娘らはひとしきり喜び騒いでから、
 「じゃ、これからはあたしたちは仲間ね!ミスタージョースター」
 「宜しく、お願いします」
 こちらこそ、と言ってから、
 「そう言えば、わしとアヴドゥル以外まだ名乗ってなかったな。こっちが」
 「おっとと、自己紹介は自分でやらなくちゃな」
 ポルナレフは気取って会釈してから、
 「J・P・ポルナレフだ。宜しくな、アーニャ、ミリア」
 「よろしく、ムシュウ・ポルナレフ」
 ポルナーフ、というようなアクセントで言い、にこりと笑う。
 「僕は花京院典明といいます」
 軽く頭を下げる。で、あっちが、という身振りをちらと見てから、低いが明瞭な声で、
 「空条承太郎だ」
 姉はそれぞれに、カキョーインと、ジョータローね、不思議な響きね。宜しくと言い、妹は何故だか顔を赤らめて日本風にお辞儀をした。それらが終わるのを見てとってから、アヴドゥルは一枚の写真を出して、机の上に出した。
 「さっそくだが、この建物を知らないか?見た事はないだろうか」
 二人とも意気込んで身を乗り出し、その写真をじっと見つめた。それから、落胆と申し訳なさをそれぞれの目に浮かべて、見返し、
 「残念だけど、知らないわ」
 「すみませんお役に立てなくて…」
 「いや、いい。君たちも旅人だ、知らなくて当然じゃ」
 本当は自分もがっかりしているのかも知れないが、ジョセフが早口できっぱりと言い、アヴドゥルもうなずいた。
 「DIOはこの館の中にいる。カイロのどこかにあるこの館を、我々は明日から探索する。君たちは…」
 「勿論探すわ。カイロはええと、どちらの方角から古い建物があるのだったかしら?これは相当古そうね!」
 鼻息も荒くアーニャが叫ぶ。
 「任せて頂戴。必ず見つけてみせるから」
 「ちょっと待った。張り切ってくれるのは有難いが」
 ジョセフが慌てて止めに入る。
 「たとえもし見つけても、決して一人で突入なんかせんでくれ」
 「大丈夫よ」
 あっさりそう言ったので、わかったのかなと思ったら、
 「ミリアと一緒に入ってみるわ」
 ジョセフは違う違うそうじゃなくてというような意味のことを口にしながら、首を振って、
 「全員揃ってからだ。いいかなお嬢さん方。奴はそんじょそこらの悪党のボス程度とは比較にならん力と残虐さを持っておるのだ。それは理解しているだろう?」
 妹の方だけがうなずいた。姉は不満そうに黙っている。
 「絶対に君らだけで、入ってみようなどとはせんでくれ。アーニャ」
 姉は何か言い返そうとしたが、その途端に名指しで呼ばれたので、燃えるようなその瞳を相手に据えたまま、かろうじて言葉をとめた。
 「約束してくれ。君が勝手な行動をとると、君自身にも、妹さんにも、我々にとっても致命的な失策となるんじゃ」
 「…わかったわ」
 不満そうな顔ながら思ったより早くそう応じたことで、本当にわかったのかな、納得したのかなという疑念が、一同の胸の中や、顔に浮かんだ。
 ふと見ると、彼女のやや後ろにいる妹が、詫びるような、わかっていますちゃんと見ていますからというような表情で、こちらを見ていて、幾人かは苦笑した。
 その笑顔に励まされたように、少しの迷いの後、ミリアが口を開いた。場をとりなすようなところも、あった。
 「ひとつ、お伺いしてもよろしいですか?」
 「ああ、なんなりと」
 ジョセフがうなづく。
 「さきほど、こちらの方、か…キョウイン、様が」
 そう言ってミリアはちらと花京院を見た。何か?という顔になって、見返す視線に、ミリアの頬がたちまち真っ赤になった。おどおどと首をすくめながら、小さくなった声で、
 「あ、あの。ちょっと、ひっかかった、だけなのですけれども。『せめて、夜の間だけでも一緒に居た方がいい』とおっしゃいましたよね?」
 「ああ、言いましたね」
 花京院の同意に少しだけほっとした表情になって、
 「それに、問題の館の中に、単独で入ることは勿論もってのほかなのでしょうけれど、探索を一人一人で行うこと自体は、さほどの危険を伴わないと考えておられるように、感じました」
 ほんの少し首をかしげる。
