外に出ると時刻は夜だった。DIOの時間だ、と承太郎は思ったが、夜が明けるまで寝てからにしようと思うはずもなく、無言で足を踏み出す。
先に立って細い道を歩く女の髪が、柔らかく波打って、ふと承太郎の鼻先をかすめる。いい匂いがした。
何の香りだろう。承太郎は女の使う香水の名には疎いのでわからなかった。
よくエレベータで同乗した時に、一瓶頭からかぶって来たのかと思うくらいぷんぷん匂っている女がいる(そういう女に限って、やたらと承太郎に秋波を送ってくるのだが)が、この女は使い方を心得ているようだ。
太い通りに出るというところで、不意に、後ろから誰かが走り寄ってきた気配があった。承太郎がとっさに振り返った時には、すでに、女が承太郎と何者かの間に素早く割り込んでいた。
相手はぎょっとなって立ち止まった。
走って来たのはまだ子供で、どうやらぶつかりざま承太郎の黒く長いコート(に、見える学ラン)の中を探って、何かあったらかっぱらっていこうというハラだったらしい。
「なんなの、あんた。何の用」
有無を言わさず相手を怒鳴りつけると、子供は袋小路に追い詰められた猫のような表情になっていき、ぱっと背を見せてもときた道を駆け戻っていった。
「ただのかっぱらいみたいね」
ちらとこっちを振り返って、目で承太郎の様子、顔色を測ってから、
「大丈夫ね?」
「ああ」
「そう」
端的にそう会話する。相手が、自分の安全を気にかけてくれていることが、承太郎にもわかった。
だが、そう言えば、『妹を助けるのにはあんたが必要だからよ。不本意だけど』と憎まれ口をきくのだろう。
「なによ」
女が言うので、自分が彼女を見つめていたことに気づいた。
「いや」
「なぁに?見とれるほどいい女だ、とか言いたい訳?」
口元に微笑をたたえてそんなふうに言う。香水が更に香った。
「そんなことは、一言も言ってないし、思ってもいない」
不必要なほどにきっぱりと言い放つ相手に、目を丸くしてから、
「なんて無粋で不躾で面白味もなくてマナーのなってない男なのかしら。あんたなんて、いいのは見かけだけね。いくら女が寄ってきたとしても、それじゃさっぱりだわ」
自分だって少しはふざけたのだろうに、結構腹が立ったらしく、まくしたてられた。承太郎は舌打ちしたいのと、うんざりするのと、馬鹿馬鹿しいのとがごっちゃになって、結局何の反応も見せなかった。
ぶりぶり怒っている女と、承太郎とはかなり混み合った通りに出た。怒っているせいなのか単に急いでいるからか、女の足は速かった。でかい歩幅ときびきびした足取りで、ぐんぐん歩いて行く。もちろん、承太郎がついていくのに苦労する訳ではないが、途中で女の足取りが少しだけ遅くなった。怒りにまかせて歩いていたが、承太郎のケガを思い出したのだろう。
「構わん。さっさと行け」
「言われなくても急ぐわよ」
言い合っている二人を、街のみなさんは珍しそうに眺めている。
外国人の中でも抜きんでて高い背と堂々たる体躯、強い意志の漲る目をした異国の青年、それから、すらりとした体を黒い服に包んだ、驚く程美しい女だ。女の黒いワンピースは極めてあっさりした形で、着る人が違って、つまり出るところとひっこむところが逆転ないし偏移すれば、ハワイのムームーになるしかないところだが、彼女の場合はほっそりしたしなやかな美しいラインをそれはそれは効果的にあらわしていた。
『質素で地味』になるしかない服装も、彼女自身が放つ華やかな輝きをもってすれば、『魅力的だ』に変換される。それは承太郎の場合も同じだったが。
力強く逞しい美丈夫とスレンダーだがあでやかで太陽のような美人が、二人揃って黒い衣裳を纏っている、というのも申し合わせて揃えたようだ、つまりはこれから社交ダンスでもやるかのようで、一言で言うと誰もが、「お似合い」だと思う。
