しばらく、誰も何も言わなかった。
お互いに黙ったまま、目の前の相手の顔を、ただ見つめている。
どのくらいかの時間が過ぎた後、最初に口を開いたのは呉だった。
「陽、…?」
それはここ暫く、口にも意識にものぼらなかった名前だった。勿論、忘れるわけはない、自分達と同じ迷宮に迷いこまされたことは想像に難くなく、そして自分達とは同じ出口に出て来なかった、同僚の存在は、呉も、中条も、気にはかけながらも安否もわからないままで、結局宙ぶらりんの状態だった。
しかし、その名の同僚は、目の前にいて、何もかも終わろうとしているような老人ではない。歳だって、中条よりは呉に近いし、名の通り溌剌とした、陽光のような眼差しと口調と性格をもった、男であった。
否定する要素をいくつも並べながらも、しかし、呉は、その赤くただれた目尻から涙の筋をいくつも流し、細くうめくような呼吸を繰り返している老人の顔の中に、
確かに、
ごく、かすかだが、あの男の面影を見出した。
「…陽。あの、陽ですか?一緒に遺跡を調査していた、」
ささやくように訊ねる。大声を出すと、このあまりに大きな岐路を、誤った方向に曲がってしまいそうな気がするのだ。
相手は、ゆっくりと、深く、幾度もうなずいた。
「国際、警察、機構の」
呉にとっても久々に口にする単語だ。相手の目から、涙が、吹き出るような勢いで溢れ出した。
かすれた老人の声が、あえぎながら、
「みずが、おおくて、ましんが、こわれて…なかなか、さぎょうが、すすみませんで、したね、ごせんせい」
そして笑った。裏返った、たまらない響きだった。
「そうだった、長官が急にお見えになると聞いて、皆で叱られる、とすくみあがったな」
「ええ、ええ。ごせんせい、しゃべるのはなんとか、おねがいしますって、みんなで、おしつけて」
「これっぽっちしか進んでないのを、こんなに膨らまして必死で報告して、冷や汗が流れて」
懐かしい、その遠い遠い思い出を、懸命にたぐりよせ口にする。思い出で周囲を固めて、何かが崩れるのを防ごうとしているようだ。そうだ、そう、我々は、同じ記憶を持っている。別の土地、別の空間で、我々は確かに同じ時間を共有した。
我々は同じものを見、同じことを感じていた、そして、
…そうか、同じ場所に飛ばされていたのだ。
一瞬、ぼうっとそれを納得し、それからすぐに違うと首を振った。それを見つめて、老人は、涙をのみこみ、言った、
「あのきおくだけが、ささえでした、
さんじゅうねんのあいだ」
再び呉の言葉が途切れた。
頭の中がぐるぐる回っている。
そうか 同じ場所に飛ばされていたのだ
そう納得してから、違うと思った。
だって目の前にいるのは、あの元気な明るい男ではない、すっかりくたびれ果ててしまった老人じゃないか。故にこの男は陽ではない。
あの日から、たとえどれほど経ったと言っても、決してまだ一年にもならないのだから
そう思い、そうだ、とその事を自分の中で確かめながらも、呉は尋ねた。
「三十年の、間?」
老人はこっくりとうなずいた。それから、二人を見比べ、
「わたしが、ここにきてから、それだけ、たちましたよ。…
おふたりは、ちがう、ようですね」
「ああ、違う、…」
同意しながら、一体どこがおかしいのだと混乱する。と、これまでずっと黙っていた中条が、
「君は、あそこに見える村の人々とは、面識や交流があるのかね」
淡々と訊ねた。こんな状況だというのに、最初に尋ねるのがその質問かという落ち着きぶりに、老人は懐かしそうに相好を崩してから、
「ありますよ、ちょうかん」
「最初から?」
「さいしょとは…」
「君がこの土地に飛ばされてきた、その当初からかね」
その質問が終わった後、老人の顔がゆっくりと、歪んでいった。
一体どうしたんだ、と訊ねかけた呉が言葉をのんだ。それほどまでに彼の顔のおもてに刻まれた苦悶と絶望は深かった。
「いいえ」
乾いた、干からびた声がした。
「さいしょは、ちがいました」
「ひょっとしたら」
