あまりに眩しい光は、目を閉じても、瞼など突き抜けて眼球に突き刺さる。
呉は腕で目をガードしながら、何が起こったのかを考え、どこからか攻撃が来るのか、今現在自分の体はどうなっているのか、懸命に神経を張り巡らそうとした。が、ほとんど光の奔流の中でもがいている状態だ。
歯を食い縛って、片方の手でなんとか鉄扇子を掴む。
どれだけの時間の後かわからない。もう何時間も過ぎた後のような、ほんの数秒だったような、どちらとも知れない経過の後、呉の体は一瞬宙に留まり、次の瞬間どこかに叩きつけられた。
「うぐ」
痛みでうめくというよりは、物理的に腹を潰されて体内の空気が押し出された、ような音を喉から出して、苦痛に耐える。そうしながら、必死で鉄扇子を引き出し、自分の置かれた状況を判別しようと、目をあけた。が、目はチカチカと飛蚊症のような状態に陥っていて、ものの輪郭が全然つかめない。ただ、あの暴力的な光は消え去り、ぼんやりと緑色のものが見える。
もやもやと手足が痺れている。なんだか、ひどく不快などろどろした液体が、指先に流れていく感じがして、思わず指を見たが、やはり指は肌色のかたまりにしか見えない。
自分の腰がついているのが地面で、つまりこちらが下なのだと思うのだが、どんどんその感覚が崩れていくようだ。地面がぐうっと斜めになってゆくような気がする。転がり落ちてゆきそうで慌てて手を突く。
気持ちが悪い。吐きそうだ。片手で口を押さえ、もう片方の手は鉄扇子を自分の支えのように握り締める。口をおさえていた手を無理に、もう一度地面に突き、立とうとした。
「まだそのままで居ろ」
どこからか聞き覚えのある声がやってきた。
中条長官!
声の方を見た。そちらが上だ。それだけははっきりしている。
水の中で目を明けたような視界が、次第に明晰になってきた。その中に、中条の横顔があった。
いつもと全く同じ顔だ、横から見ているので、目が見えている。…何にも動じない、静かで、本当に水のような眼差しだ。
それを見て、呉はすうっ、と落ち着いた。
幾度か瞬きをしてから、一度ぎゅっと目を瞑り、もう一度明ける。
ようやく、上と下の感覚がしっかり掴めるようになっていた。さっきまで捕らえられていた不快感はまだ残っていたが、幾度か呼吸して宥める。
呉は黒曜石のような輝きの、丸い石の台のほぼ中央に腰を下ろしていた。すぐ側に中条が立っている。片手に、セビロを持ったままだ。
そこは周囲より少し高い位置にあった。櫓が組まれ、祭壇のようになっている中心にある。御神体でも奉ってありそうな場所だ。
その更に周囲は緑の森だ。四方に広がっている。高い位置のここからは、一本だけ拓けた道の彼方に集落のようなものがあるらしいのが辛うじて見える。
ついさっきまで、自分が見ていた景色とは、まるで違っている。ここは遺蹟の一番低い場所で、半日前まで泥水に浸かっていて、 そこら一帯に機械類が並んでいて、その向こうに仮宿舎があって…
同じなのは、もうすぐ暮れそうな空の色だけだ。
…何故、こんな景色に変わっているのだ。
それから、呉は、この祭壇を取り囲んでいる数名の人間に目を移した。
実に、簡単質素な身なりだ。黒いというよりは赤い肌の下半身を、葉を編んだようなもので覆っているだけだ。いや、首飾りや手首、足首になにか石のアクセサリーを付けている。髪は短い。
驚愕と、感嘆と、畏怖でつくられた仮面を一様に顔に貼り付けている。どの顔にも、途方も無く濃い疲労が見て取れた。
そして一人だけ、長い布に穴を開けて首を通したような衣裳を纏い長い髪を結い上げて飾った人間が、進み出て二人を見上げた。
女だ。まだそう歳はいっていないが、呉よりは年上に見える。何よりも、その顔、その目に湛えられた暗い色が、女をひどく老けさせて見せている。
胸に迫るような絶望が目にある。泣いたり悔しがったりする、気力もない程の。
その顔を見て、呉は、思わず声をのんだ。
この女を見たことがある、と思ったのだった。
どこでだろう。