 「どちらにしても、昼の間は…こう、なにか、まだ安全というか、路上で急に襲われるようなことはないかのような、感じがしたのですけれど。
 それは、どうしてなのでしょうか?それほどに、恐ろしい男であるというのに?」
 「いや、大した注意力だ」
 ジョセフが感嘆の声を上げた。
 「ちゃんと、そこのところにひっかかるとは」
 「そうですね」
 花京院がうなずいて、
 「理解力と思考力がある方ですね」
 歳に似合わない落ち着いた声でそう言われて、ミリアの顔は赤くなる一方だ。
 「当たり前よ」
 隣りの姉がふん、と顎を突き出す。
 「この子は見たり聞いたりしたことはなんだって覚えてて、ちゃあんと正しい判断を下すんだから」
 それが時々、うっとおしくもあるけど、という部分は告げずに、わかった?とアーニャは一同を見渡し、ミリアは俯いてしまった。
 「ふむ。考え深い妹と、行動力の姉という訳だな」
 「そうなのよ。考えなしのあたしの分までこの子が考えるというわけ」
 悪びれずそう言い切って、
 「で、どうなの?ミリアが言った疑問への答えは?確かに色白な男だったと思うけど、まさかついうっかり日に焼けると火脹れが出来てつらいから、太陽の下へは出てこないって訳じゃないんでしょ?」
 火脹れどころか、消えて無くなってしまうのだが。…
 一同は、なんだか妙にシブい顔になってそう思った。ついうっかりでもなんでも、奴を日輪の下に引きずり出せたらどんなに、いやどんなにどころではない。それで終わりだ。チェックメイトだ。
 その一手まで、これからどれだけの手数を必要とするのだろう。もう、遊んでいるヒマはないのに。
 焦りを振り払うようにぶんぶんと首を振って、ポルナレフが、
 「まあ、それで、はずれてはいない。DIOの奴は、日の当たるところには出てこないと思っていい。奴は太陽だけは、肉の芽をもってしても、手前の手下には出来ないんだ」
 「そんなに日の光が苦手なの?」
 アーニャが目を丸くした。
 「まるで、吸血鬼ね!」
 一同の顔が再び暗く、暗鬱な苦笑を浮かべた。
 その通りだアーニャ。それで過不足なくその通り。だがそんなことを言ったら、今までしてきた話そのものを疑われそうだから、敢えて言うまい。我々の敵は、百年前から甦った吸血鬼で、ここにいる最年長の男の祖父の、首から下をのっとった、などと言って、『まあそうなの!それは大変だわね』と答えて納得してくれるとは、とても思えないから。
 普通の人間にとっては、スタンド能力なとどいうもの自体、吸血鬼の存在と似た様なジャンルに入れられるお話なのだろうが…
 「この館の中の奥深く、昼間は隠れていて、夜になると出てくる、ということなのですね」
 ミリアが呟いて、指先で写真をなぞった。
 「でも、この写真は、どうやって手に入れたのですか?場所もわからないのに」
 相変わらず、ちゃんと考えを巡らせている娘だなという顔でジョセフは微笑み、
 「わしのスタンドで手に入れたのじゃ。能力は遠隔透視。テレビの画面やカメラなどに、人の考えていることや奴に関する情報を読み取って映し出すことが出来る」
 そう言って義手でない方の手を差し伸べると、バシバシと音をたてて紫のイバラが浮かび上がった。
 「まあ…そんなことが、出来るものなの?」
 アーニャが驚きの声をあげ、姉妹は顔を見合わせ、しげしげとジョセフの顔を見る。うむ、と偉そうに言ってから、ジョセフの顔がでれでれと笑う。
 「しまりねー顔になってんな、ジョースターさん」
 ポルナレフが呆れた声を出したが、
 「ムシュウ・ポルナレフは?どんな、チカラなの?」
 アーニャにそう尋ねられ、
 「ん、俺かい?俺は」
 空中に銀の甲冑を纏った戦士を躍らせ、その切先で光の線を描いてみせ、
 「すごいわ!目にもとまらないってこのことね!」
 「きれい。銀色の星みたいですね」
 姉妹が歓声を上げたのを見て、
 「でへ。でへへ」
 同じ顔になっている。
 「ジョータローは肉の芽を掴んで引き出す、す…タンドなのでしょ。さっきそう言ったわよね」
 承太郎の目がちょっと上がる。…別に、そのことだけしているわけではないのだが、他にももっといろいろ出来るのだ、と言い張るのもバカみたいなので、敢えて否定も訂正もしなかった。その代わりに他のメンバーが、