中条があくまでも感情を排した声で訊ねる。まるで尋問のようだと呉は思った。
「君は、あの樹海を越えた向こうにある、集落の連中を、知っているのかな」
老人の足元がカタカタと鳴った、と思った瞬間、両手で顔を覆って床に膝を突いた。そのままわなわなと震え続ける。
慌てて駆け寄る。この震えは何だろう。恐怖か。悲しみか。
「しっかりしてください」
言いながら背をさする。そうしながら、顔を覆った手がはずれていくのを見て、呉は再び声をのんだ。
恐怖ではない。悲しみでもない。
「しっていますよ、やつらを」
目が白い。鈍く光っている。
そこにあるのは憎悪だった。
その様子をしばし、見つめてから、中条は、
「なにがあったのか、教えてくれるかね」
静かに、低い声で訊ねた。
老人はしばらく目の前の何かを凝視していたが、やがて痰のからんだ咳をして、呼吸を整えてから、口を開いた。
「ひかりがさったあと、きがつくと、くろいいしのうえにたっていて、まわりにははだかのれんちゅうがいました。…ひとりだけ、ぬのをまとった、おんながいました」
レイのことかなと呉はちらと思ってから、『ああ、違うのだった、』と思い返した。
彼にとってはここでの暮らしは、三十年経っているのだそうだから、レイではないのだ………
「おんなは、なにがなんだかわからないわたしを、むらにつれていって、ことばをおしえたり、ふくをくれたりしました。おんなはひどくさびしそうな、つらそうなかおでわたしをみました」
再び呉の胸に、あの侘しく重苦しい顔が浮かんできた。
どうしたって、まるきり、自分と長官がこの地にやってきた時と、同じではないか?
「おんなは、じぶんが、≪よぶちから≫をもっているのだと、いっていました。≪むこう≫にあるむらと、もうずっとたたかっていて、かれらをうちたおすちからをもっている、べつの、ぶんめいの、にんげんを、よぶのだそうです」
「うん」
同じ事を言われた、という口ぶりで中条はそれだけ言った。
「でもわたしはイヤだった。みもしらないばしょにむりにつれてこられたあげく、みもしらないれんちゅうのために、みもしらないひとびとをたおすくふうなんか、かんがえたくなかった」
声が震える。
呉は慌てて、力強くその背をさすってやった。
そうだろうと思う。それが普通だ。陽は、本当に普通の常識と、前を向いた真っ当な考え方を持った、男だった。
しかし、陽が言っているのが、呉と中条をまねきいれたあの村の連中だとしたら、そんな拒否など、受け入れるとは思えない。
無言で見つめる目の、あのからみつくような圧力を思い出す。
何をどうしてでも、言う事をきかせようとするだろう…
呉の、不吉でいやな感触のする考えがわかっているかのように、老人はすこしあってから、急に声を静かな、平明なものに変えた。
「すると、むらのれんちゅうは、きゅうになにもようきゅうしなくなりました。わたしはほっとした。もちろん、いくらさがしてもごせんせいもちょうかんも、ほかのだれもいないし、ここがどこなのかもわからないままだ。でも、とりあえず、そんなやりきれないしごとをおしつけられるのは、まぬがれたとおもいました」
呉の喉がゴクリと鳴った音が響いた。
中条は何も言わない。
老人の声は相変わらず平明で、安らぎと温かさが加わった。
「しっているひとがだれもいないとちでくらすさびしさに、まけそうになっているわたしに、あのおんなはとてもしんみになってくれた。いつもさびしそうにしているかおが、きになって、わたしはあのおんなをえがおにしてやりたいとおもうようになりました」
陽なら。
そう思うだろうと、呉はまた思った。元気の無い者、つらそうな者、具合の悪そうな者を、気遣い、励まし、おもいやる心根のある男だ。
寝不足と暑さでフラフラの自分を、心配そうに微笑みながら繰り返し、大丈夫かといって顔を覗き込んできたっけ。
「やがて、わたしはおんなをあいするようになり、われわれはけっこんしたいと、むらのひとびとにもうしでました。れんちゅうは」