必死で思い出そうとしている呉の顔を、女は黙って暫く見つめたあと、口を開いた。
呉の驚愕がさらに大きくなる。
何を言っているのか、内容はさっぱりわからないのだが、
このひとだ、と呉は思った。
毎夜、夢に出て来て、泣いている誰か。
ひどく絶望して、むせび泣いている、姿もわからない誰か。
この人だったのだ、と思ってから、なにか、…ごくごく僅かな、違和感をおぼえた。
この人じゃないのか?と自問してみると、いや、この人だろう、とは思う。
今は泣いている訳ではないが、心は、泣くより深い悲しみの中に浸っている。慟哭しなくても、声は涙の中から出ている。
その声の波が、霧の向こうのようなあの泣き声の波長と合致する。やはりあの泣き声の主だと思う、そばから、
何か違う、と思う。
何が違うというのだ。
いや、はっきりこれとは言えないが、何か違う。
自分が二人になって言い争っているようなもどかしさと苛立ちに、呉は顔をしかめ、頭を振った。
「大丈夫か」
低い声が再び肩を叩く。呉は慌てて答えた。
「はい。すみません」
二人が言葉を交わしたことで、男たちは顔を見合わせざわめきだした。女が振り返って何事か告げる。
皆が黙った。それから、再び二人を見上げる。視線に、攻撃色や敵対の意志は見られない。どうやら、急に襲ってくる気づかいはないようだ。
呉はゆっくりと立ち上がってみた。体のどこにも異常はない。骨も折れていない。
それから、今では黙って自分を見ている、女に、言葉が通じないという身振りをして、それでも、
「ここはどこなのだ?あなた方は誰だ?何故私たちはここにいるのだ?」
答えを求めるというよりは、自分自身に現在の疑問を確認するように、そう尋ねた。
それから、
「陽はどこだろう」
手を掴んだのは覚えているが、今はどこにいるのか、目に見える範囲には居ない。
「陽君?」
中条に尋ねられ、はいと答える。
「さっき、地面が揺れた時、彼が滑り落ちてきて、手を掴んだのです。その後、光が足元から噴き出して来て、何もわからなくなりました」
そうか、と呟かれて、
「ここにいないということは、彼はあそこに残ったということでしょうか」
「一概には言えんな」
「そうですね。…もしそうなら、いいのですが」
祈るように言って、もう一度辺りを見渡す。
「一体何がどうなったんでしょうか」
「まだ何もわからないが、」
身振りで示された所を見て、はっとする。今まで気づかなかったが、
丸い石の台、二人が乗っているその石の表面に、12の穴が開いている。…まるで、時計の文字盤のように。
呉の顔に恐怖が差した。
そのことの意味をいくら考えても、真実には届かないと思いながらも、何故だか恐ろしさで悲鳴を上げそうになる。
呉が上げる代わりのように、遠くから悲鳴が聞こえてきた。
二人は同時にその方角を見遣った。…集落があると思った、そっちの方からだ。煙も上がっている。
目の前の男たちもうろたえだし、お互いの顔を見て何か言い合い、それから二人を見上げ、再び何か言い合っている。
「何だろう。…」
「行ってみましょうか」
二秒後、
「そうだな」
うなづきあい、二人の足が、黒い石の台を降りた。
男たちがざわめき、それから、騒いでいる方向を指差しながら、二人を見て何か言っている。早く何とかしてくれ、と言っているようにも見える。
女だけが、黙ったままただ二人を見ている。
なんだか。
後悔することがわかっていてそうせざるを得なかった、だから今やっぱり後悔している、とでもいうような顔だった。

全力で走る。近づくにつれ、ただごとでないことが次第に伝わってくる。
悲鳴などというものではない。断末魔だ。ざ、と森を抜けた。
そこでは、目を疑う光景が繰り広げられていた。木を組み合わせてつくったらしい門というか、バリケードが無残に壊されている。何者かが侵入したのだろう。簡素な、草の葉と蔦を編んで作ったような家(基本的には、服と大差ない)はどれも全壊し、燃えている。そして、そこかしこに人の死体が転がっている。どれもひどい有様だ。
