半月ほど、夜の公園とその周辺を走りまわる不審な影が目撃され、通報され、その度にお巡りさんは懐かしいつっぱりヘアーを見せられた。
「またキミか」
「はぁ、ども」
口を尖らせ、後頭部に手をやる。身を縮めてみせるが、それでも相手よりでかい。それに、見る度に大きくなっているような気がする。
「ここのところずーっと毎日見るぞ、本当に、ただ体を鍛えているだけなのか?古新聞とマッチとガソリンなんか持ってないんだろうな」
「それまるっきり放火犯じゃないっすか。毎日続けないと、意味ねーってこいつが…いや、知り合いがゆってるっス」
「うん、まあ、そうだが」
つっぱり頭が名前を名乗れば、そうありふれてはいないその響きで、彼の死んでしまった祖父が誰かという話になり、おそらく釈放されるだろうが、彼はそれはイヤなのでしなかった。
それでも、このお巡りさんはあまりむやみに若人を火付けや泥棒や痴漢呼ばわりするのは良くないと思っているので、困ったなと思いながらも、それ以上はしつこくいじめないで、
「なるべくなら明るいうちにやんなさい」
そう言って行ってしまった。おでこに金色のコロネをくっつけたイタリアンマフィアのボスなら、『あなたいい人だ』と言うところだろう。
明るいうちはゲームの特訓時間なんだけどなぁとつっぱり頭はぼやいた。夜はどうしても朋子がTVを観たがることが多いので、こういう流れになっていたのだった。
『でも、なかなかいい体になってきたな』
背後にぴったりくっついて言われるとあんまりいい感じはしないが、
『ゲームの腕前も上がってきたし』
「おお。タタタタって連打でスタートもマスターしたからな」
得意げに反り返った。タタタタはできるようになったけど、普通に走る方が心もとないんだがと幽霊は思った。
『もう少ししたら対戦してみよう。まずは絶対勝てそうな相手と戦って勝って自信をつけるんだ』
「イヤーなやり方だな」
『君みたいなお調子者は調子に乗せてしまうことが大事なんだ。俺は強い。俺は勝てる。俺はチャンピオンだって』
「…お前、俺のことバカにしてっだろ」
前の人間がひくーい声で言う。幽霊はとんでもないと涼しい声で返して、
『人にはそれぞれ向いたやり方があるんですよ。さあ、その辺のチビッコとやってみましょう』
むかむかむかむか。
『あ、駄目か。チビッコの方がゲームはうまいかも知れないな。というよりうまいだろうな。幼稚園くらいのチビッコとやりましょう』
かちーん。
様々な音を出しながらも堪えてきたつっぱりヘアーだったが、
『いや、まだ危ない。お年寄りとやりましょう。いや、お年寄りでも危ないか。じゃあ犬と…』
ぶちっ。
「てめえ、いい加減にしろ!言いたいこと言いやがって!」
絶叫したところに通りかかったOLがきゃっと悲鳴を上げ、助けて!と叫びながら走り去った。
「やべっ」
慌ててOLとは反対の方向に走り出す。
『いいスピードだ。よしそのまま持続して』
「うるせぇっ」
幽霊に馬鹿にされまくっていた仗助だったが、おそるおそる対戦を申し込んだ近所の小学生には自力で勝った。
結構内心不安だったと見えて、勝てた時には思わずガッツポーズを取った。後ろで幽霊が拍手している。面白くなさそうな顔で『コドモに勝ってそんなに嬉しいのかよー』とふくれる小学生に、
「いやーありがとなー。うんうん、ありがとう。チョコレートやっからな」
誘拐犯みたいなことを言って、ルックルックチョコレートを握らせた。
「苺のがいい」
「イチゴのな。ほいほい」
余程嬉しかったのか、フニヤのニルキーチョコレート(女の子がブキミな顔をしているやつ)もついでにやると、『あの家の高校生とゲームをやるとチョコレートがたんまりもらえる』という噂が広がって、次の日から子供がわんさか家の前に集まってきた。中には幼児や犬や「なにかしら」と言っている中年女性もいて、
「ひ…ひどいッ!何の関係もないおばさんまでッ!」
仗助は激昂した。後ろで幽霊が、