一瞬顔の表を墨のような黒が覆った。
「とてもよろこんでしゅくふくしました」
そんな顔をする内容ではないので、呉は心の底がつめたくおびえるのを抑えることが出来なかった。
自分の指先が冷たくなってきた。自分の心が、やがてやってくる惨劇の予感に怯えているのを感じる。
まるで誰かが、「バシュター…」とでも言いかけた時のようだ
「しあわせでしたよ。とてもね。
わたしはこれでいいとおもった。
もうあのばしょに、こくさいけいさつきこうのいちいんにもどることは、もうないかもしれない。たぶんないだろう。
でもいいとおもった。ここで、あいするおんなと、こどもをもって、かていをきづいて、とちにねづいて、いっしょうをすごしてもいいとおもった」
温かくて、静かで、おそろしい声だった。
呉が、そうなるかも知れないといっとき覚悟して、そのおそろしさに凍った涙を流した未来に、なんとか自分の幸福を見出そうとした男が、
静かに続けた。
「そのうちに、つまにこどもができました。わたしはうれしかった。よろこんだ。
じぶんがいきてここにいることのあかしだとおもえた。
まいにちまいにちつまのおなかをさすっていいました。げんきなこをうんでおくれと。
そんなわたしにつまはひどくさびしそうにわらっていました」
中条はさっきからとあることを思い出していた。
今聞いている状況を、かつて自分はある人間に要請された。
だが、問題は微妙だからもう少し待ってくれと冗談口に紛らせてやんわり断った。もしあの時承諾していたら。
細部の差違はあるとしても、自分は陽と同じ立場にたつことになっただろう―――
お前の子を産ませてほしい
「やがてつまはあかんぼうをうみました。
つまにそっくりのおんなのこを」
黒眼鏡がわずかに、ほんのわずかに動いた時、
「よろこぶわたしにつまは、つかれはてたかおでいいました。すぐに、なまえをつけてくれと。
≪それで完了するから≫といいました」
呉は背筋が冷たくなった。ちょうどあの、お前たちを△△したのだ、××はもうかなわないと、その場に妙にそぐわない意味の通じない言葉でなにかを言い渡された時のように、陰惨な脅し文句などどこにもないのに、心底ぞっとした。
「なんだかよくわからないけれど、まえからきめていたなまえをつけました。
わたしのなまえ、かつてこのなまえに、ひのひかりといういみをもたせていたせかいをなつかしんで、
レイと」
えっ?
呉の口はその形になっていたが声は出なかった。中条を見る。顔の角度だけで、今はいいからという意図を読み、呆然としたままかすかにうなずいた。
「そして」
混乱しきったまま、それでも男の話を聞こうと思った呉だったが、男はそしてと言ったきりしばし黙っていた。
先を促すことは出来ず、だがしびれもきれてきて、「あの…」と言いかけた時、まるでなんでもないことのように、
「つまはそのばん、むらのれんちゅうにころされました」
「え」
今度こそ呉の声が出た。今何と言ったのだ。
「ちからをうけつぐものはうまれた。ははおやがいつまでもいきていると、うけつがれるちからがへってしまうからだと」
招いた訪人との間に子をもうける。そうやってこの力は引き継がれて行くのだ
かつてあの女が言った言葉が、再び中条の耳に聞こえた。
「つまはごくあたりまえのようなかおをしていました。いつもとおなじ、ひどくさびしげなかおのままころされました。
つまにとってわたしはむらのれんちゅうによってめいじられあてがわれた、ちからをうけつがせるものをうみだすためのどうぐにすぎなかったのかもしれません。
わたしにはちがったのですが」
呉は片手で口を覆った。
「そのときからわたしはあのむらのすべてにふくしゅうをちかいました。
ひとをただのどうぐとしてよびだしあつかったやつら、
ただぜんめつさせてなどやらない。
ししそんそんにいたるまでりふじんなくつうにあえがせてやる」