 「いや、力そのものもかなりのものだし」
 「肉の芽を掴んで引き出すというのは、相当精密な動きをするという意味で。実際見ないとわからないだろうが」
 補強説明をしてくれた。
 ミリアが、おずおずと、
 「あの、あなたはどんな…」
 小声で花京院に尋ねる。にこりと笑って、
 「遠隔操作が可能で、探査と、相手の内部からの操作が行えるといったところでしょうか。飛び道具を一応、持っています」
 そう言うと、肩越しにふっと緑の人の手が現れて、指をひねった。緑の弾丸が上へ飛び、天井に届く前に緑の影がそれを捕まえて、消えた。ミリアの目が輝き、指で隠した唇から感嘆のため息が漏れた。アーニャが大声で、
 「すごいわ。皆それぞれ、全然違うチカラを持っているのね」
 と、ソファの下からう〜と唸り声が聞こえてきて、姉妹が驚いた。
 「はっは、スタンド能力に関してならこの俺様を忘れるなって言いたいのか?イギー」
 アヴドゥルが言いながら手を突っ込んで引き出そうとしたが、それより先に白黒ブチの小型犬が飛び出してきて、ぽんと机の上に乗った。
 「まあ可愛い!ボストンテリアね?あんたイギーっていうの?」
 「賢そうな顔をしていますね」
 姉妹は大喜びでかわるがわるイギーを抱き上げた。と、いつものえっらそうな人を小ばかにした態度はどこへやら、大人しく豊満な胸に抱きしめられ、しなやかな手で撫でられて、すましている。一同はちょっと呆れたり、「犬のくせに猫かぶりやがって」と文句を言ったり、嫌そうな顔で笑ったりして、その様子を眺めた。
 「ねえ、てことは、ひょっとしてあんたもその、スタンドが使えるの?犬なのに?」
 ワン!と高らかに咆える。
 「見せてくれないかしら」
 ミリアが小さい声で尋ねた。と、ポルナレフが駄目駄目、と手を振って、
 「部屋中砂だらけになるぜ。とにかくばっちくて埃っぽいスタンドなんだから」
 う〜〜〜!ワン!ワン!イギーが抗議して、ポルナレフがなんだよと唇を突き出す。まるきり同レベルだ。姉妹は声をそろえて笑った。
 「なんだかすごくドキドキしてきたわ。ああ、あたしたちと同じ仲間が目の前に、こんなにいるなんて。信じられないけど、本当のことなのね!」
 アーニャは叫んで、一人一人を、情熱的なひとみでじっと見つめた。男たちはどぎまぎしたり、にこにこしたり、平然としたりしながら、その視線に応え、最後にジョセフが、
 「ではそろそろ時間も遅いし、話の続きはおいおいにしようか。明日は強行軍になる。引き上げよう、皆」
 はい、おお、と返事をして皆立ち上がる。姉妹が慌てて、
 「ちょっと待ってジョースターさん。もう一つ取れた部屋の方が狭いのじゃない?」
 「交換しましょう。私たちがそっちでいいです。せめてベッドが二つあるこっちの部屋で、皆さんが休んで下さい」
 そう叫んだが、いやいやいや、と指を振ってそれを押しとどめ、
 「君らにも明日からしっかり働いてもらわなければならんのじゃ。今夜はゆっくり休んで、鋭気を養ってくれ。なぁに、わしらのことなら心配無用」
 「そうそう。もっと狭いゴムボートの上でぎゅうぎゅうづめになったりもしたんだしよ。平気平気」
 「うん。気にしなくてもいい」
 「でも…」
 まだ何か言いかける姉妹に、
 「お互いちょっとばかりキツい旅だが、なんとかハッピーエンドにしようじゃないか?」
 そう言って、ジョセフはウィンクを上手に投げ、おやすみと付け加えて出て行った。
 しばらく、姉妹はぼうっとして、閉まった扉を見ていたが、やがてソファに座りなおし、どちらからともなく長く息をついた。
 「あら」
 片方がついもらした声に、もう片方が見ると、男たちが座っていたソファにちゃっかりと、イギーが居座って、しっぽを振っていた。
 アーニャが手を伸ばしてイギーを抱え上げ、ぎゅっと抱いてから、ぼんやりした口調で、
 「なんだか、とてつもなく、いろんなことが回り始めたわね」
 「そうね、姉さん。あの男に路地裏で出会ってから、」