『次はあの御婦人と対戦しましょう。まだ、勝てそうだ』
とかなんとか言いながら平均的な小・中学生には勝てるようになった。そりゃ、こちらは最初からコースの内容がわかっているのだから勝って当たり前である。
億泰や康一はあまりゲームに興味のある人間ではなかったので、実験台というか踏み台にはもってこいだとばかりにある日の放課後『おめーら、俺とゲームで対戦しろ』と誘った。
「またゲームかよ。好きだなーお前は」
「明日にしてくれない?その、由花子さんと待ち合わせしてて…」
だのと言われたが、いーからよほれちょっとだけ、と無理矢理家に連れて来た。
TVの前には幽霊が正座して待っていて、こんにちはいらっしゃいと頭を下げたが、勿論二人には聞こえないし見えない。
「悪いけど僕先にやらせてね億泰くん」
デートの約束があるのでそわそわしている康一がそう言って、
「コントローラーはどこ?」
「これだこれ。ほい」
「ひょー、珍しいな。メガロドライブじゃねえか」
声を上げた億泰を見て、
「お前これ知ってんのかよ」
「ああ」
うなずいてから、しめっぽい口調になり、
「まだ一家でそれなりにやってた頃によー、珍しくオヤジが土産に買ってきてくれたことがあってよ。俺がまだほんのガキの頃だったな。あん時は嬉しかったなあ」
仗助と康一は顔を見合わせ、気まずい…というフキダシを頭上にのぼらせた。幽霊はしみじみとした眼差しで億泰を見守っている。
「ソ、ソフトは何をやったの?」
「あ、待て、もしかしてこれじゃねーか?」
言いながら仗助が山積みのソフトの中から、青いアルマジロが描いてあるものを取り出して見せると、目をムイて叫んだ。
「ああっ!これ、これだ!チョニックだろ?そうだこれだ。懐かしいぜー…」
撫でさすりながら、
「兄貴がよー、すっげー上手かったんだ。くるくるくるくるってよー。最後まで行ったんだぜ。今でも覚えてる」
なんだか涙ぐんでいるようにさえ見える。康一はもらい泣きしそうだ。仗助は億泰の肩をぽんと叩いてから、
「康一。ほれコントローラそれだって。早くしろ」
「あ、うん」
『チェーガー♪』
「あ、兄貴。ぐすぐす」
「………」
「………」
ぽちぽち
「スキップするの?」
「俺はもう見飽きた」
『エフ・メガァァァッ!』
「あ」
え?と言って振り返ると、億泰が目をぱちつかせ、
「これもやったぞ、絶叫を覚えてる」
「げっ」
仗助が驚き、それまで正座して億泰を見守っていた幽霊がぽんと手を叩いて、
『こんなところにF−MEGAユーザーがいたとは。いい練習相手ですね、仗助くん』
「おいちょっと待て、こいつが持ってたんならお前だってこいつのところにいたことがある筈だろ」
思わず幽霊に話し掛けてしまい、
「お前なに言ってんだ?」
「いや、あのよ億泰、これ買ってきて遊んだ時、偉そうで横柄でクソ意地悪い学ランの幽霊が出てこなかったか?」
『君もなかなか言いますね』
億泰は仗助の剣幕に押されながらも、
「…別に、そういうのは…出なかったけど…それによ、買ってはいねえぞ。これは確か借りて遊んだんだ。すぐに又貸ししちまったし」
ああそうだそうだと言って、
「あの頃はどいつもこいつもニンゲンドウのゲームだったからなあ。メガロドライブ仲間てのは貴重だったんだ」
でも、せっかく買ってきてくれた父親に、ニンゲンドウの方が良かったなんて、ワガママを言う気は本当に全然なかった。買ってきてくれたことが素直に嬉しかった。その子供心を、今しみじみと思い出している億泰に容赦なく、
「そっそれじゃよ、それ貸しっぱなしにしてたヤツ、段々衰弱してヨワヨワにならなかったか?ああっそうか、貸しっぱなしってことはソフト自体が方々あちこちにタライまわしにされてるんだからコイツが出ても誰にも見えねーじゃねーかよぉ!チキショー」
地団駄を踏んで怒っている仗助を、三人は(一人は、他の二人には見えないが)黙って見守った。