今の呉には、呪いの呪文を聴きながら、口を押さえる手を震わせることしか出来ない。
「わたしはじゅかいをぬけ、てきたいしているむらにたどりつきました。
そして。
あたえてやったんです。やつらがもっていないぎじゅつを」
「それは…?」
おびえながら訊ねる呉に、赤くただれた目を細める。
「あのとき、わたしといっしょにこのとちにとばされてきたものが、あったのですよ。
いちだいの、しょべるかーでした」
ショベルカー
と口にした時、呉の脳裏で閃いたものがあった。
いくたび、疑問に思っただろうか。
(なんだろう、この動きは、何かに似ている。かつて何度も見た)
(この、上から振り下ろす動きはなんだったろう)
「こちらがわでとれるこうぶつをせいせいし、きたえて、くろうのすえ、わたしは」
掠れた笑い声があがった。
「しずまのもぞうひんでうごき、うごけなくなったらじばくする、しょべるかーににたかたちのさつじんきかいを、つくったのです」
老人の笑い声が響き渡る。
「こちらのむらのれんちゅうはもっとりょうさんしろといいましたが、ききいれませんでした。
あっさりぜんめつなどさせない。
ゆっくり、くるしめて、ころしてやる。そのためにいきながらえさせてやる」
大きな合点と、あまりに大きな驚愕の前で呉はただ立ちすくんでいた。
ここは、あの発掘された遺物が動いていた、太古の時代なのだ。
シズマに似た機構で動く、あの謎のオーパーツは、
未来から、強制的に連れて来られた、国際警察機構の一人が、作ったものだったのだ。
…復讐のために。
顔が歪む。
シズマとは、いつ、どの世界にもたらされるのであっても、そこには悲しみと憎悪が在る…
「…同じ≪向こうの村の連中に対抗する力を持った者を呼び寄せる≫という目的で、あの場にいたわたしと、呉先生、陽君が召喚された。
だが、目的は同じだが、時が違った。陽君は」
中条が呉を見て、
「我々の三十年前の巫女によって呼ばれ、そして彼が生み出した呪いが原因となって、我々がその娘によって呼ばれたというわけだ」
その言葉に呉はただうなずき、呆けたようになって男を見ていたが、懸命に心を揺り起こして、
「わたしたちはね、陽、あなたの娘のレイに呼ばれたのです」
「わたしのむすめ」
「そうです」
意味も無く首を振る。
「もしかしたらあなたの攻撃で、あなた自身の娘を殺すことになるかも知れないと、わかっていた筈でしょう。なのに何故、何年も、何十年も、」
「あれをうんだがゆえに、つまはようずみになったのだ」
男もかすかにかぶりをふった。
「あれは、つまのいのちとちからをすいとった、ばけものだ」
「陽っ」
呉は、その次に何と言うつもりなのかわからないままに相手を怒鳴りつけていた。
今までにない地響きが聞こえてきて、中条と呉は顔を外に向けた。
「何の音でしょう」
「…わからない。君は知っているのではないのか」
中条に尋ねられた陽は、干からびた笑いをのぞかせて、
「こっちのむらの、むらおさのむすめがね。むこうのいりえにだけせいそくする、さんごだか、かいだか、しりませんが、そんざいすることをしって、ほしくなったそうで。
いいかげんで、あのむらをせんめつさせることに、したのだそうです」
く、くと低く笑ってから、
「せいさくした、じゅうだいのうち、はちだいをおくりこむ。あとのにだいはきたるべきじぇのさいどのためによけておく。
ながいながいつきひのはて、いままでのじゅうばいのかずのからくりで、いっきにせめこむひがきたという、わけです」
今までの十倍の数で攻め込まれたら、あの壁を一気に乗り越えてしまうだろう。壁自体、崩されてしまうかも知れない。
呉の脳裏に、無心に自分を見つめてくるネイの姿が、そして限りない寂しさをたたえた目で自分を見つめるレイの姿が浮かんだ。
「陽」
叫んだ。
「頼む。彼らに停めるよう言ってくれ」
「むだです」
気の毒そうにほほえむ、ような、表情をした。
「ごぞんじではないのですか?いままでなんどもたおしてきたのでしょう?