歯を食い縛って、呉は死体の側を走りぬけ、集落の奥の方へ駆けて行った。
「!?」
思わずぎょっとする。そこで、人間を捕まえ、宙に振り上げては振り下ろしている、奇怪な何かが、こちらを振り返った。
3メートルくらいはあるだろうか。ひとことで言い表せば、ロボット、ということになるか。一応、人の形をしている。頭部、胴、手と足。手はただ巨大な虎バサミが左右についているだけだ。それで人を挟んでいる。顔もない。ただ、一つだけある目が、赤く灯って明滅している。
全身灰色だ。ぎぃぎぃと鳴る音が耳障りだ。腰から上だけ、ぐるりとこちらに向き直る動きが不快だ。ガニマタで、体重を支えている足が不恰好だ。とにかくひどく醜いと思う。なんだかロボットの、醜悪なカリカチュアを見せられている気がする。
びー、と音がした。標的捕捉。攻撃用意。
もう一体、もう少し先でどすどすと、家を踏み潰していたものも、ぎぎぎと身を起こし、向き直った。
「来るぞ」
「はっ」
鉄扇子を構える。隣りで、中条が片方の拳を胸元につくったのが視界の端に映った。
ぎいぃいあぁいぃい、とそれは雄叫びを上げた。あるいは単に軋んだだけかも知れない。それから、どっと襲い掛かってきた。
ぶん、と振り下ろされた拳を避けて宙を跳んだ。と、と地面に足をつく。そこに思いも寄らない速度で、二撃目が振り下ろされる。素早く避け、
扇の形をした鉄の刃が閃いた。
相手の腕が切り落とされて飛ぶ。くるくる、と宙を舞ってから、激しい音とともに地面に落ちた。
「おお」と背後から声が上がった。一緒についてきた、さっきの男たちと、この集落の生き残りらしい。
ぶん、ぶんと肘から先が無くなった腕を振り回している足元に、身を低くして滑り込むと、脚を薙ぎ払った。一瞬のち、ぐらり傾くと、地響きをたてて横倒しになった。
―――――
猛然と突き出される腕を紙一重のところで避ける。もう一発。もう一発。全て、す、すとかわしながら、中条はあっという間に相手の懐まで近づくと、
無造作に片腕を突き出した。拳は相手の、人間で言えば顎の部分をコンと撃った。
一拍置いて、
頭部が、まるで巨大なハンマーで横殴りされたようにちぎれてふっ飛んでいった。うなりを上げて真っ直ぐに飛んでいったそれは、自分が踏み潰していた家の向こうに消えた。
首なしになったまま動かないそれを、中条は黙って観察していたが、はっとする。
「呉先生」
叫んだ、その時にはすでに、呉も背後にすっ飛んでいた。一呼吸も無いその後、大音響と共に爆発が起こった。
地に伏し、暫くあってから、顔を起こす。
あの奇怪なロボットは二体ともバラバラになっていた。脚部や、頭部を切断されたことで、あんなに激しい爆発を起こすというのも…と思いながら、立ち上がり、
「動作不良時には自爆するように出来ていたのでしょうか」
中条の方を見ると、もう立っていた。辺りを見てとりながら、応えて、
「そのようだな」
と、集落のもう少し先の方から、今聞いたのと同じ爆発音が聞こえてきた。
「他にもいたのか?…二、三…六」
回数を数えながら、二人は音の方へ駆け出した。後ろから、さっきの連中がそろそろとついてきた。
そこでは、二人が倒したのと同じ格好の物体が、何体も残骸になっていた。巻き添えになった人の遺体といっしょくたになっているのから、顔をそむけそうになり、一体まだ残っているものがいることに気づき、
「あれを早く」
言いかけた時、二人は見た。
それまで、『何の問題もなく』人家を破壊し、人間を踏み潰しふっとばしていたそれが、突如動かなくなると、
ぴー。
また少し違う信号音を発し、次の瞬間爆発した。
悲鳴が上がる。
二人はちょっと爆風に耐えてから、顔を戻した。
ロボットは微塵になって散らばっていた。あとには、破壊の痕だけが残された。
めちゃくちゃだ。破壊しつくされ、炎上し、殺戮されて、瓦礫と遺体で足の踏み場も無い。
ごうごうという爆発の名残のような、燃え上がる炎の轟音とともに、幼い子供の泣き声が上がり出した。
親を無くしたのか。あるいは兄弟を。友だちを?