「おいお前、コイツのガキの頃に見てる筈だぞちらっとでも!覚えてねーのかよ」
「おい仗助、誰に向かって…」
『どうでしょうかね。億泰君は成長と共に外見が変化するタイプなんじゃないでしょうか。覚えていませんが』
「ケッ、たんにキオク力がねーだけじゃねーのかよ」
「ね、ねえ、仗助くんってば」
『失礼な事を言わないで下さい。君じゃあるまいし』
「なにおーーーッ!」
「おいっ仗助、しっかりしろ!なに床に殴りかかってんだ」
「うわぁん、これじゃデートに間に合わないよう」
「んなこたどぉーだっていいだろうがよ、康一!」
「なんで億泰くんが怒るのーっ」
わあわあわあわあ。
結局まともにゲームを始めたのはそれから随分経ってからだった。
「何周するの?」
康一はすっかりふくれてしまいながら、どんなことでもテキトーに手を抜くことのできない性格のため、それなりにまじめに取り組んでいる。
「4周だ。4周走って先にゴールした方の勝ち」
「うんわかった」
あの時は各人に一つモニターがあったが、今は一台のTVを使ってやっているので、画面が二分割されているのを、幽霊は黙って見ている。お互い接戦だと、相手の車も各々の画面内に入って見えるが、今は見えていない。ということは片方が大分勝っている、という意味だった。
右上の方にミニチュアのコースマップがあって、二つの点がちかちかしながらコースの上を移動している。仗助は赤、康一が青だ。赤が先攻している。
「次がカーブだったよね。ここらで曲がるッと。うわぁ」
くるくるくるーと車が回転して、道の端ギリギリで止まった。しかしスタート地点の方を向いている。
「ええっと、こういう時は、ハンドルを切りながら前進して、」
もがいている隣りを仗助の車が行き過ぎた。
「周回遅れかよ。もうダメだな」
億泰が無遠慮な声を上げた。康一はちょっとくちびるをつきだして、一応最後まではやるよ、と言いながらぐいとアクセルのキーを入れた途端。
ぶおん!どこどこっどこどこ、どかーん。
コースアウトしてしまい、爆発した。仗助の画面の方に、YOU WINという文字が出た。
「なんで道から外れただけで爆発するの?」
「そういうルールなんだよ。あーあ、中途半端な終わり方だなー」
「しょうがないじゃない。とにかく投げないで真面目にはやったんだからね。時間もないのに」
「わかったわかった。感謝してるぜ康一」
とは言ったが、俺にさえ負けるこいつじゃ相手にならねーな、と思った。それから、あれ?と思う。
(なんか変じゃねーか?俺でさえ勝てるんなら、こいつなら楽々勝てるはずだ。だったらこいつが康一に勝って成仏すりゃよかったんじゃねえのか?)
目の前の幽霊がどんどん呆れ返った顔になっていき、最後に、
『君でさえ勝てる相手に僕が勝ったって、成仏できるような達成感や満足感が得られる訳がないだろう。そもそも最初に小学生に勝った時点で疑問に思わなかったのか』
小バカにした口調に、はらわたが煮え繰り返ってぐつぐつ言う。第一こいつのために苦労してるっていうのに、なんでこんなに威張られなきゃならねーんだ?
『泣き言を言わないでくれないか今更。男らしくないな』
「なにが男らしくないだ。オカマみてーな外見…」
『僕はね、女性的に見られるのが一番腹が立つんですが』
きりきりと四つ角が幽霊のこめかみに刻まれた。仗助は慌てて康一に、
「もう行っていいぜ。由花子に宜しくな」
ばたばたと帰り支度をし、玄関に向かって走りながら、
「遅れたのは仗助くんのせいだって言うからね」
「ちょっと待ってくれ、そいつはシャレにならねー。やめてくれ。あの女に殺される」
怒鳴り返したが、相手は何か言いながら外へ駆け出していってしまった。
「やー参ったな。…さてと、(それならよー、こいつはちっと手ごわそうじゃねえか?)」
億泰を見ながら幽霊に心で話し掛けると、うんとうなずいて、
『ちょっと、僕にやらせてもらえないか?』
「お」
(…まえが、やるって?俺に入ってか?)