あれには、ていしさせるきこうは、さいしょからついていません」
ゴゴゴゴゴというすさまじい地響きで、陽の声はとぎれがちになった。
うごきだしたら、あいてをころすか、まきこんでばくはつするほかのことを、あのにんぎょうはしりません
呉は絶叫した。その頬に涙はなかった。
「間違っている。たとえどれほど苦しめられたからといって、それ以上の苦痛を相手に増し加えるのは」
「なつかしいです、ごせんせい」
陽が微笑んだ。
「あなたのきれいなりそうは、きいていてほんとうにむねがすんだ。じぶんもきれいになれるきがしました。こんなにもくろいぞうおというものに、そまってしまうまでは」
「違う、違う!」
叫ぶ。拳を握り、振り下ろす。あのマシンのように。
「私はきれいな理想なんか言っていない。現実を口にしているだけだ。人は、ひとは、生きていかなければだめだ、生きていく前提で方法を探さなければだめなんだ」
呉の中にはあの日の、崩壊していく黒い鉄球と、みずからをその業火のもえさかる冤罪の溶鉱炉の中にささげていく科学者の姿があった。
別の道があったはずだ。
しかしそれを見つけ出すことも、ひとに示すことも私にはできなかった。ただ黙って見ているしかなかった。
諦めて、ただ、自分の行く手に広がる死のような荒野をめざすほかなかった。だがそれではだめなのだ。
外へ駆け出そうとした呉に、
「どうするきです」
「停める。あのマシン全て」
「むりですよ、ごせんせい」
首を振る。振り続ける。
「われわれはもうあのせかいにはもどれない。ここでしぬしかないのです。
うごきだしたおおきなものはとめられない。にんげんなんてちっぽけなものです。
あきらめてください」
振り返って、
「私は決して諦めない」
もう二度と。
裂帛の叫びが部屋の中の空気を打った。
「…わたしの、しっている、ごせんせいとは、すこし、ちがうようですね」
首を傾げる。
「きれいなりそうをゆめみて、うまくいかないげんじつのまえにくたびれて、なみだぐんでばかりいたのに」
「それでは、だめなんです、陽」
やけつくような胸をかかえて、呉は息をとぎらせながら、必死で言った。
「生きなければだめだ。たとえ死んだ方が楽に思えることの前でも」
「可能性があるところで、それを求めることをやめてはいけない」
中条が静かに、しかしどこか淡々とした口調で後をひきとった。それから呉を見て、確かに、そのくちもとを微笑ませ、うなずき、
「この状況下で、そう言い切れる君を、見直した」
(あっ)
呉の頬に血の気がのぼる。うろたえながらも、嬉しくて、そんな場合ではないのに顔がほころんでしまう。しかし、心の大部分は「早くからくりをなんとかしないと!」で占められていて、なんだかおかしな具合だ。
陽は、そんな呉をしばらく眺めていたが、やがて、
「あなたが、さんじゅうねん、ここでいきたあとでも、おなじことをいうか、どうかは、わかりませんが」
しずかに、
「とめる、きこうはついていません。ですが、とめるてだては、あるかも、しれません」
「え」
一秒後、相手がからくり軍団のことをいっているのだと気づいた。
「どうやって」
「あれは、ちゅうじょうちょうかんが、おもちだったのでしょうね。…
なぜか、しょべるかーも、あれも、わたしといっしょに、きてしまった」
泣くように笑う相手に、中条は顎を引くような仕草をして、
「アンチ・シズマドライブか」
ヘリを降りたときその手に輝いていた銀色のアタッシュケースだ。
呉は息をのんでから、ああ、と喜色を顔に漲らせ、それを早く、と言おうとした。それより早く、
「ですが、こわれています」
呉を見て、きっぱりと、
「しゅうりに、ひつようなどうぐも、じゅうぶんにないし、どれだけ、いそいでも、はんつきは」
全て言わせず呉は叫んだ。
「一日で直す。私にそれを、早く」
「むりです。ごせんせいが、なおすよりさきに、にんぎょうどもは、あのむらにたどりつきます」
呉の胸に怒りの嵐が吹いた。
「君は」
口にした途端続きが炸裂した。
「自分がそれを望んでいるのだと、そう何度も繰り返して、それで?それ以上何が言いたい。直せば使えるアンチシズマ、しかしやはり」
顔が歪む。
「今回も間に合わないのだと、私に思い知らせたいとでもいうのか」
「大丈夫だ、呉先生」
そう言い切りながら、中条が袖口のボタンを外しまくりはじめた。
「あれらは私が足止めする。君はアンチシズマドライブを修理してくれ」
「長官」
呉の口から悲鳴が上がった。
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