もう、あとは何をなくせばいいというような、悲痛な泣き声を聞きながら、
…夢で聞いたのはあるいは、この声であろうか?
呉は、唇が震えるような思いで、そのことを考えた。そう、かも知れない。
声に含まれる消え入りそうな、絶え入りそうな悲痛さは、この、自分も堪らなくなって膝をおりそうになる絶望感は、まさしく夢の中の声そのもの、という気がしてくる。
突然の悲惨な事態を目の当たりにして、混乱しているだけだろうか?
判断がつかない。それでも、
「生存者の確認と救助をしよう。鋭利な部分が多いから踏み抜いたりしないように」
隣りの男にそう言われ、
「はい」
気持ちを切り替えた。

生存者はあまり、居なかった。運び出し横たえられたのは大部分が遺体だった。
幾人がここで生活していたのか知らないが、もはや一個の社会としては壊滅状態なのかと呉は思っていたが、思いの外大勢の人数が、脱出し森に逃げ込んでいたらしい。騒ぎが終わったところで、そろそろと戻って来て、入り口から中を伺い、中条と呉の存在に、一様に驚く。そこで先刻の戦いの目撃者たちが、早口で何か告げ、最初に戦った場所の方角を示す。どよめきが再び起こる。
なんと言っているのだろう。
まあ、多分、あの二人がこの機械を壊したのだ。とか、その辺だろうが。
呉が一同の方を見ると、皆少し身を引いて、しかし、決して目を逸らすことなく、呉を見返す。
二個一対の、沢山の目から発せられる、焼け付くような願い、のぞみの、むせかえるような濃さに、正直どぎまぎする。
何なのだろうここは。
服装や家のつくりからいってやや未開の地のようだけれど、そこには場違いなロボットが襲撃してきて…
「でも、ロボットといっても、木で出来ているようだけど」
独り言を言う。確かに、内部からの爆発ではじけとんだ灰色の体を見ると、木の枠組みに塗装を施したものだ。
ロボットというよりは、からくり人形の方が近いようだ。
破壊するだけした後、動作不良になるか、あるいは一定時間を経過すると爆発するように出来ている、…殺人人形だ。呉の頬が強張った。おぞましい、と思いながら、片付けようと手に力を入れた。千切れかけていた部分ががたんと外れた。
「!!」
気配の動きに、中条は振り返って、呉を見た。
呉は木で出来た、人形の外装部分を持って、愕然としている。
「どうした」
「長官」
こちらを見た呉が青ざめている。近寄り、相手が見たものを自分も見た。
胸部の装甲が剥がれた人形の、丁度人間でいうなら心臓の位置に、
「…シズマ?」
割れて、中身が流れ出し、今では死んでいる。しかしそれは確かに、シズマ管だった。
ただのシズマ管であれば、どこかのマッドサイエンティストが、この村のジェノサイドのためにシズマで動く木製の醜悪なロボットを量産して、送り込んだ(そんなことをする理由や、敵の本拠地がどこかなのかは、無論まだ不明だが)等の説明がまだ、つく。
けれどそれは、質の悪い、気泡の入ったようなガラスと、子供が夏休みの自由研究で作ったランプのような、鋳金を施したもので、何よりも、
「見覚えがあります。これは」
呉の肩が一回びくと上がった。
「遺跡で発掘されたオーパーツのシズマです」
声が、震えるのを懸命におさえつけている。冷静にならなくては。
これがどういうことなのか、的確に判断しなければ。
「確かです。…この奇怪な殺人人形を、動かしていたのが…遺跡から出てきたシズマ管、というのはつまり。つまり、どういう意味なのかというと」
呉はそのシズマ管を見つめながら自分を宥めつつそこまで言い、
「うん」
相手の声が少し遠いのでその方向を見ると、この場に入る時にひっかけておいたらしいセビロを、ひょいと柵から外しているところだった。
外してから、少し俯いて、考え込む。が、すぐに顔を上げて戻ってきて、
「とりあえず、彼らと意思の疎通を計るのが先決だ。少なくとも我々よりは、この事態に対して周知のこともあるのだろうし」
淡々と言う。極めて、淡々と。
本当に、何があっても、変わらない方だとつくづく思う。
感心というよりは、呆れてしまう。この方がうろたえたり、慌てたりするような事態というのは、この世にあるのだろうか?