『そう。彼がそれなりの腕なら、彼を負かすことで僕は納得できて成仏できるかも知れない』
「そうか」
初めての試みだ。最初からこれを想定してきたわけだが、いざとなると緊張してくる。
(いいぜ。やれ)
『失礼します』
幽霊が頭を下げた、と思ったら幽霊はすーと水平移動してきて、ぎょっとする間もなく仗助の体に重なっていた。
自分の隣り、何もない空間を見つめて何か考えたり声を立てたりしている仗助が突然がくんとのけぞったので、億泰はどうもさっきからこいつ何かヘンだ、一体どうしたんだ?と思いながら、
「お前ゲームのやりすぎで神経がおかしくなったんじゃねーのか?」
と、のけぞっていた顔をゆっくり戻し、こっちを見た。億泰は続けて何か言いかけたが、ぎくりとして黙った。
にっこり、笑っている。すっきりとした、ちょっとすまし気味の、つんとしたところもあるのだが、柔らかくて静かで穏やかな、…
要するに仗助のしない種類の笑顔をしており、仗助の持たないタイプの雰囲気をまとっている。
「…じょぉすけ?」
『おっおい億泰』
仗助は声を上げたが、それは相手には届かなかった。
テストの時は仗助が眠っている間に勝手に乗り移られていたが、こうして自分の体という独房の中に閉じ込められ、鉄格子のはまった窓から外を眺めているような状態になってみると、実に奇妙で心持ちの悪いものだ。
見えるし、聞こえる。けれど、仗助からは何も発することが出来ない。この体を操縦しているのは別の人間だ。
「さあ、ゲームをしよう、億泰くん」
自分が、自分の声で、意図しないことを喋っているのを聞いていると、気が違いそうになる。
「なんだ?急に気取った喋り方になってよ。なぁにが億泰クンだ」
「ははは。まあいいじゃないか。さあコントローラを持って。ようし負けないぞ!」
「………」
きみわるー、という顔をしながら、億泰は康一が座っていた位置につき、コントローラを掴んだ。
億泰が車種をどれにしようかと迷っていると、
「悪いんだがAカーにしてくれないか。なるべく同じ条件下で戦いたいんだ」
「ああ。いいけどよ」
「番号は…僕は28だ。大昔のアレジのカーナンバーなんだよ。アレジって知ってるかい?ひょっとしたらもう引退してるのかな」
「…ゴクミの旦那だろ」
「ええっ!そんなことになっていたのか?」
「………」
心の中で体のもとの持ち主が悲鳴を上げた。
『ヘンなことゆってんじゃねえよ!億泰が変な目で見てんじゃねーかよ!』
(だって、ゴクミって後藤久美子だろう?国民的美少女の)
『そういう時代もあったっけか。とにかくアレジといい仲になって』
(でもアレジって既に結婚していたと思うんだが)
『リコンしてゴクミとくっついたんだよ』
(へえ。…やるな、彼女。オノ・ヨーコばりだな)
『なに感心してんだ?』
「なあ、仗助、お前そんなに芸能界にうとかったのか?まさか、SPEEDが来年解散するっての知らないとか言わねーよな」
「すぴーどって誰…」
言いかけた時心の中で絶叫された。
『変なこと言うな!いいからおめーはもう黙ってろ!』
(だってさ。すぴーどって誰なんだ、仗助くん)
『アイドルグループだ!歌うし踊るし沖縄の』
「ああなんだ、すぴーどか。アイドルグループだね。歌うし踊るし沖縄だろう?」
すました顔とスカした口調でぺらぺら喋る、なんだか変な仗助を前に、
「まあ、間違ってはいないけどよ」
(なんか疑ってるな。メンバーは誰がいるんだい仗助くん)
『えっ、今井絵里子と、島ぶくろ…』
「あれだろう。ちゃんと知っている。イマイエリコと、しま、しま、シマウマ」
「…もういいわかった。なんか疲れてきた。とにかくゲームやろうぜ」
「ああそうだ。やろうやろう」
億泰はちらちら仗助を見ながら09、とナンバーを入れた。
「ぜろきゅう?」
「億泰のオ、クだろうがよ」
「ああそういえば康一くんも51って入れてたな。ゴーイチか」
「康一くんって…」
もはや勝敗はどうでもいい、頼むからさっさと終わらせて俺と入れ替ってくれと祈る仗助であった。
スタートラインに並ぶ。ふと見ると億泰がたたたたと連打している。仗助が目を光らせた。
「おっ。知ってるのかい、それを」
「これはどっちかっつーとメジャーな技だったからな。これのやりすぎでAボタンがこわれんだよな」
「あとコインでがしゃがしゃとかね」
『楽しそうにゲーム談義してんじゃねーよ!』
(わかってるよ。彼とは結構楽しめそうだ。嬉しいよ)