 息を吸い込む。それから、妹もなんだか途方に暮れたような感じで息をついて、
 「この数ヶ月がウソみたいだわ。何も無いまま、あてもなく彷徨ってたのに」
 「そう。あの男は、あんたのいうように…あの人たちが言うように悪党だろうけど、ある意味感謝しなくちゃね。ああ!だからある意味って言ってるじゃない」
 怪訝な顔になった妹に、強く首を振って、一転、姉はひどく嬉しげに、
 「だって!ねえ、信じられるミリア?あたしと同じ炎のチカラを持った人よ!この世にいたんだわ。あたしだけじゃなかったのよ、何もない空間に炎を生み出せる人間が!」
 叫んで、高く笑った。まるで炎を生み出す時の動作のように、宙に手を掲げ、
 「その他にも、あんなにいろんなチカラの人たちがいるなんて。それに、ねえ?あんた本当にわかってる?これがどんなにすごいことか」
 興奮と情熱を込めて、目を輝かせて叫びつづける。
 「あたしたちが今までひた隠しにしてきたチカラのことを、隠さなくてもいいのよ、あの人たちの前では!今日つけるアクセサリーや、食前酒の話みたいに、このチカラについて話が出来るんだわ。まるで夢みたいよ!」
 姉の激しいハデなアクションや表現に対して、そうね、とそれだけ言って、妹はにこにこと、
 「同じ火の能力のアヴドゥルさんが、いい方で、良かったわね姉さん」
 「あら、当たり前よ!火を使う人間は、穢れを払う強さと潔さを併せ持つ人間なんだって父さんがいつも言ってたんだもの。火に携わる人間に悪人はいないわ。それはちゃんとわかっていたけど」
 アーニャの目が更に強く輝いた。
 「鳥の頭をした人の姿をしていたわね。あたし夢中だったからよく見てなかったけれど。あんた、見た?」
 「あたしも見てなかったわ」
 「駄目じゃないの!すごかったのよ。手の中にこんなに大きな炎を抱えた鳥の人間なのよ」
 叱られたってしょうがない、あの時は姉さんを止めるのに精一杯だったんだもの、と妹は胸の中で文句をいい、しかしいつもと同じようにそれは口にせず、大人しく微笑んで首をかしげた。
 そんな妹に、姉は急にヘンな笑い方をして、
 「なによ。何もかもわかったような顔しちゃって、あんた、あの男にオネツなんでしょ」
 「えっ?」
 動揺した妹に、姉はころころと笑って、
 「あの茶色の髪と琥珀色の目をした東洋人の青年よ。カキョーインといったわね」
 ど、と音をたててミリアの顔が赤くなった。
 「図星でしょ?頬から顎のラインがとてもきれい。礼儀正しくて折り目正しくて発音がきれいで丁寧で。あんたとはお似合いだわね」
 「ね、姉さん、何言ってるの。へ、変な事、言い出さないで」
 しかし目は小魚のように泳ぎまくっているし、声はうろたえきっている。
 「ごまかしたって無駄よ。あんた、あたしが気づかないとでも思ったの?まあうっとりした目で見ちゃって。『私はあなたにベタボレ』って、顔に書いてあったわよ」
 「やめてったら。下品な言い方しないで」
 「どこが下品よ。年はいくつかしらね?妹をどう思う?って聞いてあげましょうか」
 ミリアは立ち上がった。顔はもう、トマトかなにかのようだ。
 「そんなことしたら、絶対許さないわよ、姉さん」
 許さないってどうする気よ、と言い返そうかと思ったが、こういう時の妹が『本当に許さない』のを知っている姉は、そろそろやめてやることにした。自分がぽんぽんぽんぽん喧嘩を売りながら、その実本気でやらかす気はないのと、対照的な妹なのだ。
 「ま、あの人たち、みんなそれぞれに魅力的だけれどね。ダンディでワイルドなおじさまも、ハートがあったかいムシュウも、勿論火の鳥を従えたエジプトの男も…
 あと、夜の海みたいな目をした日本人の青年とね」
 ワン!とそこでイギーが高らかに吼える。ここいらでひとつ、自分の魅力もわからせなければならない、と思っているのだろう。アーニャはけたけた笑い、ミリアもやっとぎこちなく微笑んだ。
 そんな妹の顔を見て、姉はにっと目を細め、それから大きく見開いて、
 「ねえ、ミリア、きっとあたしたち、父さんの仇を見つけられるわ。今本当にそう思うの。あのひとたちに出会ったことで、そう思うのよ」