どういう訳だか、口喧嘩をしているが。
一人が声をかけた。
「おにいさん、彼女を怒らせちゃダメだよ。浮気でもしたの」
「彼女じゃないわよ」
女はかみついたが、物売りはほぉ、と感心して、
「怒った顔もきれいだねえ」
とたんに、隣りにいた男が言った。
「彼女を怒らせたんなら、プレゼントしないとね。俺の店でアクセサリーをなにか、どうだい。黒衣の美女にはどんな色の宝石でも似合うよ」
「お前んとこのアクセサリーなんて、ガラス玉だろうが」
「うるさいぞ。おにいさん、絶対そんなことないよ。安心してね。おにいさん、コトバわかる?」
女はちょっと呆れ顔で眺めていたが、ふと隣りの承太郎を見ると、やはり呆れた顔をしている。とは言ってもこの男は目を剥いて『呆れたー』と言う顔は、あまり、もしかすると一生しないだろう。ほんの少しばかり、眉が上がっている、くらいだ。その下の目が、やれやれという苦笑の光を一瞬返した。
まだなにやかやと話し掛けてくる二人を放っておいて、承太郎と女は足を進めた。だが、同じような連中が、じろじろとこっちを眺めては下らない言葉を投げてくる。
「どいてよ。急いでるんだから」
女は激昂して怒鳴ったが、皆嬉しそうに笑ったり、『怒っちゃダメだって。キレイな顔が台無し、ではないけどね』だのとはしゃぐばかりだ。
「何なのよこいつら」
「いいから、相手をするな」
「だって。何よ。あたしが何をしたっていうの?」
「多分」
首をかしげて、
「お前がビジンだとかいう、ことだろう」
「え?」
女の目が承太郎を見上げ、ちょっと考えてから、
「もう一回言ってよ」
「拒否する。それに俺が思った訳じゃない」
「あんたは」
きぃ、と頬を引きつらせて、
「ホントに、無粋でぶしつけだわ。そんなんじゃ、いくら」
「女に寄ってきて欲しいと思ったことはない。早く歩け」
「歩いてるでしょ」
どきなさいよ、と怒鳴りつけ、承太郎の前に出てどんどん歩いて行く。承太郎は無言で後をついていく。
なんだよ彼女おかんむりだな、おにいさん尻に敷かれっぱなしかという声の方をぎゅーっと睨みつける。
こわいねえ、と声がかかったが、皆嬉しそうに笑っている。話にならない。
しばらく蹴散らしかき分け歩くうち、やっと人通りが少なくなってきた。女がちらと振り向くと、承太郎は油断無く、写真でしか見たことの無いDIOの館が現れないか、あるいは敵の刺客が襲ってこないか、神経を張り巡らせながら、ついてきている。
ふーん、とその様子を眺めてから、
「あんた、いいコはいないの?」
「なんだそれは」
こちらを見ないで言葉だけ返す。
「いいコって言ったらいいコのことでしょ。カノジョよ。いないの?」
「お前は俺を不躾と言ったが」
「悪かったわよ。ただその…あんたくらいでっかければ、いざって時にいいかなって思ってね」
さすがに、承太郎の眉間にシワが寄る。
「いざって時てのはなんだ。なににいいんだ」
「そりゃあ、いろんな危険から守ってくれるってことによ。…ええそうよあたしは不躾だわ。自分で言ったからね。さあ教えて頂戴。いるの、いいコ」
承太郎は面倒くさそうに、
「いない」
吐き捨てた。そうしながら、DIOの館を目指して歩きながら、なんでこうバカな話をしているんだ俺は?と思った。
「そう?そうなの?ああよかっ…ちょっと待って。好きなコはいないの?」
承太郎の眉間のシワがいよいよ深くなる。
「恥ずかしくて告白できないんだけど、実はすごくスキなコがいて、夜も眠れないとかいうのは?…まああんたってそういうキャラには見えないけど、人は見かけによらないっていうしね。でもねえ、あんたが小心者って言っても、笑っちゃうわね。うふふふ。あははは」