ふふんと不敵に笑い、二台は同時にスタートダッシュした。
しかし、終わってみれば幽霊の入った仗助の圧勝であった。億泰は善戦したと言えるだろう、スピンもしなかったし勿論途中でコースアウトなどもしなかった。しかしそれでも、半周以上の差をつけてナンバー28の車がゴールをきった。
億泰が呆れたような声を上げる。
「仗助、お前うめぇー!なんだよ、すっげーうめーじゃねえか。いつの間にこんなにうまくなったんだよ」
「いや、それほどでもないけどね」
その通りだよと言わんばかりの口調でそう返しながら、仗助はふっと寂しげに微笑んだ。
(駄目だよ仗助くん。彼、なかなかやる方だとは思うけどね。やったぞ!勝った!って気分には程遠いな)
『ぐだぐだぬかしてねーで、引っ込め』
(ああ、うん)
ふっと幽霊が出ていった。
自分の体がぐぅっと巨大化したような感覚があって、次の瞬間もとに戻っていた。続いて、テストの時のように倦怠感と脱力感とが襲いかかって来た。
片手を床について、急にへばった仗助にちょっと驚いたが、億泰はまだすげーよすげーよと興奮し続けている。
しかし日々鍛練を続けて来たたまものか、テストの時よりはへたばっていないし、回復も早い。深呼吸をしながら、
しかし本当にこいつうまいわ。
仗助は正直舌を巻いた。仗助もゲーセンでうまい奴の画面を後ろから見たことはあったが、そんなものではない。
操作の正確さ、思い切りの良さ、ドリフト技術の確かさ、スローインファーストアウト、とだんだん訳がわからなくなっていきながら、こいつが必死にならないと勝てない相手なんて、そうはいないんじゃないか?と思い、
一体いつになったらこいつは成仏できるんだ。
その道のりの遠さ、遥かさを思って正直ぞっとした。
その日から仗助はメガロドライブ本体を持って学校に行った。夜は相変わらず不審がられながらの体力づくり、家に帰ってきてからはレースの腕磨き、そして昼間の学校では腕のたつゲーマーを探して総当たり戦であった。
「おいお前」
「あ、…東方」
この学校にいて仗助を知らない人間はいないので、皆反射的に相手の名を言ってから『こいつが俺に何の用だろう』と思う。
「お前、結構ゲームやるって?特にレースゲーム」
「ああなんだ。もっちろん。グランチューリスモなんて、何回やったか…」
「よし、来い」
「ど、どこへ?」
「視聴覚室だ」
自薦他薦を問わずそこそこゲームの腕がたつということになった人間は、皆有無を言わさず階段状の教室へ連れて行かれ、入り口で困った顔で門番をやらされている二人の男(やたらでっかくてイイ感じの面構えで高校卒業後の職業は決まったな、という感じの男と、やたらちっこくて「初等科はこっちじゃないよ」と意地悪を言いたくなるような男)の前を通り過ぎて部屋に入る。仗助が彼らに言う。
「誰も入れんなよ」
一体これからナニをされるのだろうと思ってびびりながら部屋の中を見ても誰も居ない。テレビのすぐ側の机にはなにやら古風なハードがあって、知っている人間は『懐かしいなあメガロドライブだ』と思う。だがその前に座って、こっちを見ている青年の姿は、見えない。
そのままずるずる画面の前に連れてこられ、
「これから俺とこのゲームで戦え。全力で戦えよ。いいな」
言って、隣りに座る。と、仗助がちょっとかくかくとなってから、杉良太郎ばりの流し目でこっちを見て、
「今はただ、君の力に期待するものです」
わけのわからない激励をされ、妙な迫力に思わずうなずき、コントローラを取る。
F−MEGAをやったことのある者は思いのほか沢山居たが、流し目仗助に勝てる者は誰もいなかった。
まさに迅きこと風の如し、鬼神もこれを避くばかりのレースはこびで、皆あっけにとられて画面を見つめ、
「…すげえや、東方(あるいは仗助)」
そう呟くのが関の山だ。そんな彼らに、ふぅと悩ましげなため息をついて、
「弱ったね。本当に弱いな。なんだか、どんどん僕と他の皆との力の差が開いていくばっかりの気がするんだが?」
『くだらねー自慢してねーで、さっさと出ろ!あとでヘロヘロになるのは俺なんだぞ!』
その怒鳴り声は驚いている人間には聞こえなかった。聞こえたのは昼休みが終わるチャイムの音だけだ。
ゴメン嘘ついちゃった。ここで一旦切ります。次でラスト!
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