 「そうね、姉さん。きっと父さんの仇を討てるわね」
 「そうよ。ジョースターさんたちはそのDIOって奴を倒し、あたしたちはバルサックを倒して父さんの仇を討つ。あたしたち全員で、ハッピーエンドにするのよ」
 そう、うまくいくといいけどな。
 無意識にぎゅうぎゅう抱きしめられる胸の感触を楽しみながらも、イギーはひどく冷静に、そうコメントをつけた。

 どこにあるのかは誰も知らない。
 その館の最深部の、夜よりも深い闇の中、豪奢なベッドの上うっとりと寝返りを打った男が、
 「…なんだ」
 眠たげに、呟いた。
 「失礼致します」
 声が低くひっかかり気味なのは、恐怖の故か。この相手の視界の中に入ることは、スイッチ一つで奈落の底にまで落ちる、薄いベニヤ板の上に立つのと同じことだ。
 ランプを掲げ、おどおどと、ベッドの足元に近づいてきたのは、ひどく貧相な男だった。痩せている。覇気がない。そのくせ、目には油断のない光が明滅している。
 ずるい印象のその目と同じ口調で、低く低く囁いた。
 「あの、娘たちに、お会いになったのですか?」
 あくびの後、なんだか詩でも詠うようなイントネーションで、
 「ん…ああ、会った。健気で、華奢で、非力な…小鳥のような二羽の娘たちだな。…能力までは、確認しなかったが。あれでは、ジョースターどもには勝てないだろうが…手足の一本くらい、むしり取れるかな?ジョースターどもは、可憐な鳥を捻り潰すことには、慣れていないし」
 く、くと低く笑い声が入った。
 「しかし、せっぱつまって、必死という点であれば、両者ともにいい勝負になるかも知れんな。
 ニンゲンというものは、追い詰められると、思いのほかの力を発揮するものだ」
 「どういうおつもりなのです?もしジョースターたちを倒してきたと言って」
 思わず、我を忘れたのか、もう一歩前に出て、
 「あの娘らがやってきたら、私の存在を、明かすおつもり…」
 「おまえ」
 思わず足が止まる。心臓も止まりそうになる。
 目の前にいて、眉をひそめて自分を見ているのが、
 「…うるさい、な。…」
 殺人鬼などというものと、比較にならないモノであることを、ようやく思い出した。
 もうしわけございませんですぎたくちをききまして…
 祈るようにうめく。
 殺されるのだろうか。自分はここで殺されるのだろうか。こんなところで殺されるのだろうか。
 真っ白になった顔には、ただ、死と書いてある。
 死人の顔だ。それを、数秒、黙って眺めていた男の口に、ゆっくりと微笑がのぼる。
 腐敗臭がする。美しいと言える、美貌と言える顔なのに、まるで腐った魚の臭いがするようだ。
 「なにを、そんなに、おびえているのだ?」
 くす、くすと笑う。…なぜ、こんなにおぞましいのだろう。人形のように、彫像のように、
 …死体のように美しい顔が。
 「あの娘らと、ジョースターどもは、古代の墓の前で戦うだろう。それは確かだ。
 そして娘らではジョースターは倒せない。それも確かだ。それ以上何を私に保証しろというのだ」
 「…娘らが、ジョースターたちを味方につけるという場合も、あります」
 震える声でそう言った。
 その途端、相手が笑い出した。決して、一緒に笑いたくなる声ではなかった。
 「その時は、おまえが自力で倒すに決まっているだろう。そんな当たり前のことを言うために」
 笑い終える。
 「おまえは私の部屋に入って来たのか?」
 男の体が震え出した。平たくなって、なにやら聞き取れないことをうめきながら、あとじさって出て行った。
 戸の閉まる音のあと、部屋は再びただの黒になった。
 その中で、
 「追い詰められると力を発揮する、か」
 つぶやく。
 指を、ゆっくりと持ち上げる。闇の中に、更に濃い黒を流してゆくように、指は華麗に踊る。
 「しかし、今となってはそれもかなわぬな。…
 貴様はもはや私の一部。
 貴様の子孫の体は、
 貴様自身の指で、貫いてやる、
 …ジョナサン」
 低い低い笑い声が、闇を更に濃くしてゆく。

[UP:2003/10/4]
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