「余計なお世話だ」
「怒らないでよ」
言いながらうふふうふふと笑い続ける。このアマ、と思いながらも、本気で怒るのが大人気ないのはわかっているから、目は上へ向けて、別にこんなこと気にもかけていない、という態度を取った。しかし、女はそれで話を止めるでなく、笑い終えた後なおも、
「ねえ、それで、いないの?すきなコ」
「しつこいぞ。いない」
怒鳴りつけた。はたから見ると情けない癇癪に見えそうでいよいよ腹立たしい。
「お前本当にDIOの館に向かってるんだろうな」
「変な事言わないでよ。当たり前でしょ。そう、いないの。カノジョも、好きなコもいないと。つまりフリーってことね?オッケーオッケー。それさえ聞けばいいわ」
女は俄然、機嫌がよくなって、鼻歌を歌いはじめた。
「お前がなにをつまらないことを考えているのか知らないが」
「うるさいわね。自分がモテるなんて勘違いする必要はないわよ。ひとつだけ考えてみてくれればいいのよ。いい子よとっても」
「なに?」
何を言い出したのかさっぱりわからない。
「引っ込み思案でね、いつもいつも人に遠慮ばっかりする子なんだけど。気立てはいいし、働き者だし。
女の子はやっぱり、見かけより思い遣りと奥ゆかしさよね。そう思うでしょあんたも」
ちょっと考えこんでから、
「そうだな」
思わず、素直に同意した。女の目が輝く。
「ならバッチリだわ!よかった。じゃ、そういうことよ」
「どういうことだ」
「あんた、死なないでよ」
にこりと笑って、女は振り返った。不本意だが、とてもきれいな笑顔だと承太郎は思った。
「DIOのヤツなんかに殺されないでね。頑張って生き残って頂戴。そして、妹を幸せにしてやって」
「………」
いっとき、黙ってから、
「さっきから得体の知れないアピールをしていたのは、お前の妹のことか」
「そうよ。当たり前でしょ。あたしは別に守ってもらう必要はないわ。なぁに、あたしにも立候補して欲しかったの?悪いけどそれは遠慮するわ。DIOは勿論だけど、あんたもちょっと違うのよね、あたしにとっては」
「俺は別に、何も言って…」
反論をしかけて、むなしいのでやめた。
「あの子はやっぱりあんたくらい押し出しが立派な男に大事に守ってもらう、ていうのが幸せだと思うのよ。まああんたが押し出しだけで、中身はさっぱりっていうんなら、勿論こっちから願い下げなんだけど。ま」
もう一度、にこり、と笑う。
「もう少し、あんたのことを見てみて、だわね。合格点なら、よろしく頼むことになるわ」
「俺はお前の妹には会ったこともないが」
「そんなこと知ってるわよ。わざわざ言わなくても」
何を今更言ってるの、と不思議そうな女は、『会ったこともない同士を勝手にカップルにしているお前は横暴だ』という、言葉の意味まで読む気はないようだ。
いるな、こういう奴、と思う。親戚や知合いに約一名は必ずいるということになっている、くっつけおばさんだ。あるいは、やたら人の恋の相関図を把握し、恋路を操作するのが好きなタイプの女。『あんたでちょうど○組目なのよ、話をまとめたのが』なんて自慢だか恩着せがましいんだかわからないことをおっかぶせてくる。
と、ここまで『だから女は』的なことを考えて来た承太郎だったが、どうやらこの女が非常に妹の身を案じているらしいことだけは、確かなようだと、かなり控えめに見積もった判断を下した。しかし、彼氏まで勝手に決められては、いくら大人しくひっこみ思案な娘でも嫌がるのではないかと思う。
それからふと、この姉妹はなんとなく母をなくしているのではないかと思った。単に、姉の異様なほどの過保護ぶりを見ての判断だが。
どういう事情でか、多分今はもういない母親は、スタンド使いだったのか?