問題は山積み、というよりも真っ暗闇で何も見えない状態のままながら、呉は自分の中が「それはそれとして」とでもいうように、明らかに整理され収納し直されるのがわかった。
その表情の変化を見て、中条は、
「新しい外国語をひとつ覚える訳だな。私より君の方が長けているだろう。頼む」
「いえ、あ、はい」
「実際、」
言いながらセビロの胸ポケットを探り、腰のポケットを探って、
「…パイプがない。落としたか…いやいい。君と、私が居れば、おそらくあらかたの問題は解決できると思うし」
だから大して慌てていないのだ、と言外に付け加えるようにちらと微笑した。
違いますよ、と呉は胸で思った。
あなたお一人がいらっしゃれば、問題は無いのです。
あなたお一人でどこに飛ばされようと、何を言っているのかわからない村で突然奇怪な人形の襲撃を受けようと。たとえ多少の紆余曲折があろうと、最後には全ての事情がきれいに判別され、解決策は当然のようにあなたの手の中に生まれ出で、あるいは天から降ってきて。
あなたは全てを解決して、この地を後にされるのでしょう。私は居ても居なくても最初からあまり関係はありません。…
自己卑下でなく、自虐や自嘲でなく、ただそれが当然のこととして呉はそう思った。全くもってそうだと思った。
君の方が長けている、なんて。君と私が居れば、なんて。
それは上官として部下のやる気を鼓舞する言葉だろうか。今ここで自暴自棄になられると、面倒だからか。それなら心配は要らないのに。
あなたの前で半狂乱になるなど、そんな度胸は、とても私には無い。まだ、あなたに脱落の烙印を押されたくはないから。
そんなことを考えながら、呉は、なんだか複雑な微笑を口元に浮かべた。そこまでは、見とどけないで、
相手がシズマならと思ったが。…無くしたか。パイプより、あれが無くなったのは、惜しかった。
セビロともう一つ、自分が持っていたものの、現在の有りかに心を馳せてから、
まあ、それでもなんとかするしかないだろうが。
―――中条は淡々と、言葉にして組み立てそう考えた、それだけで、…
どんな非常事態も、床に落ちて粉微塵に割れたコップを拾う作業と同程度のことにしてしまえる男は、セビロをひょいと自分の肩に背負うと、ぱんぱんと手を払った。泥と血がかたまって、こびりついている。

二人は小屋を一つ提供された。ここに入るように、と身振りで示される。気がつくともう真っ暗だ。頭上には数え切れない程の星が溢れている。
「とりあえず、今夜は休めというところだな。そうさせてもらおう」
中条がそう言って、地べたに敷物を敷いただけの床に、腰を下ろした。呉も、はいと言って、少し離れたところに正座した。
出口の向こうには誰か立って見張っているらしい。
二人を村から追い出そうとする人間は誰もいない。逆に、出ていこうとしないかとでも言うように、全員でじいっと見つめているほどだった。…歓迎は歓迎なのだろうが、一歩間違うと軟禁とも言える雰囲気だ。
困惑と不快が胸でかたまりになる。
外で誰か話す声がしてから、入り口の簾のようなものが上げられ、あの女が入ってきた。手に、水と食料(どうやら、穀類を挽いて練って焼いたものらしい)を持っている。
有難うと言って頭を下げてから、呉は相手に呼びかけて、
あなた方と、話が、通じるように、したい。
そう身振りで示すと、わかっている、という顔で、うなずく。
その、陰鬱な光の無い黒い目を見つめて。
話が通じるようになれば、この人が何故こんな表情でいるのか、わかるだろう、とその時呉は思った。それがまた、おそらくこの異常事態の謎を解く鍵にもなるだろうという気がした。
それはまさしくその通りだった。

[UP:2003/02/22]


あれをやった人はお気づきと思いますが、…っとまだか。何が下敷きかは次回。


召喚3へ 召喚1へ ジャイアントロボのページへ