた。…
ふと気づくと、光は消え、まるで何もなかったかのように、幕は元通り下ろされていた。目論見が不発に終わって、不満げな空気が、気のせいか辺りにたちこめているような気がする。
「神だろうと悪魔だろうと、あいつが従うもんかよ」
武蔵がにやりと笑って、なあ?と言った。
「そうだな」
同じ笑い方をして、隼人は肩をすくめた。あいつが素直に従うものなんか、何も無い。せいぜい、
食事の前には手を洗ってちょうだい。ちゃんと洗ってきたら、デザートつけてあげるから、というミチルの子供だましのような言葉くらいだ。
そして、本当に随分あってから、その頃には泣き止んでいた少年が、もう一度顔を上げ、竜馬を見た。静かな、大人の、しかしやはり汚い顔で自分を見つめている男に、少年はまだどこか辛そうに、しかし、
また、どこか、今までと違う表情で、微笑んだ。そばに、少年の友が来ていた。その頭を撫でてやり、
ごめんね、と言ったのを隼人は聞いた。お前が一緒にいってくれるなら、寂しくないって、思っちゃったんだ。…すまなかった。
竜馬も手を伸ばし、噛めよ、と差し出した。
「さっきはひでえことをしちまったな。でも謝らねえぞ」
しかし少年の友は噛み付かなかった。かといって擦り寄ってくるでもなく、黙って竜馬を見返している。
自分には、出来ないことを、あるじのためにしおおせてくれた男。
あるじをぶちのめし、叱りつけ、腹立たしいことおびただしいが、多分、
この男は、あるじにとって、大事な大事なものを、教えてくれたのだ。
あるじがこの先、生きてゆくために。
竜馬の背で、少年の体が揺れている。少年の友が、すぐ側について、少年を見上げている。
二人と一匹は、この顔ぶれで幾度も歩いたこの道を、村に向かって、歩いていた。
雪は未明に止み、桃色の雲が素晴らしい速度で流れて行く。
純白の平原の中を進んでゆきながら、少年を背負った竜馬が、顔をあげ、空を仰ぎ、深呼吸した。
背中で、少年も、真似してみる。それを、少年の友が見上げ、首を傾げた。
人目につかないところに置いてあった二機のゲットマシンはすっかり雪だるまになっている。雪下ろしをしている手を止めて、その姿を見送りながら、
「それにしてもよ、隼人」
ふと武蔵が尋ねた。
「あの子供に、もうお前はこれからは追い出されないし、娘とも付き合えるし、絵の勉強も出来るんだって、なんで教えてやらないんだ?お前ならできるのに」
「そうしてもいいんだが」
隼人はちょっと空を仰いで、
「そういうことになってるって知らなくても、あの子供は何とかして生きようって顔になってたからな。だめだと言われても何とか頼んであの家においてもらうとか…ただ働きしてでもどこかの家に住み込ませてもらうとか、な。
なら、俺が教えなくても、村に戻ればわかることだし、言う必要はないさ」
「そうか」
武蔵はうんとうなずいた。丸い顔がもう一度うなずいて、
「そうだな!」
歯をむきだして笑った。おてんとうさんのような笑顔だった。
はるかな東の果てが、ゆっくり、ゆっくり、新しい一日のために輝きはじめ、やがて、夜明けの道を歩く二人と一匹の上に、黄金の光が投げかけられた。
あとがきです。
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