姉は違う。妹はそうだ。その血は母からのものか。あるいは父の。
その辺のことを、ずけずけと尋ねる男では、承太郎はなかったので、黙っていた。が、女はそうではないらしく、
「そういえば、あんたも妹と一緒でスタンドとやらを使うのね。あんたのお母さんもそうなの?」
尋ねられてぐっとなる。
…ああそうだ。おふくろもスタンドを持っている。自分の生命力を養分として咲く花を、全身に巻き付かせて、ただやせ細り枯れるのを待っている。今では遠く遥かな国で。おふくろは『自分を苛んで殺す』という能力の、スタンド使いだ。
祖父の祖父より繋がる命の糸の端が、DIOに結ばれてしまったことで、おふくろの喉はその糸で幾重にも締め上げられ、今にもこときれそうなのだ…
だが、即座に自分を落ち着かせ、何も表には出さない声で言った。
「いや違う。
…俺とじじいは、言ってみればDIOのせいでスタンド使いになった、というところだろうが」
「なに?それ」
「これ以上の説明は複雑すぎる。しても無駄だ」
呟いてそれきり黙った。
「なによ。あたしには理解できないって言いたいの?」
「そうだ」
「あんたは」
がぁ、と怒った女に、承太郎は低く、ひくく笑った。その笑顔を見て、女は、この男の笑った顔は、夜空に煌く光を見上げた時のような気持ちにさせる、と思った。それから、
それって、妹の笑顔と同じだ、と思った。
おセンチねえ。笑っちゃうわ。でも、案外、いい組み合わせだと思う。
あんたが、この男の隣りで慎ましく控えて、二人で同じものを感じる笑顔でお互いを見ているのだ。うん、いい。とてもいい。
もしそれがかなったら。
女は、うん、と強く心でうなずいた。
あたしはきれいさっぱり、口出しはやめる。もう二度とでしゃばらない。この男にあんたの手を渡して、消えよう。
そのためにも―――
「止まって」
女の低い声がこれまでになく緊張しているのを感じ、承太郎は足を止めた。
女は細い道の角から、そっと顔を出して向こうを見てから、顔を戻した。
「この先にあるわ」
「DIOの館か」
「だから、それを今まで目指して歩いてたんでしょ」
わざわざ憎まれ口をきく。よし、と低く言って、女を追い越して出てゆこうとする腕をむんずと掴む。
「話を聞きなさいよ。今真っ直ぐ中に入ろうとすると、つっつかれて殺されるわ」
「つっつかれて?…何にだ?」
「鳥によ」
「トリ?」
やはり、声がおかしな響きになった。
「番犬てのがいるでしょ、でっかいお屋敷には。たまにはトラとか、ヒョウとかの家もあるだろうけど。それの鳥版よ」
承太郎は少し黙ってから、
「そんなに脅威なのか?その鳥ってのは」
「そうよ。一撃で殺せるなんて思ったら大間違いだわ。鳥なら夜は目が見えないから楽勝なんて思わない方がいいしね。ただの鳥じゃないわ。あんたの同族よ」
「………スタンド使いなのか」
納得したらしい様子に、女は口を尖らせる。もう少しダダをこねるかと思っていたらしい。
「なんだ。もう理解したの」
拍子抜けした声にほとんど気を留めず、
「仲間に、似たようなのがいるからな」
「似たようなのって?」
「人間じゃないスタンド使いってことだ。何がいるにせよ、真っ直ぐ中に入る以外道はないだろう」
そして、時間も無い。
承太郎の腹の底で、じり、と何かが焦げるような思いがわきあがった。
「真っ直ぐ入ったらね、玄関ホール前で死闘になって、大騒ぎになって、夜が大好きな館の主人がのこのこやってくるわ。忠実な手下どももね。あんた一人では扱いきれないし、妹やあんたの仲間だって」
「だから、どうしろと言うんだ」
苛立ちをなんとか噛み殺して、それでも唸るような口調になる承太郎を見て、
「五分、ここで待っていて」
「なんだと」
承太郎の目が険しくなる。
「どうする気だ」
「鳥をなんとかするに決まってるでしょ」
そのとてつもない言葉に、様々な感情が承太郎の胸にわきおこり、そのどれかを口にしようとしたが、それに先んじて女が口を開いた。
「あんたはここで待機して。五分経ったら来て頂戴。門の中に入って、館の入り口で待ってて。いい?ずかずか中に入ってちゃダメよ。わかった?」
「何故、」
「わかった?って聞いてるのよ。返事をしなさい。それとも話が理解できないの?」
腰に手を当てて胸をそらし、凛と言い放つ。このアマ、とまた思ったが、
相手もまた必死なのを、最初に女に言い募られた時と同じように感じ取り、ややあって、
「お前なら、騒ぎにならないように、スタンド使いの鳥をなんとか出来る、というのか?」
「そうだ、って言ってきたつもりなんだけど?あたしは」
すました顔をにらみつけ、暫し考えてから、喜んでというよりは仕方ないと言いたそうな口調で、
「理解した。お前の言うようにしよう」
「いいわ。お利口ね」
同じようにうなずいて、そんなことを言い、にこりと笑った。
じゃあ行くわねとあっさり足を踏み出そうとした女の背に、
「ひとつだけ聞かせろ。鳥をなんとかするというのは、戦って倒すという意味なのか」
細い肩をすくめてみせ、その上の首が承太郎をちらりと見て、
「違うわ。そんな野蛮なことはあたしには出来ないわ」
「なら、どうする気だ」
「あんたは、ひとつだけ聞かせろって言ったんでしょ。もう一つ目には答えたわ。じゃあね」
ひらひら、手を振ってから、べーと舌を出して見せ、背をすっきりと伸ばして、通りに出、歩いていった。
承太郎はそっと、角から頭を出した。そして、
その背の先にある、闇に沈む灰色の建造物を目にして、思わず声をのんだ。
写真の館だ。DIOの館だ。
探し求めて、全身全霊で捜し求めていたあの建物が、今そこにある。
目をおろす。女の背が、闇に飲み込まれてゆく。
スタンド使いの鳥が、侵入者を待ち構えているのだと言う。
あの女はスタンド使いではないと言った。
もしそれが本当なら、勝ち目は無い。ただの人間がスタンド使いに勝てるわけが無い。
どうにかできるとは…どうするのだろう?
五分後、DIOの館の入り口で合流する道を俺は選んだが、それは正しかったのか?
かといって、違う道を選ぶといっても、あの女の言うように、DIOの館の前で大立ち回りをやらかすくらいのものだ。それが賢明とは程遠いことは、さすがにわかる。
イラついて、それで事態が良くなることなど無い。それもわかっているから、承太郎は『どうすればいいんだ!』等のセリフを甲高く叫ぶといった、無意味で無駄な行為は生まれてこの方一度もしたことがないが、
それでも、五分が長い、とはかなり強く思った。
鳥は、なにものかの気配を感じて、意識をそちらへ向けた。
誰かが、門の向こうに近づいてくる。
敵か?
一瞬思案し、
敵だな。
彼は侵入者を屠る役割を、彼の飼い主に与えられていた。
彼は人間のように、『自分は何のために生まれてきたのか』などといったことは考えない。命が終わる時まで、自分がしたいことをする。したいことだけをする。それだけだった。
そして目下、彼の飼い主の領地に侵入してくるばか者を片っ端から殺すという事は、彼にとって『自分にふさわしい役割』と思えることだった。
この世のどんな存在に下されるどんな命令にも従う気のない彼だったが、その任務は、彼にふさわしい唯一の道であるような気がした。
なにしろ、彼の飼い主は、人間ではなかったし。
鳥は、翼を広げた。舞い上がり、侵入者が入って来ようとしたら(下からムリヤリか、上からよじのぼってか知らないが)襲撃してやろうと身構えた。
だが、門は開いた。鍵を使って入ってきた人間は、彼を見上げ、
「待ちなさい。襲わないで。誰かわかるでしょう」
彼は優秀な狩人の目をもっていたが、彼はフクロウのような夜行性の鳥ではないから、夜目が利く訳ではない。故に、外見は彼にははっきりと判断がつかなかったが、
彼は思った。―――
よく見えないが、わかる。
『あの』女だ
『何度か、ご馳走の肉を食わせてくれたことがある、』
『この館の関係者だ』
なんだ、という訳か翼を収めようとした彼に、手をのばして、
「おいで。上等の肉が手に入ったから。さあ」
彼は、なつく、甘えるといった思考は一切持たなかった。全ての人間は彼にとってエサか、エサを持ってくる存在でしかなかった。だから今も特に、ホネを見せられた犬のように尻尾を振る気は全然なかったが、
この前こいつが食わせた肉は美味かったな。
まあ、いいか、と彼は再び飛び立ち、女の細い腕の上に爪を食い込ませてとまった。血が溢れる。
女は、特に苦痛を表しもせず、黙って足を進め、館の裏の方へ歩いていった。
[UP:2002/9/17]
やっぱり終わらなかった〜完結の予定だってさ。なんだかなあ。すみません。
ペットショップも鳥らしいとこはあるさってことで鳥目にしちゃいました。まあ、くちばしひん曲げて笑ってたけどね。原作では昼間戦ってたしぃ〜。その辺で宜しく…
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